第124話 ハンティング。
「『金華猪』のお肉、今日はもう無いんですか……」
お肉屋さんに着いた僕は激しく落胆していた。
『金華猪』、名前の通り猪で、そのお肉は猪肉だ。と言っても臭みはなくむしろ豚肉に近い。
そしてただの豚肉ではなく、最上級の豚肉なのだ。
僕は『金華猪』のお肉を食べて、生まれて初めて「この脂身をずっと食べていたい」と思う程、甘くて、旨味が溢れて、脂身なのにしつこくないという衝撃を味わった。
ホノカちゃんがお肉を希望した時から、ホノカちゃんにもその味を味わって欲しくて密かに今日は『金華猪』のお肉を買おうと計画していた。
それなりに稀少で数日に一度しか入荷しない『金華猪』のお肉が今日入荷予定だという事も前もって聞いていたからだ。
「ごめんねぇ……入荷はしたんだけど今朝早くに貴族からの大口の買い付けがあっちゃって」
店主さんが僕の姿を見て本当に申し訳なさそうに頭を下げる。
「あ、いえ! 僕こそ無いのは仕方ないのにっ、無理言ってごめんなさいっ!」
慌てて店主さんに謝った。
そもそも取り置きを頼んでいた訳でもないし店主さんに非は何一つない。そして品切れになった後にやってきて店頭で落ち込むとかむしろ僕がお店の営業妨害になりかねない。
でも……どうしよう? 僕のお腹はトンカツを食べる事を決めていたのに……それが叶わないなんて。他のお肉ならあるしそれで代用しようかな?
でも『金華猪』のトンカツ食べたかったなぁ……。この気持ちのまま普通の豚肉で作っても満足出来そうにない。
それに最悪の場合、今日僕は『銀の翼』を出る事になる可能性もあるのだ。
その最後の食事をあり合わせにしてしまうのは……ちょっと寂しい。
「何よユウ、そんなに『金華猪』? って美味しいの?」
店頭で唸る僕を見かねたのか、ホノカちゃんが僕を覗き込んで訪ねた。
「美味しいよっ! 甘くて、コクがあって、でもしつこくなくてっ!!」
「……なんだかテレビで聞くようおなフレーズね」
「そ、そうなんだけど……そうなんだから仕方ないだろっ」
そもそも僕に料理の語彙を求めるのが間違ってるのだ。世の中美味しい物は『美味しい』で良いじゃないか。
「でもそう……甘いお肉で……そんなに美味しいんだ」
そう言ったホノカちゃんの瞳が、悪い意味で輝いた気がした。
よくマヤがこういう目をしてるけど、そういう時は100%ろくでもない事になる。手早く撤退するに限るのだっ!
「ユウっ! 行くわよっ!!」
僕が店主さんにお肉を注文する前にホノカちゃんは高らかに叫んでいた。
「……えっと……ど、どこに?」
「勿論っ! 『金華猪』狩りよっ!!」
「今からっ!?」
「当然っ!」
「そ、それじゃ誰か他の人も呼んで……」
「そんな事してたら時間かかるでしょっ! 『金華猪』って10レベル程度みたいだし生息地も『東の森』だし私達だけで大丈夫よっ!」
夕食を考えて舌なめずりするホノカちゃんに僕が拒否権がある訳もない。
それに……僕も食べられるなら『金華猪』を食べたいし。
「……わかったよ。でも『金華猪』って見つけるの大変らしいよ?」
「問題なしっ!!」
無意味に自信たっぷりに応えるホノカちゃん。
……1人でフィールドに出るのはマヤに禁じられてるけど、ホノカちゃんと2人だし、場所も東の森だし、大丈夫……だよね?
そうして到着した『東の森』は僕の不安を余所に安全な物だった。
何故なら――
・5レベル森狼とエンカウントしました。
「火球っ!」
・7レベルオーク2体とエンカウントしました。
「電撃球っ! 火球っ! 火球っ!」
・3レベルゴブリン3体にエンカウ――
「火球っ! 火球っ! 火球っっ!!」
と、エンカウントした瞬間にホノカちゃんが魔法を撃ち込んで倒しているのだ。
そしてどうだと言わんばかりに僕を見る。
「……森の中だから火事に気をつけてね」
「私がそんなミスする訳ないでしょっ! ちゃんと目標以外は燃やさないわよっ!!」
そう言って再び『金華猪』探索を始める。
ホノカちゃんが物凄くやる気になってるから僕は見てるだけだけど、僕の方でも実は森に入った当初よりずっと安心をしていた。
『高位加速』と『高位祝福』のお陰なんだろうけど、ゴブリンやオーク、森狼の動きが今まで以上にハッキリ見えている。
能力値が上昇する方が戦いやすくなると聞いては居たけどショックを受けるレベルで戦いやすそうだ。
これだけ見えるなら、もしもっと大量のモンスターに囲まれたとしても僕が前衛に立ってホノカちゃんを守る位は出来る気がする。
でもそれはそれとして、どうしても気になる事を僕はホノカちゃんに尋ねた。
「そんな連発してAP大丈夫なの?」
『司祭』の僕や『魔術師』のホノカちゃんは『魔力』の能力値が高いからAPも高めだけど、使うアーツもAP消費が激しいし初級の『火球』とはいえ連発すればAPが大変な筈だけど……。
「あぁ、そうね。じゃあユウ、パンちょーだい」
そう言って手を出すホノカちゃん。
もしかしてコレって……。
「ホノカちゃん、僕の料理をアテにしてる?」
「当然じゃないっ! 『魔術師』の魔法は強力だけどAP管理だけが悩ましい所だったのに、それを解消出来るなら使わない手はないでしょっ!」
「うーん……でもなんだかそう言われるとズルしてるみたいで嫌かも……」
「何言ってるのよ、自分達のクランメンバーの固有スキルなんだから活用するのが当たり前でしょっ」
「僕、まだホノカちゃんの審査中じゃ……」
言った瞬間、自分の失言に気付く。
ホノカちゃんが今日一番怖い顔で僕を睨んでいたからだ。
「そう、ユウは『銀の翼』のメンバーだと思ってなかったんだっ!」
「ち、ちがうよっ! 僕はそうありたいと思ってるけど、でもホノカがダメって言うなら、ダメだし……」
「何よそれっ! 私がダメって言ってもどうにかしようって気概はないのっ!?」
「そ、それはそうだけどっ、っていうかだから今日一日がんばってるんじゃないかっ!」
「じゃあ無理矢理でも私を頷かせてみせなさいよっ!」
「わ、わかってるよっ!! こ、ここからは僕が前衛に立つっ!」
そう言って僕は今日初めて前を歩き始めた。
確かに安全とはいえフィールドなのに『魔術師』の、しかも女の子に前を歩かせるのは男として良くなかったと少し反省する。
……単にホノカちゃんがどんどん1人で前を歩いて行ってたからだとしても。
それに流されて『金華猪』を狩りに来たとはいえ、審査されてる僕がこうした狩りで『活躍する事』自体がアピールになるのは当然の事だ。
今こそ僕の格好いい所をホノカちゃんに見せる時だったのだっ!
アンクルさんとの特訓で磨いた杖術と『高位』で強化された神聖魔法があればゴブリンやオークが何体来ても倒せる筈っ! 自信もあるっ!
と、少し歩いて思い出してアイテムウィンドウから取り出した『冒険者ギルド』に納品したのと同じパン数個をホノカちゃんに手渡す。
「残り物だからもうソレしか無いんだ。だからホノカちゃんは無理しないで」
「……別に無理はしてないけど」
そう言いつつもパンを受け取り、それを囓り始めるホノカちゃんを確認して、僕は再び探索を再開する。
が再開するまでもなく物凄い勢いで茂みをかき分けてくる足音が此方に近づいてくるのが聞こえた。
森狼がこんな音を立てて移動する訳がない……という事はゴブリンだろうか?
それとも何か別の……。
思考を巡らせながら待ちかまえているとソレはすぐに姿を現した。
「ピギャーっ!!」
突進してくる体長2メートル程の巨体に一瞬言葉を失う。
・10レベル金華猪とエンカウントしました。
メッセージウィンドウを見ても間違いなく僕達が探していたモンスターだと示していた。
警戒心が強くて見つけにくく、見つけてもその健脚で森の中に逃げ込まれると捕まえるのが難しい筈なのに、その『金華猪』が自分から姿を見せてくれたのだ。
このチャンスを物にしない訳にはいかないっ!
黄金色の巨大な弾丸が物凄い勢いで飛び出して、その勢いのまま僕の方へと突進してくる。
確かに物凄いスピードだけど『高位加速』がかかっている僕になら十分対応出来る速度だった。カウンター気味に攻撃すれば『高位祝福』のかかっている今の僕の筋力なら一撃で倒せるかもしれない。
そう思ってカウンターのタイミングを計っている僕にどんどん近づく『金華猪』。
今だっ!!
そう思った瞬間、何故か僕の身体は動かなかった。
突進してくる『金華猪』に今しかないってタイミングで杖を振り抜こうとした。
……筈なのに、手はおろか全身がぴくりとも反応しない。
『金華猪』って何か状態異常アーツとか使ったんだっけ!? そんな話聞いた事ないけどっ!? でもっ!
そう思ってる間にも『金華猪』が近づく。
攻撃も回避も出来ず、『金華猪』が僕にぶつかる瞬間、強く目を瞑った。
パリンと音がして跳ね飛ばされる『金華猪』。
「電撃球っ! 火球っ! 火球っ!!」
その次の瞬間、『金華猪』に向かって矢継ぎ早に魔法が撃ち込まれ、悲鳴を上げて光となっていった。
その様を呆然と見つめる僕。
「ユウっ! 大丈夫っ!? どこか怪我してないっ?!」
「あ、うん……だ、大丈夫……だと思う。その、ありがと」
駆け寄ってきたホノカちゃんにひとまずお礼を言った。あのままだったら僕は『金華猪』の二度目の突進で轢き殺されていたかもしれない。
そう思った瞬間身体の奥がぶるっと震える。
「無事なら良いわ。……それにしてもやる気になるのは良いけど、それで無防備で攻撃を受けるとか格好良くないわよ?」
「そ、そんなんじゃないよっ!?」
じと目のホノカちゃんに慌てて弁解する。
僕はそんなつもりなかった。華麗なカウンターで撃退するつもりだったのに……。
「ま、いいわ。『金華猪の極上肉』も無事手に入ったし」
そう言ってにんまりするホノカちゃん。
倒すのが大変なだけでドロップはしやすいと聞いていたけどちゃんとドロップもしてたらしい。
よく見たら僕のアイテムウィンドウにも1個入っていた。
「でも……そもそもなんで『金華猪』の方から出てきたんだろ?」
「なんでも良いんじゃない? あ、パンを食べ始めた所だったし、それに釣られてきたとか?」
「そんな狩猟方法ないと思うよっ!?」
そうだとしたら『金華猪』がどれだけ食いしん坊なんだって話だし。
何か原因が……と、思っていると突然僕達に巨大な影が差した。
一体何が? と、僕とホノカちゃん2人同時にその影がした方を見上げる。
・Lv33オークキングとエンカウントしました。
メッセージウィンドウを流れていく文字と、見覚えのあるその巨体を目にして僕は『金華猪』がこいつから逃げてる途中だったんだ。……という事に思い至った。




