第144話 マージャ語り。
私、マージャが後宮にご厄介になる事になったのは偶然なのか運命なのか。
私がアクア様のメイドとなったのが10歳の頃。当時からアクア様は快活なお方で、あまり年の変わらぬ私を主人とメイドという立場ながら友達として接してくださった。
そうして2人でよくアクア様が作ってくださったアップルパイを頂いたものだ。
……本来はメイドの私が作らなければならないのだけれど、アクア様の作る方が何百倍も美味しいのだから仕方がなかった。
「私もマージャが美味しいって言ってくれるのが嬉しいからいいのよ」
と、笑うアクア様に私はいつも何も言えなかった。
そのアクア様がこの国の王に見初められ、その時にはもうアクア様以外の方にお仕えする気もなくなっていた私は誰か良い殿方を見つけて退職を……と思っていたのだけれど、その事をアクア様に伝えると哀しそうな顔をされた。
「メイドをしてても結婚は出来るわ。私はマージャと一緒が良い。マージャと別れる位なら……私ももう暫く結婚は辞めておこうかしら」
冗談か本気か分からなかったけど、そう言うアクア様に私は慌てて了承する事になった。
私なんかの事で国王様との婚約が解消なんて事許される訳もない。
それに、アクア様が私をまだ必要として下さる事が本当に嬉しかったから、これは仕方がない事だと思った。
こうして、私は正妃なったアクア様のお付きとして後宮へと足を踏み入れる事になる。
まず驚いたのは、王妃のお付きである私は一メイドでありながらかなり位が高く、想像以上給金が頂けた事だろう。
更に良縁にも恵まれて結婚する事も出来た。相手の男性は男爵家の次男で騎士の方だったけど、メイドの私なんかには勿体ない位の人だった。
その事については何故かアクア様が自慢げにされていたけれど。
勿論約束通り、それでアクア様のお付きを辞める事もなかった。
そうして幸せな生活を送る中で、アクア様は身籠もり、シルフィ様をご出産された。
私は勿論、国王様もそれはもう喜ばれていたけれど、アクア様自身は世継ぎを埋めなかった事を申し訳なく思っていたようだった。
「子は何人居ても良いものだ。私は姫も欲しかった。やはり可愛い娘は父親として外せないからな!」
国王様はそう言って笑っていた。
アクア様もその言葉に勇気づけられていたと思う。
でも、その機会は訪れなかった。
産後すぐにアクア様が倒れられたのだ。
産後の妊婦が稀に罹る奇病で、少しづつ体力を失っていき死に至る病だった。
病に伏すアクア様の代わりに私がシルフィ様の乳母として育児をまかされた。
「ごめんねマージャ。私がこんな身体でなかったら」
そう言ってしきりに謝るアクア様だったけど、元々アクア様が元気であっても私も育児に参加させて頂けたらと思っていたから何に問題もなかった。
むしろ治療に専念して貰って、1日も早く元気になって欲しかった。
シルフィ様は昔のアクア様に似てお転婆で、私にとっても初めての育児だったから大変だったけど、私にとってもシルフィ様は自分の子供のように思えて大事に、それは大事に育てた。
勿論その間、アクア様の治療にはありとあらゆる手段が講じられた。名医を呼び、妙薬があると聞けば走り、神聖呪文にも頼った。
だけど回復の兆しも見えないまま、四年が経過する。
アクア様は目に見えて衰弱し、もう限界という時に国王様は最終手段を行うと信用のおける人間を集めた。
『神のダンジョンの攻略』である。
この国の建国の逸話にあるダンジョン。この国の子供達は皆幼い頃に聞くであろう物語。
流民であった初代国王は『神のダンジョン』の最奥にて神様に出逢い、願いを聞き届けて貰って王になったという。
まさか本当にそのダンジョンが存在していた事にも驚いた。そしてそのダンジョンを攻略した者への対価が『奇跡』と呼べる物だという事にも。
攻略出来なければ意味がない。でも攻略した者に与えられる対価を考えれば下手な人間を送り込む訳にもいかない。
又、代々の国王はもうこのダンジョンに行く事が許されていないのだという。
それゆえに知るのは一部の王族だけだったのだそうだ。
だけど、攻略出来ればアクア様を救える。その可能性に賭ける事になった。
探索隊のメンバーは12名。私の夫もその中に居た。
「お前の大事な人の為だ。俺も命を賭ける位するさ」
そう言って笑っていた。
結局、探索隊は1人も帰っては来なかった。
私は大事な友人と夫を同時に失ってしまった。
でも私には哀しんでいる暇はなかった。
私よりも今哀しんでいる方が居たから。シルフィ様は本当に今にも死にそうな状態だった。
元々後宮で大事に育てられていたのだけれど、自室に閉じこもり、一歩も出なくなってしまった。
食事も私が運んだ物を無理矢理食べさせるような毎日だった。
アクア様の遺してくれたシルフィ様までがこのまま亡くなるような事があればアクア様に顔向けできない。
私はアクア様のメイドであり、シルフィ様の乳母なのだ。ならば私は私の役目を果たそう。
そう思い毎日アクア様の部屋に通い、話しかけ、元気づけた。
そんなある日の事だった。シルフィ様がご自分から部屋の外へと出てきたのだ。
長かった綺麗な髪を男の子みたいにバッサリと切り、シャツにズボンという出で立ちで私の前に立っていた。
「今まですまなかった。もう大丈夫だ。今日からは私の事を……シルフィードと呼んでくれ。あと父様に話したい事がある。連絡を付けて貰えないだろうか?」
そう告げるシルフィ様は力強い瞳で私を見つめた。
この日、この国から王女が消え、王子が誕生した。
王妃が病に伏している事を理由にシルフィ様の公表を控えていた事も一因だろうけど、シルフィード様は問題なく王子として公の場へと飛び出す事になる。
私から見たら女の子にしか見えないが、知らぬ人には美少年にしか見えないらしい。
本人も王子様として振る舞う事を心がけているからかもしれない。
これが良かったのかどうかは私には判断が付かないけれど、1人膝を抱えて部屋に閉じこもっているよりは良いかと思った。
そんな王子が最近嬉しそうに私に伝えてきた事がある。
アクア様と同じ『魔皇女の雫』を持つ人と出会い、友達になったのだと。
殿下は今まで身分的にも、そして秘密的にも友達を作る事が出来なかった。
その殿下が『友達』を作ってきたと言うのだ。此程嬉しい事はない。
詳しく問い詰めると なんでも流民の冒険者の女性という事らしい。確かに流民には『固有スキル』を持つ者が比較的多いと聞く。
それでも『魔皇女の雫』を持っている方が居て、その方が殿下と親しくされるという運命の悪戯には驚かされる。
それからの殿下は時々城を抜け出してはアニー様や影さんに小言を言われる姿を見る事が出来た。
護衛としては心配なのだろうけど、友達との時間を楽しまれている事に私はどちらかというと安心していた。
私も一度逢ってみたいけど……殿下は嫌がりそうですし難しい所ね。
そう思っていたそんなある日の朝の事だ、影さんが私の元へとやってきた。
「殿下の友人である『ユウ』様が事件に巻き込まれ、違法な奴隷として販売される所を殿下がお助けした。しかし今後奴隷売買摘発の作戦を手伝って貰う事になった。その時まで本日より後宮にてユウ様を保護して頂きたい」
いつものように用件だけを告げて消える影さん。
此方としては突っ込みたい所が色々あるけれど、どうやら彼女に逢えるらしい。
急いでお出迎えの準備をすると、暫くして殿下が見た事のない人物を連れて後宮へといらした。
その姿を見て私は言葉を失った。
足下まで伸びる流れるように綺麗な銀髪、小さな顔に透き通るような白い肌、その奥にある少し不安そうな、でも意志を感じる青い瞳。女性用の純白のローブと瞳の色に合わせたのか透き通るような青色のチョーカー。
そんな可愛い『男の子』が目の前に居た。
確かに可愛いし似合ってるけど、なんで男の子が女装をしてるんだろう? とも思ったけど、これだけの器量だし、そういう事もあるのだろう。
実際初対面の私に対しても見られている事に何とも思っていないようだし、殿下もアニー様も何も言ってないのだからあの格好が普通なのだろう。
そもそも男性だと公言しているのなら後宮に入れられる訳もない筈だし。
それにしても……こうして並ぶ2人を見ていると、男装をしている殿下に女装をしているユウちゃんはお似合いかもしれない。
お互い『そういう』事なら夫婦生活も上手くいく。
殿下はああみえて奥手な人だし、これは……こっそり力を貸してあげなきゃいけないわね。
心の中でそう決めて、改めてユウちゃんを見つめて頭を下げた。
「まぁまぁ、ようこそいらっしゃいました。初めまして、貴女がユウ様ですよわよね? 影さんから連絡がありましたわ。私は後宮の管理をさせて頂いているマージャと申します」
その後、お茶でも飲みながら根掘り葉掘りユウちゃんに私の知らない殿下の事を聞き出そうと思ったのだけれど、殿下直々にユウちゃんの教育をお願いされてしまった。
次の舞踏会にユウちゃんを伴う為だそうだ。
流民のユウちゃんに貴族の舞踏会の経験など無いだろうから、1から全てを教えるには全然時間が足りない。
仕方なく詰め込み式で私の持てる全てを教え込む事にした。
殿下が王子になってしまって教える機会がないと思っていた事だけに少し嬉しくてやり過ぎてしまったけど。
でも、驚いた事にユウちゃんは弱音も吐かず最後まで付いてきた。
今日初めて逢った私の厳しい指導にも不満な顔1つせず真面目に取り組んでくれた。
そして真面目に努力した結果その日の夕方にはそれなりに形になる程度には作法を身につけるまでになった。
普通の貴族の子女ならこんな風にはいかなかったろう。
ユウちゃんは真面目で根性もありがんばり屋なようだ。
更にユウちゃんは疲れているだろうに特訓後に殿下の為に食事を作ろうと厨房を借りたいと言い出した。
こっそり覗くと楽しそうに鼻歌を歌いながらせっせとパンを焼いていた。
そのエプロン姿があまりに様になっていて、私にもユウちゃんが女の子に見えた位だ。
この可愛さは……殿下が落ちても仕方ない。
焼きたてのパンで指を火傷してしまってふーふーしながら自分の指に『治癒』してる所まで可愛いんだから困る。
でもこれ以上怪我とかしたら心配だし出て行く事にした。
「あら、上手に出来たのね。良い匂いだわ~」
そう言いながら入ってきた私にユウちゃんはびっくりしながらも、
「えっと……マージャさんも試食……します?」
と尋ねてきた。殿下の為に作っていたのに私にまで分けてくれるなんて本当にユウちゃんは良い子のようだ。
「あら、良いの? ありがとう」
そう言って1つまみ口に含んだ瞬間、私はアクア様を想い出した。
ソレは間違いなく『魔皇女の雫』の味、アクア様の味だった。
口から入って胸が、全身が幸せに満たされて、暖かい気持ちになる。
もしかして巡り巡って、アクア様がシルフィ様の為にユウちゃんを遣わしたんじゃ……なんてロマンチックな事を考えてしまう、そんな味だった。
美味しくて、懐かしくて、どうしても昔を想い出してしまって黙っていた私に、わたわたしてしまっているユウちゃんに気付いたのはそれから暫くしての事だった。
元々殿下の目を信じていなかった訳ではないし、自分の初対面の気持ちを疑う訳ではなかったけれど、
今日一日ユウちゃんと過ごして私はすっかりユウちゃんの事が好きになってしまったらしい。
出来れば本当にユウちゃんが殿下と一緒になってくれればいいのに、と思う程に。
そう思っていると殿下が私の所にやってきた。
「作戦上今日からユウと同じ部屋で寝起きをした方が良いと、影からの提案なんだが……どの部屋が都合良いだろうか?」
その質問にピンとくる。
「でしたら『白蘭の間』が宜しいかと存じます。入浴中のユウちゃんにも後で伝えておきましょう」
「ありがとう、宜しく頼む」
そう言って白蘭の間へと向かうシルフィード殿下。
これで少しは2人の距離が縮めば良いのだけれど……。
心の中でそう思いつつ、私は去っていく殿下に頭を下げた。
どうでも良い設定
<マージャの固有スキル>
直感:勘が良くなる。見聞きした物を感覚的に捉える能力が向上する。回避系にボーナス、看破系にボーナス、他
 




