第127話 ジョニー語り。
馬鹿なっ! 馬鹿なっ! 馬鹿なっ!!
何故こうなった!? 何処で間違った!? 私の何がいけなかった!?
路地裏を走りながら私はこれまでの事を振り返っていた。
私は完璧だった筈だ。なのに、なのにっ!!
その素晴らしい才能を知ったのは『転職祭』の時だ。
下位メンバーの1人からの緊急報告で私はソレを知ったのだった。
私、ジョニー・ジョーカーが立ち上げたクラン『新羅万将』はメンバー300人を超える『セカンドアース』最大級のクランの1つだと自負している。
メンバーは厳格なランク制を敷き、クランへの貢献度によって正当に恩賞を与え、逆にもし犯罪やNPCへの暴行等が露見した場合は速やかに処罰する。
信賞必罰をしっかり作り上げる事によってクランメンバーは馬車馬のように働いてくれる。
人は飴と鞭の両方があると本当に良く動く。
そうしたクランへの貢献の1つが『情報』だ。
有益な情報、独占出来る情報、MMOにおいてそうした物の価値は計り知れない。
そしてどこにそのような情報が隠れているかは、誰にもわからないのだ。
最初その下位メンバーの『情報』に私は耳を疑った。
何せAPを回復させる消費アイテムがたった500Eで露店販売されている、というのだ。
いくら『転職祭』が大規模アップデートに向けたお祭りであり、運営が絶対に成功させるべきイベントだとしてもあり得ない。
これまでAP回復アイテムは全く存在していないのだ。いや、大図書館や伝承の中にはそういったアイテムがあるらしい、という記述自体は見つける事が出来る。が、実際に我々プレイヤーの手に入る物、という意味では存在していないのだ。
理由もわかる。APは『セカンドアース』での戦闘の要であり、ソレが回復出来るという事は無限にアーツが使えるという事、すなわちゲームバランスを壊すという事だ。
そんなアイテムが500Eで販売されている。
事実ならとんでもない事だ。
私はすぐさま手の空いているクランメンバーを露店に向かわせて購入を指示した。
情報が事実であれば我等は強力な武器を手にし、他のクランへの供給を減らす事が出来る。
間違いであってもアイテムウィンドウに入れておけば劣化しないのだから通常の食糧として消費出来る。……まぁ、その時は情報発信者の下位メンバーにその代金を支払って貰う事になるのだが。
リターンは大きくリスクは少ない。
同時に私はその露店の経営者の情報について収集を開始した。
『転職祭』も終わり、日付が変わる頃、私の目の前には出来立てのホットドッグと資料が届けられていた。
噂の露店のホットドッグ。それは間違いなく『AP回復効果』が確認できた。
それはソーセージだけでなく、パンだけでなく、ソースだけでもなく、その全ての中に回復効果が含まれている事もわかった。
これは即ち『AP回復効果』が特定の食材に備わった物ではなく調味料か、調理機材か、もしくは個人のスキルやアーツによる物だと推測する事が出来る。
同時に上がってきた調査資料――
このホットドッグを販売していた露店自体は『冒険者ギルド』が運営している物の1つだったようだが、その店主をしている人物は『ユウ』という名のプレイヤーだと判明した。
『ユウ』について追跡調査をした所、『転職祭』1日だけでも『歌唱コンクール』で観客を魅了し暴動一歩手前にまでなり、『料理コンテスト』で各ギルドマスターの度肝を抜いて特別賞を受賞したとある。
私は特に『料理コンテスト』の方が気になった。
ホットドッグの味は素晴らしかった。此程の美味を私は『セカンドアース』でも食べた事がない。
なのに『特別賞』? おかしいではないか。一位になって当然の筈だ。実際ギルドマスター達はその味をちゃんと味わった筈であり、でなければ『特別賞』をわざわざ新設して貰えるのもおかしくなる。
つまり味は素晴らしかったが、何かの問題で一位にするのを躊躇われた。
原因は何だ? 『調理コンテスト』は観衆の前で、皆基本的に同じ調理器具を使う筈だ。ならば特別な器具を持ち込めばかなり目立つ。そうした目撃情報は入ってきていない。
ならばスキルの可能性はどうだろう? しかし個人が所有するスキルを発揮して調理した結果が許されない、などという事は考えにくい。
残る選択肢は『調味料』だ。これならありえなくはない。APを回復させる魔法の調味料、それがあれば誰でもあの料理が作れるのだとしたら、それを『ユウ』が持っていたのだとしたら、それだけで順位が決まる事を審査員は苦慮したとしたらどうだ?
「くふっ、ふふふふふっ」
誰もいないクランリーダー用の執務室に私の笑いが響いた。
その『調味料』。それさえ手に入れれば、可能な限り独占する事が出来れば、『セカンドアース』全てのクランの頂点に立つ事だって出来る。
あの目障りな……たった3人で我がクラン『新羅万将』の上位に位置する『悠久』すらも超える事が出来る。
私は『ユウ』について可能な限りの情報を集めさせた。
情報は思った以上にすぐに集まった。
『ユウ』――彼女こそが、あの『白き薔薇の巫女姫』だったからだ。
『セカンドアース』でその姿が確認されたのは7月後半。その時からクラン『銀の翼』の『マヤ』と行動を共にしている姿がよく見られる。
職業は『侍祭』。装備やその動きから能力値はあまり高くないようだ。
つまり何かしらの固有スキルを有している可能性が高い。
その後、MPKを行うプレイヤーに襲われNPCを助ける、というニュースが掲示板等に流れて、他のユーザーの応援も受けて悪質なプレイヤーをアカウント削除にまで追い込んでいる。
同時に『白薔薇騎士団』が設立。クランリーダーの『アンクル・ウォルター』は『ユウ』を守る為に件のクランを設立し、メンバーを集めたらしい。
『ユウ』自身は『銀の翼』のメンバーなのかと思ったが、ホームではなく宿に泊まり一時的に『マヤ』と離れ『アンクル・ウォルター』と行動を共にしていた事もある。
現在は『銀の翼』のホームにいるようだが、クランに加入した訳ではないようだ。『仮加入』か。
その他『白薔薇騎士団』や『銀の翼』メンバーのネットに散見する足取りの情報を元に『ユウ』が行った事がある筈の場所をチェックする。『ユウ』が『どこで』調味料を手に入れたか。それを突き止める必要があるからだ。
だが見つからない。そもそも『侍祭』で、さらに始めたばかりの『ユウ』が行ける場所等たかが知れている。
何か見落としがあるのだろうか?
そう考え始めた頃、ごく初期の段階から『ユウ』の料理に対する絶賛の情報を入手する事が出来た。
同じ酒場に居た『新羅万将』のクランメンバーが目撃したらしい。
そんな初期に、自分以外持ち得ない奇跡の『調味料』を入手したユウ。
通常そんな事はありえない。
同様に『調理器具』の線も薄いだろう。特殊な効果のある『調理器具』も同様に高価であり、ドロップアイテムとして得るのも難しい筈だ。
ならば……やはりスキルか? しかしスキルなら何故ギルドマスター達はソレを認めなかった?
分からないまま、私は食べかけだった『ホットドッグ』を囓る。極上の味が私の口内に広がる。……これがスイーツなら文句の付けようもないのだが……。
『ユウ』はスイーツでAP回復アイテムを作ってくれないだろうか?
と、その時私の頭の中に衝撃が走った。
そうだ、スキルはスキルでも『調味料を生み出す固有スキル』なら、審査員の行動も矛盾が無くなる。
『ユウ』が初期から『調味料』を持ち、そして『露店で500E』等というばかげた値段で販売した事も納得出来る。
無限に生み出されるのであれば、使用者本人がその価値にすら気付いてない可能性も高い。
情報をまとめた『ユウ』のイメージは、『感情の起伏が激しく、良く泣き、良く笑い、NPCを助けようとする程正義感に溢れ、露店販売を了承する程お人好しで、後衛職であるのに前衛の修行を行う、情報に疎いタイプ』と言った所か。
『仮加入』という事であれば理想は引き抜きだが……正義感の強い人間が金やアイテムで動くとは考えにくい。それに『銀の翼』自体がクランランキングは低くとも厄介なクランだ。
更に8位に登ってきた『白薔薇騎士団』も『ユウ』を守る事を公言している以上、正面から敵対するような行動は宜しくないな。
完全な独占は……無理か。
ならばその管理権限を手に入れる事は出来ないだろうか?
幸い『転職祭』で件の『ホットドッグ』は密かに有名になっている。『悪い事を考える人間』も多いだろう。
その時、クランランキング上位8位が結束して守る事を伝え、その代わり『AP回復アイテム』の管理を請け負う。
どのクランが何個入手出来るか、それを管理出来るのであれば独占と大差ない。
そしてこの方法ならクランランキング上位8位全てにとって悪い話ではない。今まで存在しなかった『AP回復アイテム』の独占に一枚噛めるのだから。
そして『クラン会議』にいつも参加しない『悠久』がもしやってきたとしても、たった3人の『悠久』と300人以上の『新羅万将』で、両者ともAPを回復し続けられるのであれば、手数が多い分我々が有利になる。
早速『クラン会議』の準備に取りかかろう。
まずは……私の推論の正しさを証明する為にも、直接『ユウ』を確認しに行くとするか。
そこまでは間違ってなかった筈だっ!!
いや、『クラン会議』自体も間違ってなかったっ!! もう少しだったっ! 『ユウ』は確実に私の提案を受け入れていた筈だっ!!
ユウにとっても悪い話じゃなかった筈だっ! 大手クラン連合に守られ、制作したアイテムに正当な対価が支払われる。何の問題もない筈だっ!!
それなのにっ! 黒騎士がっ! あのメガネ野郎がっ! それで全てがおかしくなったっ!!
しかもあのメガネ野郎の言った言葉は俺の提案と大差なかったっ!
ただ管理者が『クラン会議』から『冒険者ギルド』に変えられた。ギルドに一枚噛まれてしまっては独占が出来なくなる。
なのに他のクランリーダーはそれを了承し、あまつさえ『ユウ』を守る事まで宣言した。
何故だっ!? 私の言う通りにしていれば自分達のみで甘い蜜を独占する事が出来たのにっ!!
その時を境に、『新羅万将』のクランメンバーは物凄い勢いで減っていった。
他の上位クラン全てに敵対クラン扱いを受けた。という情報が駆け回ったらしい。
1人、また1人と抜けていくクランメンバーを止める為に厳しい処罰を行った。が、それは逆効果となり、雪崩を打ってクランは維持不能なレベルとなった。
数日で私は全ての権力を失った。
何故だ、何がいけなかった? 何が……何が……何がっ!
その時、目の前の大通りを歩く純白のローブの少女の姿が目に入った。
そうだ、あいつだ。あいつのせいだ。
あいつさえ居なければ良かったんだ。それが良い。それから又始めよう。
私はゆらりと少女に向かって近づく。
が、狭い路地で男達と肩がぶつかった。
「痛ってぇなっ! 手前何しやがるっ!」
男達が何か喚いている。五月蠅いな、NPC如きが……早く行かないとあいつを見失う。
「おい、待てよっ!」
男が私の肩を掴んだ。汚らわしいっ! お前も私の邪魔をするのかっ!!
私はアイテムウィンドウから長剣を取り出して男の手首を切り落とした。
「ぎゃぁあああっっ!」
汚い悲鳴が上がる。が、悲鳴くらい路地裏ではその程度はよくある事だ。このまま逃げ切ればバレる事もない。何の問題も――
「はい、アウトー」
脳天気な女性の声に慌てて振り向くとニヤニヤ笑う女性が立っていた。
確かこいつは……『銀の翼』の……。
「プレイヤーがNPCに、それもあの程度で危害加えるんはダメやって知ってるよねー? ばっちり動画で撮影させてもろたし、残念ながら王都と運営には報告させて貰うよ?」
しまったっ! 見られたっ!? しかも相手はプレイヤーだ、ここで殺しても復活するだけだ。どうするっ!? どうしたら……。
「治癒」
いつの間にか男は少し離れた位置まで移動されており、そこで治療を受けていた。『銀の翼』のクランリーダーだった。
1人のみならず2人も……つけられていたという事か?
ならば、もう、いい、意味が無くてもアカウントが削除される前にせめて憂さ晴らしだっ!!
私はまだ血の付いた長剣を振り上げ、未だ『治癒』を続けている女に向かって一気に振り下ろした。
が、それは途中で別の長剣によって止められた。
「『銀の翼』のクランリーダーはまだしも、ユウに何するのよ? ユウを泣かせて良いのは私だけよ? あんまり舐めた事をすると……抉るわよ」
敵意……いや、殺意の籠もった視線で私を睨む『重装戦士』。
1対3――――圧倒的不利か。
そう考えている自分がふとおかしくなった。
だから何だというのだ、私はもう失う物は何もない。
何の問題もないな。私も又殺意を込めて彼女を睨み、再び長剣を振り上げた。
全身全霊を以て敵に挑み、破れ、私は『セカンドアース』から去る事となった。
こんな顛末。
ユウは勿論知る由もありません。




