第12話 ソニア語り。
私、ソニアが王都テランの冒険者ギルドの受付に採用されたのは数ヶ月前の事だ。
突然増えた流民の冒険者に対応する為の人員拡張が理由の募集に応募したのが切欠だった。
流民――テラ王国の国民でも、まして他国民でもない、何処からか現れる強大な力を持つ者達。彼等は老若男女、職業は元より、種族すらも多様で、神に祝福された者達とも、不死の加護を受けているとも言われている。
一説では異世界から迷い込んだ者だという話もある。
ともかく、突然流民が増えたお陰で私は冒険者ギルドの受付嬢という職業を得る事が出来たのだから運が良かったのだと思う。
確かに相手をする冒険者は荒くれ者も多く、又何だか私達を見下しているような言行の人も多くて大変な仕事ではあるけど、それでも安全で安定しているのだから文句ない。
と思っていたのは一週間前までだった。
採用されて数ヶ月、研修期間もとっくに終わり、1人で受付をこなせるようになって慣れてきたと思った矢先、突然王都に流民がやってきたのだ。それもこれまでとは比べものにならない程の大人数が。
上層部は嬉しい悲鳴を上げたのかもしれないけど、私みたいなヒラの受付嬢は本当の悲鳴を上げた。
膨大な仕事が突然発生し、いつ終わるともしれない新人登録とクエスト処理に追われる日々の始まりである。
獣人は体力がある種族だからって過酷な労働を毎日させられたら壊れてしまう。一応特別手当も出てるけどむしろ休みを増やして欲しい。
そして私をいやらしい目で見る流民と「犬耳キター」とか訳のわからない絶叫を上げる流民は死ねばいい。
そんな気持ちを表に出さず、今日も笑顔でクエストの受付処理をしていた私だったのだけど、そろそろお昼休みを貰おうかと思っていると、その日は運命の出会いがあった。
扉を開いて冒険者ギルドに入って来た彼女の名前はマヤさん。可愛い外見の女の子だけど、全身に金属鎧を着込んだ彼女も流民の冒険者。
それも冒険者ギルドのクエスト達成率からすれば上位に入る。
しかし運命はその後ろに居た。マヤさんのすぐ後ろ、彼女のマントの裾を掴んだまま入ってきた一人の美少女。そう美少女が居たのだ。
年の頃は12歳前後だろうか? レースとリボンをあしらった純白のローブと足元まで伸びる輝く銀髪を揺らしながら歩いている。物珍しそうに室内を見渡してる目はキラキラ輝いていて、見ているこっちまで楽しくなってくるような笑顔だ。
美少女が入ってきただけで室内全体が明るくなり、暖かくなったような錯覚さえ覚える。
マヤさんは何処かの貴族のお嬢様やお姫様の護衛クエストとか受けたのだろうか? でもならその令嬢を此処に連れてくる理由もないし……。
目の前の冒険者の処理を行いつつ、横目で美少女を観察していると彼女達は私の列に並んでくれた。マヤさんありがとう!
早く詳しい話を聞きたかった私はいつもの1.5倍の早さで処理を行い、私的にはやっとの事で彼女達の番になる。
「あら、マヤさん、今日はどのようなご用件でしょうか?」
いつもの笑顔で声をかける。でも後ろの美少女の用件ですよね? そうですよね? そうだと言ってください、と目で訴える。
受付業務中にこちらから余計な事を言ってはいけない規則なのだ。マヤさんに言って貰わないと聞けない。そんな生殺しは勘弁してほしい。
「ええ、新規加入者を連れてきました。ソニアさん、一通りの説明をお願いします」
新規加入者!? じゃあこの美少女が冒険者に? この受付に来るって事はこの子が流民!?
確かに流民は種族問わず老若男女いるけど、ここまで幼い、そして可愛い子は見た事がない。
その後の私の説明を更に目を輝かせて食い入るように聞いている美少女はユウという名前だった。
緊張していたのか自己紹介を噛んでしまっている所も可愛い。
ユウちゃんは見た目通り良い子だった。私の説明を真面目に聞き、一生懸命理解しようとしているのがわかる。
人の話を「チュートリアル乙」とか「スキップできないのかよ」とか意味不明な事を呟く礼儀を知らない流民とは全然違う。
でもこんな可愛い子が冒険者だなんて本当に大丈夫なんだろうか? 流民なら滅多な事では死ぬ事はないとは言うけど、この綺麗な肌に傷でも付いたら世界的な損失だ。
本人はやる気満々に木の棒を振り回してるけど……あの棒で戦う気なんだろうか?
本当に大丈夫なんだろうか……?
結局その後全然仕事に集中出来なかった。
最弱のゼリースライムの討伐クエストだから大丈夫だとは思うけど、もしもという事はある。ユウちゃんの手首はびっくりする位細くて白かった。あの手で木の棒を振り回して戦えているのだろうか?
マヤさんが付いているようだから大丈夫だとは思うけど……。
そんな2人が戻ってきたのは夕方、私の仕事が交代になる直前だった。
この時間は他の冒険者も多く来るので混雑もしているが、2人はちゃんと私の列に来てくれた。
ならばと昼間以上に急いで目の前のクエスト処理を済ましていく。
大抵の流民は私の事を「NPC」とか「AI」とかよくわからないモノとしか思ってないんだし、こっちだって相応の対応で問題ないよね。仕事だから笑顔は絶やさないけど。
そしてユウちゃんの番。ユウちゃんが嬉しそうに背伸びしてカウンターに乗り出し、私に笑顔を向けてくれた。
それを見て私もさっきまでの仕事笑顔ではなく本当笑顔になってしまう。
あぁユウちゃんは可愛いなぁ。
ユウちゃんはせっかくの純白のローブが土埃で汚れてはいたけど怪我らしい怪我は無さそうで一安心だった。嬉しそうにクエスト報告をしてくれて私の顔も綻ぶ。
登録したばかりの初心者冒険者でも一時間で数十体は倒せるゼリースライムを12体しか倒せてなかったのは正直驚いたけど、でもある意味納得なのかな?
でもそういう所もユウちゃんなら可愛い所になるから良いのだろう。
その後なんとユウちゃん達にクエスト達成記念パーティーに誘われた。願ってもない申し出。本当は冒険者ギルドの職員が特定の冒険者とあまり懇意にしてはいけない、という暗黙のルールはあるのだけど、ユウちゃんなら良いよね!
冒険者ギルドの近辺には宿屋や酒場が多い。その一軒に入りユウちゃん達の知り合いだという鍛冶師の女性、コテツさんを含めた一緒に4人で乾杯をした。
私も来た事のあるお店だからお勧めの料理を選ぶ。
ユウちゃんはそれを必死に食べ、口に入れる度に幸せそうな表情を浮かべている。その姿が見れただけでこっちも幸せな気持ちになる。
マヤさんも私と同じで楽しそうにユウちゃんを眺めていた。
コテツさんはどちらかというとお酒の人のようで次から次へとお酒を注文している。
変化が訪れたのは一時間程経った頃だったか。
コテツさんはすっかり出来上がったのかユウちゃんを抱きかかえて玩具にしながらジョッキを傾けている。
なんて羨ましい、私もユウちゃんを撫で撫でやペロペロしたい!! 昼間後ろから少しだけ抱き留めていた時の柔らかさと不思議な良い匂いは忘れられない。
大体コテツさんだって今日出逢ったばかりだと聞いているのに、同じ今日出逢った私は撫で撫でさせて貰えないなんてユウちゃんはずるい。
どうしても恨みがましい目で見てしまう。
そんな私の不機嫌を霧散させたのもユウちゃんだった。
といってもペロペロさせてくれた訳ではない。させて欲しかった。
ユウちゃんが歌を披露してくれるという事になったのだ。ユウちゃんの声はとても綺麗だからどんな歌を聴かせてくれるのかと思ったのだけど――
――それは世界が変わる瞬間だった。
ユウちゃんが聞いた事のない歌を歌い出すと同時に、酒場の中の喧噪がピタリと止んだ。
誰が申し合わせた訳でもなく、皆酒場の隅で立ち上がり歌うユウちゃんを見ている。
昼間ユウちゃんの声を「天使の歌声」と評した人が居たけど、それ以上の、奇蹟の歌声が紡がれていた。
強制的に心を揺さぶられる歌声、それでいて全身に心地よく響く旋律。ずっと聞いていたい、ずっと見ていたい、こんな素敵な歌があったなんて。
そう思ったのは私だけじゃなかったようだ。歌い終わって恥ずかしそうに座るユウちゃんに盛大な拍手とアンコールが巻き起こり、ステージに担ぎ出されてしまった。
本来なら止めるべきだったのかもしれないけど、恥ずかしい事に私はユウちゃんの歌声に腰が抜けていた。そして聞けるのならもっとその歌を聴いていたかった。
結局日付が変わる時間までユウちゃんは歌い続け、私はその歌声を聞き続ける事が出来た。
こんな素敵な出会いがあり、こんな素敵な歌を聴く事が出来たのだから、
私はやはり冒険者ギルドの受付嬢になれて運が良かったのだろう。
あ、一応わかっているとは思いますが「ユウ」は男です。健全な高校生男子です。
 




