第140話 作戦開始のその前に。
「それじゃあ取りあえずユウの制限項目の解除、そしてデザインの変更。これだけなら構わないね?」
「はい。奴隷が主の為にスキルを使う事はありえますし、意図的に制限を解除して反抗的な行動をさせて折檻をする。といった者も居るようですから。制限項目の詳細を知る者は主以外いませんから問題ないでしょう」
僕がシルフィードさんに協力する事になって『隷属の首輪』自体は外さない方が良いという結論に落ち着いた所で、シルフィードさんは首輪の機能自体の無力化を影さんと相談している。
シルフィードさんとしては、それでも出来れば外せればと思っていたようだけど影さんが首を縦に振らなかった。
「しかし……影は思ったより奴隷の扱いについて詳しいんだな」
「はい。全員は不可能でしたが、それでも昨晩の『客』のうち追跡に成功した何人かには、今も他の影が情報収集を行っております」
「そうか……被害者を死傷させるような事にはなっていないんだな?」
「知り得る限りでは」
「わかった。……1日も早く解決せねばな」
「御意」
その2人の会話に僕もこっそり胸をなで下ろした。
誰が買われて行った場所かはわからないけど、それでも殺されたりしてなくて本当に良かった。
そして僕もがんばって1日も早く彼女たちを助けなきゃと思う。
「じゃあユウ。早速首輪の設定を変えよう」
と、シルフィードさんは僕の顎に手を添え、首輪に触れる。
シルフィードさんが操作しやすいように僕も顎を上げてシルフィードさんを見上げた。
当たり前だけど至近距離にシルフィードさんの真剣な顔が見える。
こうして間近でじっくり見るとシルフィードさんって睫毛長いし綺麗だよなぁ……これだけ綺麗だと女性だって言われても信じちゃいそうだ。女子校とかで女の子からラブレター貰うタイプの人に見える。
……まぁシルフィードさんは男なんだから、普通に女の子からラブレター貰う王子様なんだろうけど、あ、いや王子様にラブレターって無理かな?
「あ、あー……ユウ?」
そんな事を考えていると、何やら困ったように僕を見つめるシルフィードさんが見えた。
「はい、何でしょう?」
何か首輪の設定変更で問題が起こったんだろうか? 分からず少し首を傾げる。
「その……そんな見つめられると、照れてしまうんだが」
と言いつつ少し頬を染めるシルフィードさん。
言われてついシルフィードさんを見つめている自分に気付いた。
そりゃ目の前でじっと見つめられてる中で作業するのはやりにくい筈だ。変な事を考えていた事も含めて、僕の為にしてくれてるシルフィードさんに悪い事をしたと反省する。
「ごめんなさいっ! えっと……これでいい?」
そう言って顎を上げた体勢のまま、両目を閉じてじっと待つ。
と、室内が一瞬ざわついたような感じがした。
……また僕何か失敗しただろうか?
でも、今度はシルフィードさんから何か言われる事もなく、首の辺りから何度か光が発せられるのを閉じた目で感じた。
その後首筋にぴったり密着する感触があり、大きめだった首輪がチョーカーになったんだろう、という事がわかった。
「さて、これで設定完了だ」
シルフィードさんの声を合図に僕は両目を開いた。僕の前には目を閉じる時と変わらずシルフィードさんの顔がある。
「それにしてもユウ? 今のは不用心だよ?」
「え? 何が?」
今のって、僕何もしてないけど……と、周りを見渡すとアニーさんも何故か大きく頷いている。
「あんな状態で目を閉じたら、いつキスされてもおかしくなかったよ?」
と、シルフィードさんがとんでもない事を言い出した。
「きき、キスってっ!? そんな事しないよねっ!?」
「しなかったろ?」
「当たり前だよっ!?」
なんで男同士でキスしなきゃいけないんだっ! そりゃ少しはシルフィードさんって睫毛長くて女性顔だとは思ったけど、それでも男には違いない訳で、そんな罰ゲームは勘弁して欲しい。
「だからしなかったじゃないか。でもやる人は居るかもしれないんだから、人前で目を閉じる時は気をつけた方が良い」
そう言っていたずらっぽく微笑むシルフィードさんにぐうの音も出ない。
「……今後は気をつける」
「うん。それで、設定変更してみたけど、デザインやスキルの発動はどうかな?」
そう言ってシルフィードさんが促すと、アニーさんが鏡を持ってきてくれた。
いままでは分厚い大きめの黒い首輪だったのが、基本的なデザイン自体は変わってないのに首にぴったり嵌った青いチョーカーになっていた。
それでいて首も苦しくないし、動かしてもつっぱる感じもしない。
「動きも阻害されないし、デザインは大丈夫だと思う」
そう感想を言いつつ、今度は自分に『祝福(AP10)』を唱えて見た。
これも問題なく発動して、電撃が出る事もなかった。
「どっちも大丈夫そうだよ」
「良かった。ユウに似合うデザインのチョーカーに少し悩んだからね」
自慢げに胸を張るシルフィードさん。
……時間かかってると思ったらそんな所で悩んでたんだ。
そんな事を思いつつ自分のステータスやアイテムを確認してて、ふと伝言メッセージとギルドチャットに目が留まった。
今までの楽しい空気が一転、恐怖が僕の全身を走り、頬に汗が垂れる。
自分のせいではないとはいえ、結果的に一昼夜以上『銀の翼』のホームに帰っていない。連絡すらしていない。皆が心配している筈だ。
特にマヤが、マヤが怒ってない訳がない……。
どどどど、どうしよう? ちゃんと説明したらわかってくれるかな?
いや駄目だ。
「悪い人に誘拐されて、奴隷になって売られてしまってて連絡出来ませんでした」
なんて言ったら間違いなく余計拗れる。
マヤの怒りが振り切れて大変な事になる。
本気でマヤが怒ったら僕の命が危ない。更にお城に居て帰れないなんて言ったらマヤが王国に宣戦布告しかねない。
なんとか……なんとか上手く誤魔化さないと……と、取りあえずは連絡だ。
無事である事を伝えるメッセージを送ろう。……クランチャットで送るのは少し怖いし。
『ごめんなさい、帰りがおそくなりました。 僕は無事だから、心配しないで』
文章を確認して送信ボタンを押す。
が、即送信失敗のメッセージがログに流れた。
「あれ?」
もう一度送信ボタンを押しても同じログが流れただけだった。
と言っても電撃が流れる訳じゃないから、『隷属の首輪』のせいじゃないと思うんだけど……。
「ん? どうしたんだい?」
僕の挙動不審な動作に気付いてシルフィードさんが僕に尋ねる。
「えっと……外泊しちゃったから、とりあえずクランに連絡しようと思ったんだけど……上手くいかなくて」
「ああ、それは……この城の機能だな」
思い出したようにシルフィードさんが手を叩いた。
「王城内で簡単に連絡系スキルを使われると情報が漏洩しやすくなる。基本的に連絡系スキルや一部のスキルは阻害されるように設計されている。詳細は防衛上語る事は出来ない」
控えていた影さんが説明してくれた。
成る程、確かにスパイが忍び込んで、盗んだ情報を即チャットで送られたら困る……とかなのかもしれない。
「えっと……じゃあ、どこか伝言メッセージやチャットが出来る場所へ……」
「駄目だ。奴隷という事になっているユウが外部と連絡が取れている事がもし漏れたら作戦失敗の可能性が高まる」
即首を振る影さん。
納得出来るけど……でも、どうしよう、何日も無断外泊連絡も一切なしとか絶対に駄目だけど。でも、その結果作戦が失敗して他の被害者の子を助けられなかったりしたら後悔してもしたりない。
それにもしマヤが暴走なんてしたらソレはソレで大事件になりかねない。
ただでさえ僕は一度リアルで行方不明になってるし、それ自体は行方不明のままで、散々心配かけてて、しかも今はログアウト出来なくて死んだらどうなるかもわからない状態なのに。
それで突然又ゲーム内でも行方不明とか、周りに迷惑かけすぎだ。
一体どうしたら良いんだろう……あっちを立てればこっちが立たず……でもどっちも大事だし……あぅぅ……あぅぅぅ……
「ふむ……ユウ、じゃあこういうのはどうだろう?」
頭を抱えて唸っている僕に見かねたのか、シルフィードさんが口を開いた。
「ユウが手紙を書いて、それを極秘にアニーがユウの所属クランに届ける。その際、アニーもユウの経過と安全について説明すればクランの方々も安心するんじゃないかな?」
「それだっ!」
それならマヤ達を心配させなくて済むし、極秘ならきっとアニーさんが何とかしてくれるっ!
それにアニーさんの説明ならきっとマヤも僕が説明するより落ち着いて聞いてくれる筈だ。
僕が相手だと多分問答無用でまず正座させられて、説明を始める前にお説教になるし……出来ればそれは回避したい。
「それで良いかい?」
と、シルフィードさんはアニーさんと影さんの方を見る。
「わかりました。我が命に替えても。手紙を届けましょう」
頷くアニーさん。……命には替えなくて良いと思うけど。
「……御意。ただし手紙を届けるアニー殿の出発日時、行動ルートについては我等『影』が作戦と合わせて検討させていただきます」
「それでいい。影のフォローがあった方が確実だしね」
影さんの提案に頷くシルフィードさん。
その会話を横で聞いていてふと気になる。
「えっと、シルフィードさん。なら最初から影さんが手紙を持っていっても良いんじゃ……」
僕の質問にシルフィードさんが苦笑した。
「ユウは大事なクランメンバーが行方不明の中、全身黒ずくめの謎の人物がやってきて『その人は無事です。まだ帰れませんが』と言って、信用できるかい?」
その言葉に影さんとアニーさんを見る。アニーさんも苦笑していた。
「えっと……ごめんなさい。アニーさん、よろしくお願いします」
「はい、お任せください」
頭を下げる僕にアニーさんが自分の胸を叩く。
「あ、えっと、別に影さんが駄目って事じゃないから、その、えと……ごめんなさい」
「問題ない。影が表に出る事自体無い方が良い」
そう言う影さんは変わらず無表情だったけど、少し憮然としてるように感じた。




