第117話 1対1と4対3。
『面白いな。人間がここまでヤれるか』
「くそうっ! さっさと潰れやがれっ!!」
爆炎の精霊はいつの間にか両手に一本ずつ持った炎の大剣を無造作に振るい、クロノさんはソレをギリギリで受けて弾く。
クロノさんはそのまま爆炎の精霊に斬りかかるが宙にいくつもの火球が発生しては撃ち込まれてクロノさんの追撃を阻む。
霊護印とあの黒いオーラのお陰か火球でダメージを受けているようには見えないが、それでも一瞬動きを止められてしまう。
そして又爆炎の精霊とクロノさんの大剣がぶつかり合って火柱を上げた。
「さっさと手前ぇを倒してユウちゃん達を助けに行くんだから、大人しくやられろよっ!」
『戯れ言を。お前は儂に潰されて死ぬ運命よ』
オーラを吹き上げるクロノさんのスピードは爆炎の精霊を僅かに凌駕しているように見えるし、大剣と普通に打ち合っているのだからパワーでも負けていない。大振りばかりの爆炎の精霊に比べて技術は言わずもがなだ。
でも有効打を中々与えられない。
爆炎の精霊がノータイムで生み出した火球を手足のように撃ち出し、さらに本体である爆炎の精霊が時々瞬間移動して死角へと回り込む。
その為に振り下ろされる大剣が適当な大振りでもクロノさんは防戦を強いられていた。
そしてそれがわかっていても、僕は動けない。
何故なら僕の目の前のアンクルさんは、もしかしたらクロノさん以上に苦戦をしていたから。
「ユウ様の元へは1体たりとも行かせません……よっ!」
「グルゥゥァァッ!!」
3体の火炎蜥蜴を相手に僕達の前に立って一歩も引かないアンクルさん。
その身体には小さな傷が多く走り、僕はその都度治癒を唱えていた。
原因は明らかだ。アンクルさんの動きがいつもより悪い。
そしてそれは間違いなく僕達のせいだ。
いつものアンクルさんなら敵が例え火炎蜥蜴10体でもきっと無傷で戦える。
でも今は僕達が後ろに居て、僕達に火炎蜥蜴が流れないように戦ってる。
例えるならアウトボクサーが足を動かさずに戦ってるようなものだ。
しかも相手は3体。
「うらぁっ、死ねぇっ!! 必殺っ! 彗星弾っ!!」
蒼く輝く光の矢が火炎蜥蜴に向かって伸びるが、それを火炎蜥蜴が口から吐き出す火球で迎撃し、回避する。
「ちいっ、畜生の分際でぇっ!」
更に幾本もの矢を撃ち込むテルさん。
そうしてテルさんが矢で援護してくれてるけど、1体でも後ろに通す訳にはいかないからどうしても無理がでる。
それにアンクルさん自身は基本的に足りないパワーを反撃で補うタイプだから装甲が硬く通常攻撃でダメージを与えにくい火炎蜥蜴に反撃を与えたいんだろうけど、その後の硬直を他の2体が見逃す訳もない。
結果どんどんジリ貧になっていく。
せめて『防護印』をかける事ができれば技後硬直もどうにかなるのに……でもアンクルさんの『霊護印』を解く訳にはいかない。
ただでさえギリギリの戦いをしているのに暑さで少しでも集中力が切れたら、動きが鈍ったら……更にそのタイミングで火球を撃ち込まれたら。
役立たずな自分に歯噛みする。
いや、歯噛みして諦めてちゃダメだ!
ちらりと横を見るとまだグラスさんのアーツ完成には時間がかかるっぽい。
ならその間に僕ができる事って何があるのか?
そしてふとアンクルさんを見ていて、僕は思い出した。
ソレを僕ができるなら、アンクルさんを助けられる。
問題は……僕にできるだろうか? いや、できる筈。できなきゃダメだっ。
怖がってちゃダメだ。身体が動かなくなる。呼吸を整えて、相手の集中する。
いける。僕はできる。
僕はキッと目を見開いて、自分にかかった霊護印を解除した。
物凄い熱風が全身を襲い、立っているだけでも汗が溢れ出るのがわかる。
入り口で感じた暑さより更に一段階きつい。呼吸も苦しい位だ。
でも大丈夫、ちゃんと動ける。
問題ない事を確認して、僕はアンクルさんの元へ飛び出した。
2体の火炎蜥蜴が同時にアンクルさんに喰らい付こうとした瞬間、僕はアンクルさんの死角側に回り込んで手を翳す。
「高位防護印っ!!」
「ゆ、ユウ様っ!?」
僕の防護印に弾かれて吹き飛ばされる火炎蜥蜴。
僕の突然の行動に暫し呆然とするアンクルさんとテルさん。
火炎蜥蜴も暫し動きを止めて僕に警戒した視線を送っている。
「アンクルさんの隙は僕が守るからっ! アンクルさんは全力で戦ってっ!!」
そう叫んで再び自分に高位防護印をかけた。
そう、アンクルさんに『防護印』をかけられないのなら、僕にかければいい。そして僕が盾になればいい。
『PVPトーナメント』でリリンさんがしていたように、アンクルさんの隙を僕が埋める事ができれば、アンクルさんは全力で戦える。
僕1人なら勿論火炎蜥蜴の攻撃にジリ貧で負けるしかないけど、アンクルさんと一緒なら戦える。
アンクルさんを僕が守るように、アンクルさんは絶対に僕を守ってくれる。
「ユウ様、ありがとうございますっ! このアンクル、全力を持って敵を打ち倒し、ユウ様をお守り致しますっ!」
僕の意図を理解したアンクルさんが今までに増して速度を上げる。
「へっ、やるじゃねーか。ユウが躱し切れねぇ分は俺がサポートしてやんよっ!!」
テルさんニヤリと笑って、火炎蜥蜴の動きを止めるべく矢を撃ち込み始めた。
効果は劇的だった。アンクルさんのスピードがいつもの……いや、それ以上にキレている。
テルさんが矢で動きを阻害し、誘導した先でアンクルさんの連撃が火炎蜥蜴を襲う。
そしてアンクルさんの僅かな隙を僕が埋めて突撃してくる火炎蜥蜴を高位防護印で吹き飛ばす。
伊達にアンクルさんに動きを教えて貰った訳じゃない。阿吽の呼吸でお互いの位置を把握できている。
勿論僕の動く速度はアンクルさんには及ばないけど、それでもアンクルさんの隙を埋めて防御に専念する位はできる。
その教えはちゃんと覚えているし、身体に染み込んでいた。
「必殺っ! 音速突っ!!」
突撃してきた一体の火炎蜥蜴に対してアンクルさんのフランベルジュがその目を貫いた。
「グルァァァッッ!?」
悲鳴の様な叫び声を上げて後ずさる火炎蜥蜴達。
「へえ……畜生も『恐怖』すんだなぁ。お陰で動きが止まりやがったっ! 喰らえっ! 彗星弾っ!」
テルさんの叫びと共に怯んだ火炎蜥蜴一体の胴を光の矢が貫く。
「準備できましたが……要らなかったかもしれないですね。ユウちゃん、一応ご自分に霊護印を」
更に追い打ちのように矢を射続けるテルさんに嘆息しながら、グラスさんが前に進みつつ僕に声をかけた。
慌てて下がって自分に霊護印をかける。
「クロノ君っ!」
「わーってるよっ! 喰らえっ! 超強撃っっ!!」
『ぐおっ!?』
爆炎の精霊に向かって今までで一番強烈な一撃を叩き込み、その反作用を殺さずに僕達の方に飛び込んでくる。
「では火の精霊達は退場してください。……大爆氷球っ!!」
笑顔で待機状態だったアーツを発動させたグラスさんの手から巨大な氷球が撃ち込まれ、爆発し、眼前に巨大な雪嵐が吹き荒れる。
荒ぶる嵐の中を無数の氷柱が飛び回り、爆炎の精霊や火炎蜥蜴を切り裂き、凍り付け、砕いているのが僅かに見える。
「すごい……」
「皆さんが時間を稼いでくれたお陰ですよ」
そう言って少し照れたように微笑むグラスさん。
その笑顔と目の前の暴力的な光景が同じ人の行動だと思うと、なんだか不思議な感じだ。
「しっかしいつもより凄くねーかコレ?」
「ユウさんに高位魔力活性をいただいてますからね。当然でしょう」
あ、そっか。確かにかけてたけど……でも僕じゃなくてやっぱりグラスさんがすごいんだと思うけどなぁ……僕は攻撃魔法も使えないし。
そう思っていると徐々に嵐が収まっていく。一番外側に居た火炎蜥蜴達はボロボロの氷像となって光になりかけている。
あとは中心に居る爆炎の精霊さえ倒していれば……。
「っユウ様っ!?」
まだ嵐が残る中央に目を向けていると、不意にアンクルさんの悲鳴が聞こえた。
同時に何かが僕に影を落とす。
「?」
その影の正体を確かめるべく振り返ると、そこには満身創痍で瞳に怒りをたぎらせ……大剣を振り下ろす爆炎の精霊の姿があった。
『ポチ達の敵にせめてお前だけでもっ!!』
叫ぶ爆炎の精霊。
そして既に振り下ろされている炎の大剣が僕に迫る。
防護印は間に合わない、回避も……無理だっスピードが違いすぎるっ!
どうしようっ!? どうしたらっ!?
頭が真っ白になって僕は強く目を瞑った。
物凄い轟音が響き渡った。
……けど、痛みが一向にやってこない。あの大剣で切り裂かれたら痛いどころじゃないと思うんだけど……もしかして攻撃を受けても痛くなくなったのかな? でも衝撃もないなんておかしいような……。
そう思って目を開けると、炎の大剣で袈裟斬りに切り裂かれ、身体の奥深くまで大剣を突き刺された状態のクロノさんの後ろ姿が見えた。
クロノさんの身体全体が淡く輝き、光の粒子が見える。
「え……? あ……あぁ……」
僕はその光景に言葉を発する事ができなかった。
「つ、つかまえたぜ……とどめっ……よろしくっ!」
血を吐きながら自分の身体に突き刺さる大剣を掴んで呟くクロノさん。
「必殺っ! 彗星弾っ!」
「氷槍っ!!」
「超強撃っ!!!」
その次の瞬間、テルさんの無数の矢が爆炎の精霊を貫き、グラスさんの氷の槍が切り裂き、アンクルさんのフランベルジュが首を切り落とした。
絶叫を上げて光となって消えていく爆炎の精霊。
だがそんなのどうでもいい。
掴んでいた炎の大剣を手放し、光になりながら力を失って後ろに倒れてくるクロノさんを僕は抱き留めた。
「はっ、高位治癒っ!! 、高位治癒っ!!!」
とりあえず怪我を治す為に僕は全力で治癒を唱える。
なのにアーツは発動してるのにクロノさんの胸の傷が治らない。治らないどころかどんどんクロノさんが光になっていく。
「なんでっなんでっ……高位治癒っ!! はいひぃっ……」
そうして、クロノさんが困ったような笑ったような顔をしながら、僕の腕の中で消えてしまった。
僕のせいで、クロノさんが死んでしまった。
僕は……もう既に涙でぐしゃぐしゃの顔なのに、涙を止める事ができなかった。




