第126話 勇気と笑顔。
オークキングが僕を睨んでいるのを見ながら、僕の身体は正直に震えていた。
端から見たらかなり滑稽な姿をしてるかもしれない。でも滑稽でも、情けなくても、男にはやらなきゃいけない時があるっ!
「って、ユウ!? なんで出て来るのよっ!? 私の話聞いて無かったのっ!?」
震える身体を奮える心で抑え込んでいると、僕の登場に一瞬呆気に取られていたホノカちゃんが側にオークキングが居るのにも構わず僕に向かって叫んだ。
「しっ、仕方ないだろっ! 出てきちゃったんだからっ! 逃げたく無かったんだよっ!!」
「前からそうじゃないかと思ってたけど、ユウってやっぱりバカなのねっ! 今確信したわっ! 正真正銘のバカなのねっ!!」
僕が何とか答えるも更にホノカちゃんの罵倒が続く。
さっきの優しい笑顔や言葉は何だったんだという位に。……まぁそんなホノカちゃんの覚悟を台無しにして僕が逃げなかったんだから仕方ないのかも知れないけど……。
「だ、だって、やっぱりホノカちゃんを置いて逃げたり出来ないよっ!!」
「っ! そ、それって……わ、わわっ!?」
何故か言葉が詰まったホノカちゃん。そして僕とホノカちゃんの口喧嘩をオークキングが待っていてくれる訳もなく、ホノカちゃんに再び大剣が振り下ろされる。
が、さっきかけておいた『防護印』で事なきを得る。
そのままオークキングの前に『炎壁』をかけて、ホノカちゃんが慌てて僕の方へ走り込んでくる。
その動きに合わせてホノカちゃんにもう一枚『防護印』をかけた。
「……とりあえず説教は後よっ! 出てきちゃった以上あの豚面を何とかするわよっ!」
「うんっ! まだAPは保つよね? 僕が時間を稼ぐから、ホノカちゃんは大きいのをお願いっ!」
そう言って前に出る僕。何とか足は動きそうだ。
が、ホノカちゃんは心配そうな顔で僕を見た。
「……できるの?」
ここまでの失態を考えればそう思われても仕方ない。でも僕は今できる精一杯の笑みを浮かべた。
「勿論っ!」
明るい声で手を挙げてオークキングに向かって駆け出した。
怖い、逃げたい、怖い、逃げたい、怖い、逃げたいっ!!
オークキングと向かい合う僕の心に恐怖が溢れる。
でも僕の後ろにはホノカちゃんが居る。しかも僕を信じて大魔法を詠唱している。
だから、逃げる訳にはいかない。あいつを後ろに通す訳にもいかない。『盾』の役割は『敵』をその場に押し留めて時間を、勝機を稼ぐ事だ。
そしてソレは僕が憧れている重戦車の仕事じゃないかっ! ここで奮えていちゃダメだっ!
それに僕の能力値は確かに『盾』には向かないかもしれないけど、それでもこの前同じように『盾』に不向きな筈のアンクルさんは3体ものボスモンスター相手にその仕事をやりきっていた。
そのアンクルさんに教えて貰った僕が、『火炎蜥蜴』より格下な『オークキング』それも一体相手に時間稼ぎも出来ないなんて、今後顔向け出来ないっ!
出来る! やれるっ! イケるっ! 成せるっ!!
心の中で成功のビジョンを思い浮かべて、僕はオークキングの攻撃圏内へと飛び込んだ。
「グルァアアアアッ!!」
すぐさま振り下ろされる大剣、でも見えている、躱せるっ!
「っ!?」
でもやっぱり身体は心に追いついてくれないのか、タイミングが僅かに遅れてギリギリ避けた。
「ユウっ!?」
後ろからホノカちゃんの悲鳴のような声が聞こえる。
「ぼ、僕は大丈夫っ! だからっ! 魔法っ、出来るだけ早くっ、よろしくっ!!」
そう言いつつ大振りのオークキングに杖で一撃を叩き込んだ。勿論ダメージなんて殆どない。僕にオークキングの意識を集中させる為だ。
そしてオークキングは僕の狙い通り、前に立つ僕に集中的に攻撃を繰り返す。
大剣を振り下ろし、横薙ぎ、時には殴りかかり、蹴り飛ばそうとする。
それに僕は竦む手足を叱咤して、避け、躱し、『防護印』で受け、カウンターを叩き込む。
イケる。戦えるっ!
オークキングは巣穴の前で戦った時より明かにスピードも遅い。左手がある分、手数は多いけど、それでも余裕を持って対応出来た。
と言っても恐怖が無くなった訳じゃない。逃げられるなら今すぐにでも逃げてしまいたい。でも後ろにホノカちゃんが居る。なら、戦えるっ!
「グルォオオオオッ!!」
と、オークキングが今まで以上に高々と大剣を振り上げ、僕の頭上へと振り下ろしてきた。
僅かに大剣が電気を帯びたように鈍く光るのが見えるっ。
これって……『麻痺強撃』っ!
さすがに『強撃』を完全に相殺出来るかわからない。
そしてもし麻痺状態になってしまったら、それでお仕舞いだ。
僕はバックステップで躱しながら自分の『防護印』を信じて祈る。
躱しきれなかった大剣と『防護印』がぶつかり合って割れると同時に衝撃で僕は後ろに吹き飛ばされた。
もともと後ろに飛び退いてる事もあって一気に攻撃圏外まで転がる。
幸いダメージはない。
手足は……少し痺れてる気がするけど、動かなくもない。なら、大丈夫かっ!?
そう思った瞬間、後ろから声が聞こえた。
「お待たせ、ユウっ!」
自信たっぷりの声に振り返るとそこには胸を張って立つホノカちゃんが居た。
その頭上にはオークキングの巨体を超える大きさの巨大な火の玉が浮かんでいる。
「コレで終わりよっ! 豚はさっさと死になさいっ!! 喰らえっ! 大爆火球っっ!!!」
ホノカちゃんの叫びと共にオークキングめがけて飛んでいく『大爆火球』。
オークキングも慌てて回避しようとするがもう遅い。
巨大な火球がオークキングとぶつかり、物凄い爆発が巻き起こり、激しい炎の光と熱風が吹き荒れた。
慌てて僕も自分達に『霊護印』をかける。
かけなくてもダメージ自体は無いかも知れないけど、熱風を浴び続けるのも気分の良い物じゃないし。
炎に包まれたオークキングが倒れると同時にメッセージウィンドウに討伐のログが流れ、『大爆火球』が消える頃にはオークキングの消し炭さえ残っていなかった。
「私を怒らせたら、ざっとこんなもんよっ!」
得意げにホノカちゃんは笑った。
その姿を見て、やっと戦いが終わって腰が抜けたようにその場にへたり込んだ僕は絶対に怒らせないように気をつけようと心に誓った。
「全く、マヤさんの気持ちも分かるわっ! あんな震えてた癖に飛び出して来たり、逃げろって言っても逃げなかったり、バカな事ばっかりしてっ! そんなんじゃ命がいくつあっても足りないわよっ!」
『東の森』から帰る道中、ずっとホノカちゃんのお説教は続いていた。
そしてソレに僕は何一つ言い返せないでいる。
怒らせるのが怖いから、というのも勿論あるけど……ホノカちゃんの言う事の方が正しいと思うからだ。
『セカンドアース』はMMOだ。ゲームなんだから、プレイヤーが死ぬ事なんて無い。フィールドでプレイヤーが死んで光になる所も、大神殿に戻ってくる人も見た事がある。
クロノさんだって死んだけど無事だった。
そして『セカンドアース』では死んだからって恒久的なデスペナルティがある訳じゃない。一時的に能力値が下がったり、スキルやアーツが使用不能になるだけだ。
その中で例外は僕だけで、ならパーティメンバーの命を犠牲にしてでも自分が生き残る事を考えるのが正解なのは分かってる。わかってるけど……。
「ごめん……」
少し前を歩くホノカちゃんに頭を下げる。
僕の謝罪を聞いて、ホノカちゃんが立ち止まり、くるりと振り返って僕を睨んだ。
「そんな事言って、どうせ又同じ事があったら、飛び出しちゃうんでしょっ!?」
「うっ……」
多分……飛び出すと思う。
死ぬのは今でも怖い。戦うのも怖い。でも自分が逃げる為に誰かを死なすのは、嫌だ。
その気持ちは、今も変わらなかった。
ホノカちゃんの問いに答えられずうなだれる僕にホノカちゃんは大きくため息をついた。
「まぁいいわ。 ……私の為に命を賭けて戦ってくれたんだし……」
ため息の後、何かを呟くホノカちゃん。声が小さすぎて全然聞き取れなかったけど……。
「えっと、今何て……」
「何でもないわよっ!!」
今までで一番怒気の籠もった声で怒鳴られてしまった。
正直オークキングより怖い。
「よく聞きなさいっ! ユウは正真正銘のバカだしっ! 完璧なバカだしっ! ほっといたら1日も経たず死んじゃいそうだからっ! そんな事になったら私も後味が悪いからっ!! 仕方なくっ! 『銀の翼』への加入を認めてあげるわっっ! かっ、感謝する事ねっ!!」
ホノカちゃんが真っ赤な顔で僕に捲し立てるようにそう言った。
それって……つまり……。
「加入を許してくれるのっ!?」
「仕方なくよっ! 勘違いしないでよねっ!!」
そう言って再び前を歩き出すホノカちゃん。
「ありがとうっ! ホノカちゃんっ!!」
「知らないわよっ!!」
仕方なくでも加入を認めてくれたホノカちゃんに僕は感謝の声を上げて後を追う。
ホノカちゃんの返事は、いつも通り怒ったような声だった。
ホームに帰った僕達はサラサラさんにクラン加入の許可が下りた事を伝え、晴れて僕は『銀の翼』の一員となった。
その夜はお祝いのパーティーとなり、用意していた『金華猪』のお肉は僕とホノカちゃん2人分のドロップをまとめて、串揚げにする事にした。
最初はトンカツにしようと思っていたけど、折角のパーティだし揚げていく楽しみも欲しいかなと思ったのだ。自分で揚げるのも楽しいしねっ!
「んまぁぁいっ!! やっぱ『金華猪』は最高やねっ!!」
「ユウ、次揚げて」
舌鼓を打つルルイエさんの横でノワールさんが僕に次を揚げるよう催促する。
「えっと、串揚げだから自分でも揚げられ……」
「揚げて」
「あ、うん」
既に串に刺さった『金華猪』のお肉を取り出して衣を付けて油に入れる。
「私もお願い、あとピーマンと玉葱も」
「いいわね~、じゃあ私は海老と椎茸をお願いね~」
「あたしはやっぱ『金華猪』だなっ! ジャンジャン揚げてくれよっ!」
「お肉の半分は私のドロップなんだからっ! 私にも優先的に揚げなさいよっ!」
どんどん入る注文に慌てて次々と衣を付けた串を揚げていった。
……結局僕はその夜大量の串揚げを揚げ続ける事となる。
10キロ以上は確実にあったお肉全てを食べ尽くすまで宴が終わらないなんて、パーティが始まった時の僕が思う訳もなく。
女性6人の何処にそんなに入ったのかわからないけど……喜んで貰えたなら良かった……かな?
僕の料理を食べて喜んでくれる皆が居て、その笑顔に囲まれてこれからも生きていける事に僕も嬉しくて、調理は大変だったけど……それでも自然と僕の顔にも笑顔が浮かんでいたと思う。
私自身はブロッコリーを揚げたのとか好きです。




