第125話 守るべきもの。
オークキング。『セカンドアース』で数少ないフィールド徘徊型のボスモンスター。
その姿はあの夜に見た時と全く同じだった。
でもあの時程の威圧感は感じない。それが2度目だからなのか、自分のレベルアップのお陰なのか、今が『夜』でも『狂化時間』でもないからなのかはわからないけど。
でも、そのいずれにせよ問題なく倒せる。そう思った。
あの時はマヤと戦った後で片腕を失っていたオークキングというハンデマッチで、今回はそうしたハンデ無しとはいえ、『夜』と『狂化時間』による強化がないのだから相殺か、むしろあの時のオークキングより弱いかもしれない。
逆に僕は『司祭』になって習得した『高位』のお陰で『祝福』も『加速』も強化されている。『防護印』だって今回は衝撃まで無効化できると思う。
そして僕が時間を稼げば、ホノカちゃんの『大爆火球』が一撃でオークキングを倒してくれる。
僕が前衛をしてホノカちゃんが後衛をすればオークキング1体はもう僕の敵じゃないっ!
そう思って僕はホノカちゃんを庇う為にも一歩踏み出そうとした。
――――が、僕の意志に反して身体は動かなかった。
さっきと同じだ。又気付かない内に状態異常でも受けたのだろうか? でもメッセージウィンドウにそんな文字は流れてきてない。
一体何が? 目の前にオークキングが居るのに、どうして僕の身体は動かないのっ!?
パニックになりかけて必死に動こうとする僕に、ホノカちゃんが何かに気付いたように僕を見た。
「ユウ……もしかして、震えてる?」
そう言われて、自分の足がガクガクしている事に気付いた。いや、身体全体が震えてる?
そんな訳ない! と言いたいのに喉もカラカラに渇いて声が出なかった。
そんな状態をオークキングが見逃してくれる訳もなく、一気に距離を詰めて大剣を振り上げるのが見える。
「っ! 炎壁っ!!」
その瞬間、ホノカちゃんが僕達とオークキングの間に巨大な炎の壁を出現させて、オークキングの動きを牽制した。
「とりあえず逃げるわよっ!」
そう言って僕の手を握って走り出すホノカちゃん。
混乱している僕は引かれるままに何とか足を動かした。
『セカンドアース』では専用のスキルやアーツが無いと基本的にエンカウントしたモンスターから逃げ切るのは難しい。
単純な足の速度でいえば恐らく『高位加速』の僕達の方がオークキングより早いかもしれないけど、森の中を全力で走るのは難しい。
元々僕もホノカちゃんも『速力』が高い訳でもないし。
それに走る事で発生する草木をかき分ける音で常に僕達の位置をオークキングに教えてしまう。
フィールドやダンジョンはモンスターのホームだから、最悪もっと不利な場所に誘い込まれたり別のモンスターとまでエンカウントして挟撃される可能性もある。
逃げ続ける僕達は後ろからのオークキングの追撃を振り切れずに居た。
それはいつもより足取りが重い僕のせいもあるかもしれない。
でも……何故かいつもみたいに動けない。悔しくて涙が出そうになる。
「このままじゃ……追いつかれるか、別のモンスターにエンカウントしてアウトね」
後ろから来るバリバリと茂みを踏み倒し近づいてくる音にホノカちゃんが舌打ちする。
そうだ、このままじゃダメだ。それに下手にモンスターを引き連れて逃げたらMPKにもなりかねない。
ここは僕が足止めして……。
「ユウっ! 私がアレの相手をするから、アンタは茂みに隠れて、逃げられそうなら1人で逃げなさいっ!」
ホノカちゃんが足を止めて僕の手を放す。
「っ!? だ、ダメだよっ! ホノカちゃんはモンスターの回避訓練なんてしてないじゃないかっ! モンスターを引きつけるならっ、ぼ、ぼくの役目……っだよ!!」
そう言う僕を見つめるホノカちゃんが、何故か少し嬉しそうに笑った。
そしてホノカちゃんが僕の身体を抱きしめる。
「っ!?」
「ほら、こんなに震えてるじゃない。怖いんでしょ? ユウは死んだらお仕舞いかも知れないんだし仕方ないわよ。大丈夫、大事な仲間ですもの。私が守ってあげるわ」
いつもと全然違うとても優しい声で僕の耳元に囁くホノカちゃん。
その言葉を呆然と聞き続ける僕。
「それに、もし私が死んでも私はデスペナルティがあるだけなんだし、その間にユウが逃げ切れたら私達の勝ちよっ!」
身体を離したホノカちゃんはもういつものあの笑顔だった。
僕をトンと後ろに押して、僕はそのまま茂みの方にへたり込む。同時にオークキングは追いつき、ホノカちゃんの前に相対した。
「クソブタキングっ! アンタには勿体ないけど私が相手をしてあげるるわっ!! 喰らいなさいっ! 火球っ!!」
目の前でホノカちゃんがオークキングと戦っている。
『高位加速』のお陰か速度的には問題無いけど、ホノカちゃんはこういった事に慣れていないから動きがぎこちない。
出来るだけ離れて魔法を使おうとするけどソレを許さないオークキングに『火球』と『炎壁』で牽制して無理矢理距離を作っている。
と言っても『火球』は大剣で受け止められ、『炎壁』は一瞬動きをとめるものの迂回出来てしまう。
2つとも牽制としての役割しか果たせず、オークキングが大してHPを減らしてるようには見えない。かといってそれ以上の呪文は詠唱が間に合わないから使えない。
このままじゃダメだ。 オークキングもわかっているのか勝負を急いでいるようには見えない。
いずれホノカちゃんはAPが切れる。そうしたらこの戦いは終わる。
ホノカちゃんがオークキングに殺されて。
考えた瞬間、自分でも分かる程ハッキリと身体が震えて止まらなくなった。
そして気付いた。なんでこんなに自分が震えているのかに。
ホノカちゃんの死を想像した瞬間、クロノさんが死んだあのシーンがフラッシュバックしていた。
そう、ホノカちゃんが言った通り、僕は『怖くなった』んだ。
『セカンドアース』に来て、痛かったら怖かったりする事は一杯あったけど、でも『治癒』も『防護印』もあるし何とかなると思ってた。
パーティやクランで何度も狩りに行ったけど、誰かが死ぬ事も無かった。
でも、目の前でクロノさんが死んだ。……実際はデスペナルティを受けただけで元気そうにしてたけど、でも死んだ時の感触を僕ははっきり覚えてる。
そしてソレが自分にも起こりえるって想像しちゃったんだ。
だからこんなに身体が震えてる。今も僕は自分の身体を満足に動かせなかった。
「こっちよっ! クソブタキングっ! 炎壁っ!!」
そう叫ぶと『炎壁』がオークキングの側面に展開した。結果、炎で僕からオークキングの姿が一瞬見えなくなる。
当然その行動を阻害された訳でもない『炎壁』に目もくれず突撃するオークキング。
「トンで火にいる三枚肉っ! 火球っ! 火球っ!!」
一瞬ホノカちゃんと目があったと思ったけど、すぐにオークキングとの戦いに戻って行った。
そしてその視線の意味に気付く。
逃げるなら『今』だ。
ホノカちゃんの『炎壁』で視線が遮られ、戦闘音で足音がかき消される。ホノカちゃんが足止めしてくれてる間に逃げ切れる。
ホノカちゃんは死んでもデスペナルティを少し受けるだけですぐ回復するし、そうして2人で逃げ切れれば勝利だとホノカちゃんも言っていた。
でも……それでいいんだろうか?
まだ僕の身体は震えていて、戦えそうにない。ここに残っていてもホノカちゃんが作ってくれた時間を無駄にして、その想いを踏みにじるだけかもしれない。
頭じゃわかってる。逃げるべきだ。僕は戦えないんだから、ホノカちゃんだって本当に死ぬ訳じゃないんだから。
でも……
その瞬間、『防護印』が砕ける音がした。
慌てて目を向けると、再び距離を空けている2人が見える。『高位』で唱えておいたお陰か完全に衝撃まで止めて、むしろオークキングを後退りさせたみたいだった。
でもこれでホノカちゃんにもう『防護印』はない。次攻撃を受けたら即死してもおかしくない。
そして今僕が、『防護印』を唱えたら、きっと僕の位置がオークキングにばれる。
そうなったらもう逃げられないだろう。
だから、だから僕は――――
ホノカちゃんに『防護印』をかけた。
魔法アーツの成功にオークキングが一瞬こっちを見る。同時にホノカちゃんも驚いたような顔で僕を見ていた。
僕の身体はまだ震えているし、心は恐怖が一杯になっている。
でも、それでも、女の子を見捨てて逃げたくない。
それで死ぬ事になっても、大事な仲間を守りたいっ!!
馬鹿な事かもしれないけど、それは譲れない。もし今逃げたら、きっと僕はこの先立ち上がる事すら出来なくなる。
それに比べたら、恐怖くらい乗り越えろっ! ユウっ! お前は男の中の男だろっ!!
心の中で自分を叱咤し、自分の両足を叩いて震えを無理矢理止める。
「オークキングっ! ここからは僕が相手だっ!! かかってこいっっっ!!」
全然収まらず震える足と声で僕はオークキングに向かって叫んだ。




