第139話 光と影。
声がした方向、部屋の隅っこを見るといつの間にか底には何かが居た。
最初見間違いかと思ったソレは真っ黒な何かで、よく見てみると人らしき物だった。
全身黒ずくめで顔も覆面を被り、目だけが僕の方を見ている。見た目的にはニンジャって感じだけど、こういうモンスターだって言われたらそうかもと思う位の存在だった。
夜道なら隣に居ても気付かないような真っ黒だけど、それが落ち着いているとはいえ煌びやかなシルフィードさんの私室内に居るから余計にその『黒』が際立って見える。
「『影』か。君から声をかけてくるなんて珍しいね」
「必要な事でしたので」
そんな黒さん……影さん? に驚く風でもなく当たり前のようにシルフィードさんが声をかけ、影さんは頭を下げた。
「彼は『影』。まぁ僕の護衛かな? アニーが表の護衛だとしたら、影は裏の護衛って事になるね」
シルフィードさんと影さんを交互に見ていた僕にシルフィードさんが紹介してくれた。
やっぱり一国の王子様だとこういうお庭番みたいな人が居るんだなぁ……と影さんを改めて眺めていると、影さんと視線が合った。
「あ、えっと……初めまして、『司祭』のユウです」
改めて影さんにも自己紹介して頭を下げる。が、影さんからは何のリアクションもなく、僕を見つめ返すだけだった。
ど、どうしよう、何のリアクションもないとどうしていいのか……。
「シャイな奴だから気にしないでくれ」
影さんの態度に苦笑しながらシルフィードさんが言う。
シャイ……って感じにも見えないけど、そういう物なんだろうか?
「それで、『隷属の首輪』の解除に反対とは、どういう事かな?」
取りあえず自己紹介が終わった所で、シルフィードさんは改めて影さんに向き直って尋ねる。
その言葉に影さんも又シルフィードさんに向き直り、頭を下げる。
「必要な事ですので」
「その『必要な事』の詳細を聞きたい」
シルフィードさんの言葉に影さんは僕の方をちらりと見る。
「ユウは関係者だ。情報が漏洩する心配もない」
影さんの心配を察してかシルフィードさんが少し強めに促した。
「……殿下は昨夜、ユウ殿を奴隷として購入なさいました。その奴隷をそのまま解放してしまうのは今回の事件関係者に警戒させる恐れがあります」
「続けろ」
「殿下は『商人ギルド』のツテで強引に手に入れた参加証で、初参加で、その日の最高額の奴隷を5億Eで手に入れられました。注目の奴隷を手に入れた破格の金額を簡単に出せる新人。前々から参加していた客達が気にならない訳がありません。」
責めるような口調でシルフィードさんに説明する影さん。
潜入捜査で一番目立ってたって話だし、それはそうなのかもしれない。……僕のせいだから僕も怒られているような気分になってちょっと申し訳なくなってくる。
「そう言った手合いは後ろ暗い事を共有する仲間として、口の硬い者同士で情報を交換を行っている筈です。
あのオークションの参加者の個人情報は秘匿され、誰も……主催組織ですら把握していないと思われます。実際、あの後部下に探らせましたが大半の者は帰路の際に『転移門』まで使う徹底ぶりで我等でも完全な追跡は不可能でした。
ですがそれでも完全に情報を遮断出来る訳ではありません。仮面を着けているとはいけオークション当日の姿、護衛のレベル、僅かな会話からでも情報は漏れている可能性はあるでしょう」
難しくてよくわからなかったけど……えっと、つまり見る人が見れば仮面着けてても誰か分かっちゃう……って事かな?
そういえば最後直前まで僕を買おうとしていた2番の人とかすごい太ってたし剥げ方もすごかったし、アレは確かに仮面外した姿で歩いていても気付くかもしれない。
影さんがそこまで言った所でシルフィードさんは大きくため息をついた。
「つまり誰か分からない人物がユウを買ってその後情報が出てこない場合も、『13番』が私だとばれた場合も、『ユウ』が私の側に奴隷として居ない事は、それだけで相手が警戒するという事か」
「はい。その結果、敵組織、それもトップに逃げ隠れられた場合は流石に手出し出来なくなるかと」
えっと……つまり、購入者、もしくは購入アイテムのその後がわからない事で、相手が警戒するとダメ、って事だよね。
「ならば事件解決までユウを後宮にて匿えば良かろう。あそこは許された者外入る事は出来ない。あそこなら表に情報が漏れなくてもおかしくない」
「……それならば事件解決まで『隷属の首輪』を外さなくても問題ないでしょう。アレは主人がある程度行動の制限を変更する事も可能です」
そう言うシルフィードさんと影さんの間で何やら火花が飛んだように見えた。
「ちょっと待て、影殿、それはつまり一部とはいえ殿下が奴隷を後宮で囲っている、等という悪い噂が流れる可能性があるのではないか?」
今まで黙って聞いていたアニーさんがシルフィードさんと影さんの間に割って入った。
「既にオークション会場で殿下とアニー殿の姿は見られております故、手遅れかと」
影さんがそう言うとアニーさんは頭を抱えて言葉にならない呻き声をあげる。
そんなアニーさんから僕に視線を移して影さんは僕を見つめる。
「むしろ噂を止められないのでしたら、それを利用するのも一手です」
何かを思いついたように僕を見つめるまま影さんが口を開く。
「それはどういう意味だ?」
頭を抱えていたアニーさんが影さんに手を止めて影さんを見つめる。
「あえてユウ殿を表に出し、関係者に知られたと思われる後にユウ殿を改めて裏オークションに差し戻せば……過去最高額の奴隷、殿下と生活を共にしていた元奴隷……
上手くいけば大きな魚が釣れるかもしれません」
僕をどうするの? と思った瞬間、シルフィードさんから物凄い圧力を感じて振り返った。
すると今まで見た事ない位怖い表情のシルフィードさんがそこに居た。
「それは、ユウを囮に使う、とそう言いたいのか?」
「既に殿下は今回の件の渦中に居ります。ならば下手な隠蔽よりソレを利用する方が宜しいかと」
シルフィードさんの冷たい声にも影さんは何ら変わった様子もなく答える。
「ちょ、ちょっと待て! それはつまり殿下がユウ殿を、奴隷を連れ回すという事であろう? 噂が更に拡大する上に本人が肯定するような物ではないか! そんな事許せる訳なかろうっ!」
「『隷属の首輪』のデザインを細工してサイズ変更機能を利用すればチョーカーに仕立てる事が出来ます。分かる人には分かるデザインになるでしょう。そしてつまり、貴族の身でソレが奴隷の証だと気付く者が容疑者として浮かび上がります」
慌てるアニーさんにも影さんがわかりやすく説明していく。
そういえば『隷属の首輪』って小さなネズミから大きなドラゴンまで使えるからサイズは結構自由なんだったと思い出した。
「だからそういう事ではなく、その醜聞自体が問題だとっ!」
「そんな事はどうでもいい」
更に食って掛かるアニーさんをシルフィードさんが冷たい声で制止する。
「影武者を立てる事は出来ないのか?」
そのまま影さんに尋ねるシルフィードさん。
「残念ながら……」
そう言いつつ、影さんがちらりと僕を見る。
「遠目ならまだしも、実際に接するレベルではユウ様の影武者は無理です。どんな凡夫であれ一度見た事があれば『気付いて』しまいますでしょう」
影さんの言葉にアニーさんが頷き、シルフィードさんが苦々しい表情をする。
えっと……何に気付くんだろう?
影武者ってよくある気がするけど、やっぱり難しいって事なのかな?
でも、僕の事を話してるのなら、そもそも危ない事があるのなら人任せなんて出来ないけど……。
「……やはりダメだ。ユウに危険が及ぶ以上、その案は採用出来ない」
苦しい表情のまま、シルフィードさんが出した結論は不採用だった。
その答えにアニーさんも胸をなで下ろしている。
「……御意」
影さんは……特に変化は無かった。
「って、ちょっと待ってよシルフィードさんっ!」
慌てて止める僕にシルフィードさんが驚いたような顔をした。
「僕の事なのに、僕抜きで話を進めるなんてずるいよ?」
「あ、いや、そういうつもりではなかったんだが……」
冗談めかしてシルフィードさんを睨んでから、影さんに向き直る。
「えっと、影さん。僕がその……囮になれば、事件が解決して、誘拐された人達が助かるんだよね?」
「……その可能性は高まる」
「なら僕、やるよ」
「待てユウ、これは君が思ってる以上に危険な事なんだ!」
即答する僕に今度はシルフィードさんが慌てて待ったをかける。
「待たない。元はと言えば僕が誘拐犯に捕まってシルフィードさんに助けて貰った事が原因だし、僕に出来る事があるならやらせて欲しい」
「しかし……」
「それに僕はあの日、あの場に居た他の人達に『助ける』って約束したんだ。なのに守れなかった。だから彼女達を助けられるなら、自分が危ないからって理由で逃げるなんて出来ない」
そう言って僕は影さんを見つめ、頭を下げた。
「だから……影さん、僕に手伝わせてください」
「駄目だ。決定権は殿下にある」
影さんは僕の懇願をにべもなく断る。
その言葉に従い、今度はシルフィードさんに頭を下げた。
「お願いします、僕に……手伝わせてください」
でもシルフィードさんからの返事はない。
恐る恐る、シルフィードさんを見上げる。と、苦しんでるような、困ったような、でも少し嬉しそうな複雑な顔をしたシルフィードさんが居た。
「…………少しでも危ない事があったら、そこで作戦変更をするからね」
長い時間の後、シルフィードさんが了承の言葉を発し、大きくため息をついた。
「ありがとう、シルフィードさんっ!」
喜びのあまり勢い余って飛びついた僕に、シルフィードさんは危なく倒れそうになり、アニーさんが慌てて支えてくれた。




