第123話 市場通りのお買い物。
「それで、次はどこに行くの?」
すっかり機嫌が直ったホノカちゃんが僕に尋ねる。
「次……じゃあ……晩ご飯に買い出しに行っていい?」
「いいわよ。って事は今晩のメニューは私の食べたい物って事で良いんでしょ?」
機嫌が直った事もあって、物凄く期待したキラキラした目をホノカちゃんがしている。
「あ、えーと……ケーキとかドーナツとか甘い物だけとかはダメだよ?」
なので一応念を押しておく。
「なんでよ? 美味しいじゃない」
やっぱりそうだった。
別にゲーム内で太るとか虫歯になるとかは思わないけど……偏食というのはいただけない。
それにごはんが甘い物だけというのはちょっと嫌だ。
「ちゃんとデザートも作るから、メインは普通の料理で」
「わかったわよ……じゃあお肉ねっ!」
うん、まぁそんな気がしてたけどそうだよね。
「それじゃあ市場通りに行こうか」
「ええ、いいわよっ!」
偉そうに頷くホノカちゃんと市場通りに向かって歩き始めた。
プレイヤー達が露店を並べている通りから一本外れた『市場通り』はNPCの露店が多く建ち並ぶ区画になっている。
プレイヤーが主に装備品や戦闘用のアイテムを多く露店に並べているのに対して、こちらは食品や日用品が多い。
特に野菜や肉や魚は毎日新鮮で美味しい物が入荷してくる。昨日無かった食材とかが入ったりもするから、出来る事なら毎日でも通いたくなる場所だ。
昨日はアンクルさん達と『火口ダンジョン』に探索に行ってて来れなかったからその分色々補充しなきゃいけなかったのだ。
朝のこの時間は人も商品もいっぱいで活気に溢れていて、通りのあちらこちらで露店主とお客さんの値段交渉の声が響き渡る。
「へー……こっちの通りに来るのは初めてだわ」
物珍しそうに辺りをきょろきょろ見渡しながらホノカちゃんが呟いた。
「そうなの?」
こんなに楽しい場所なのに。
「食料品はクラン資金で買ってるんだし必要ないもの。それに私のログインは夜の方が多いし、夜は露店やってないでしょ?」
そういえばそうか。でも……それは間違いなく損をしている!
ここは僕が年長者としてしっかり市場の楽しみを教えてあげなければっ!!
「お! ユウちゃんじゃねーか」
僕が密かに決意していると、不意に野太い声に呼び止められる。
振り返るとでかいみかん箱を担いだおじさんが立っていた。
いつも野菜を買っている露店の店主さんだ。
「あ、こんにちわっ!」
「へぇ、今日は別嬪さん2人でご来店とはありがてーなぁっ!」
「散歩がてら夕食の買いだしです」
本当に嬉しそうに笑う店主さんに苦笑しながら目的を告げた。
が、内心は少し胸をなで下ろしていた。
僕の事を『別嬪さん』とか変な事を言うように、この店主さんは口が悪いというか軽いというか思った事をすぐ言う癖がある。
もしここで「デートかい?」とか言われた日には折角ホノカちゃんの機嫌が直っているのに又悪くなりかねない。
「買いだしかっ! ユウちゃんは偉いなぁっ! よーっし、おじさんに任せとけっ!! 何が要るんだっ?!」
「あ、えっと……じゃあ……ジャガイモと玉葱を一袋づつ、あとキャベツをお願いします」
「よっしゃー! 任せとけっ!! ついでにサービスだっ! このトマトとレタスももってけどろぼーっ!!」
本当にこのお店は気前が良くていつもサービスしてくれるのだ。僕がこの露店を一番贔屓にしてる理由でもある。
実際食べてみて美味しいのも理由だけど。
「ありがとうございますっ」
「良いって事よっ!!」
笑顔で頭を下げ、カードで支払いを済ますと店主も嬉しそうに応えてくれた。
この気っ風の良さも心地良い。
買った食材をすぐにアイテムウィンドウに仕舞って、次のお店へと向かった。
「お、ユウちゃん! 昨日は来なくて寂しかったよぉ! 今日は良いリンゴが入ってるんだっ!」
「ユウちゃんいらっしゃーい! 今日は新種の美味しい大根があんだよっ! 代金いらねーから持ってって味見しとくれっ!」
「へいらっしゃいっ! ってユウじゃねーかっ! 今日はカツオがあるぞっ! 切り身にしてやっから買ってけっ! 絶対ぇ損はしねーからっ! 鰺の一夜干しもつけるぞっ」
「ユウちゃんっユウちゃんっ、ウチの商品も買っとくれよぉ! 朝一で絞った牛乳だよぉ。サービスするからさぁ」
毎日来てたからすっかり顔なじみになってしまった市場通りの露店の店主さん達に数歩歩く度に呼び止められ、何だかんだと買ったりサービスして貰ったりしていた。
この辺りは贔屓のお店ばかりで殆ど前に進めない。位一軒づつ何かしらを購入する。
食材だけあって重かったりかさばったりする物が多いからアイテムウィンドウが無ければ荷物で溢れて動けなくなっていたかもしれない。
毎日の事だけど買い出しの時は本当に思う。ゲーム世界万歳だ。
「ユウ、すごいわね……」
「え? 何が?」
お土産に貰った牛乳の瓶をアイテムウィンドウに仕舞いながらホノカちゃんを見る。
何やら呆然と僕を見るホノカちゃんが居た。
そういえば買い物に夢中であんまりホノカちゃんの相手を出来なかった……失敗だったろうか。
「だ、だって買った物と同じ位の量何かしら貰ってなかった?」
「うん、みんないい人だよね」
「そ、それに値段だってどれも値札から物凄く値引きされてたように見えたんだけどっ」
「うん、すごく助かってるよ。でもこんな値下げしててお店大丈夫なのかなぁ……」
本当にこの辺りの露店の店主さんは皆いい人ばかりなのだ。
最初は申し訳なくて断ったりしてたのだけど、どうお願いしても譲ってくれなくて、
「その代わり又この店で買って欲しい」
と言われて通う内に本当に顔なじみになってしまったのだ。
本当に新鮮で美味しい物ばかりだし、値引きもサービスもその条件じゃなきゃダメって言われちゃったから僕に出来る事はそこまでしてくれるお店に通って出来るだけ商品を買う事だけだった。
……それに正直、食費については『銀の翼』のクランからお金を出してる手前安い分には本当に助かってたりもする。
皆本当によく食べるから単純に7人分で足りた事がないのだ。
安くて美味しい食材を取りそろえている市場通りの露店はもう無くてはならない存在になっていた。
「それで、もう買い出しは終わりなの?」
「次で最後かな? お肉屋さんだけ少し離れてるんだよね」
店主さんに言われるままに鰹を買っちゃったからコレをメインにしても良いんだけど、ホノカちゃんからお肉を所望されてるから買わない訳にはいかないのだ。
でも鰹もサラダに使おうかな。
「へー、何処でも良いって訳でもないのね」
そう呟くホノカちゃんの視線の先には串焼きの露店が見えた。
そういえば時間ももう少し早いとはいえお昼前だ。
「ホノカちゃん、お腹空いた?」
「っ!? べ、別にそんな事言ってないでしょっ!?」
顔を赤くして怒り出すホノカちゃん。
しまった、女の子にそういう事を聞く事自体がダメなんだっけ? まだ子供なのに乙女心は複雑だ。
「あ、いや、えーっと……そう! 僕がお腹空いちゃったから、丁度串焼き食べたいなぁ……と思って、それで、ホノカちゃんも食べるなら買って来ようかなって」
「そ、そう、そういう事なら……いいわっ! 食べてあげるっ!」
仕方ない、と言いながらも物凄く嬉しそうな顔をしているホノカちゃん。
何とか機嫌が直った事にホッとしながら焼き鳥の串を2本買った……つもりがサービスで5本渡されてしまった。
一本が結構な大きさでボリュームがあるから、さすがに多いとは思うんだけど……まぁアイテムウィンドウに入れておけばいつでも食べられるんだし良い……のかな?
「随分いっぱい買ってきたのねっ!」
喜色満面と言った顔で戻ってきた僕を出迎えてくれたホノカちゃん。
僕の手の中にある大量の焼き鳥に早速手を伸ばして口にくわえる。
「んーっ! おいしいっ!」
僕も適当に1本取って食べ始めた。うん、甘辛いタレがよく絡んでて美味しい。
折角の焼き鳥なので目当てのお肉屋さんまで食べながら歩いていく。
と、僕が二口目を食べようと思っていたら、ホノカちゃんはもう2本目と3本目に手を伸ばしていた。
結局お肉屋さんに到着するまでもなく、僕が1.5本、ホノカちゃんが3.5本を食べて焼き鳥は綺麗に無くなってしまった。
ホノカちゃんが3本食べて切ってしまって、僕が食べてる2本目を物欲しそうに見ていたのをあげてしまったけど、それが一番美味しかったらしい。
そんなに味ちがったかな?
でも1本に刺さっているお肉って150g位ある大串なのにホノカちゃんのあの小さな身体の何処に入って行ってるんだろう?
ゲームの中とはいえ満腹感は感じるし、そんな食べられる物じゃないと思うんだけどなぁ……でもホノカちゃんだけじゃなくて他の皆も結構大食いだし、そういう物なんだろうか?
「……何よユウ? 私の身体をジロジロ見て……もしかしてえっちな事考えてるんじゃ……っ!」
「か、考えてないよっ!?」
あの細い身体の何処にと思ってちょっと見過ぎたようで、ホノカちゃんにバレてしまった。
でもえっちな事を考えていた訳じゃないから多分セーフだと思う。
……食べ過ぎたお肉が何処に行ってるのか考えてた、って言ったらそれはそれで怒られそうだから絶対に言えないけど。
「まぁいいわ……でも、やっぱりお肉だけじゃ物足りないわねっ」
物足りなかったらしい。
僕はもうお腹いっぱいだけど……でもそういう事なら……と、プレッツェルの露店が目に入り閃いた。
「じゃあ、プレッツェルも買おっか」
「え? なんでプレッツェル?」
ホノカちゃんの返事を待たずに一袋のプレッツェルを購入して、袋の留め金を外して、袋の方をそれをそのままホノカちゃんに渡す。
「?? まぁ、いいわ。嫌いじゃないし」
そう言って渡されたプレッツェルを囓りはじめるホノカちゃん。
「ふっふっふ、僕の目的はこっちなのさっ」
そう言って手の中の留め金を弄る。
「???」
わからないままにプレッツェルを囓りながら僕を見続けるホノカちゃん。
待つ事しばし……って、やっぱり難しいなぁ……細かい作業は苦手だし……でも、なんとか……っと、出来たっ!
「じゃーんっ! はいっ、ホノカちゃんにプレゼントっ!」
そう言って僕はホノカちゃんに留め金を手渡した。
「プレゼントって……ただの……あれ? 指輪?」
ホノカちゃんの手の中には中央にハートマークをかたどった指輪が乗っていた。
そう、これこそ今王都で密かなブームになっているプレッツェルの留め金を使った『ハート型の指輪』なのだっ!
タニアちゃんに教わったのだ。その時に作った物はタニアちゃんにあげちゃったけど、今回も上手くできて良かった……。
「…………」
無言で指輪を凝視するホノカちゃん。
あ、あれ? 失敗した……かな?
オモチャの指輪はさすがにダメだっただろうか? タニアちゃんは喜んでくれたんだけどなぁ……。
「…………ま、まあいいわっ! せせせせ、折角りゃし貰ってあげりゅっ!」
何故か噛みまりながらもそう言ったホノカちゃんは、プレッツェルを食べるスピードが上がっていた。
食べるのが早すぎなのか真っ赤になってる気がする。
……うーん……女の子へのプレゼントって難しい。




