第115話 騎騎弓聖魔。
昼食を終えた僕達はお弁当箱とレジャーシートを片付けて早速『火口ダンジョン』へと突入した。
人が数人並んで歩ける程洞窟は広く、前もってとても暑い場所だと言われていたけど暗い洞窟内はひんやりしていて、むしろ少し寒い位かもしれない。
とりあえず『聖光』を使って辺りを照らすと赤黒い剥き出しの岩肌が奥へと続いている。
「んじゃぁ行くかっ」
テルさんの言葉に皆頷いて洞窟の奥へと歩き始める。
隊列は野営系や斥候系のスキルも持っているというテルさんを先頭に、クロノさん、アンクルさんが続き、その後ろに僕、グラスさんの順番となった。
警戒しながらも殆どまっすぐで下っている洞窟を歩いていくと、僕は違和感を感じた。
何故かモンスターに一体もエンカウントしない。
ダンジョンってもっとモンスターがいっぱい居る場所の筈なのにおかしい。
少なくとも過去に行ったダンジョンはもっとひっきりなしにモンスターが出てきて大変だった。……『オークの巣穴』は大変なのは白薔薇騎士団の皆さんで僕は何も出来なかったけど……。
ここはモンスターが殆どでない場所なのかな?
首を傾げながらも、モンスターが出ないからどうしても緊張が持続せず気持ちが緩んでしまう。
と、思っていると前の方が明るくなってきているのが見えた。
光……ってもしかして山を突っ切っちゃって出口に出ちゃった?
何処かで道を間違えたのか別の出入り口に進んだのだろうか? でも一本道だったと思うし全員が見落としたなんて無いと思うけど……。
「って、ひゃっ!? ひぃ!!」
明るくなっていく前方から不意に熱風が吹き込んできた。
何!? モンスターの襲撃っ!? 待ち伏せっ?!
突然の事にあたふたしながらも、僕達はそのまま光の先に足を踏み入れる。
そこは真っ赤な空間だった。
巨大な洞穴の切り立った崖のような場所。スロープのように洞穴の側面に通路が続いている。
そして崖の下にはマグマがぼこぼこと激しく燃えさかっていた。
光源も熱風の正体も勿論このマグマだろう。物凄い熱風が今も僕達を襲っている。
というかコレ『暑い』じゃなくて『熱い』だよっ!?
周りを見るとクロノさんはフルフェイスの兜を外し、グラスさんもテルさんもだらだら汗をかいている。アンクルさんも表情は穏やかだがやはり汗が滲んでいる。
確かにこの暑さはきつい……いくら夏とはいえ現代人にこんな地獄のような状態耐えられない。
僕も正直溢れる汗が気持ち悪い。ローブ自体は通気性悪い訳じゃないけど長袖だし全部脱いでしまいたい位だ。
僕でこんななんだしアンクルさんやクロノさんは地獄だろう。
と、ふと思い立って僕は自分のステータスを見て、アーツを唱えてみた。
「広域……高位……霊護印っ!」
神聖魔法アーツが完成し、僕達全員の周りに見えない半透明の膜が発生した。
そしてソレは予定通りの効果を発揮してくれた。
「おや?」
グラスさんがそれに気付いて僕を見る。
「はい、えっと……『火球』とかも防げるんだから『霊護印』で暑さが防げないかと思って」
上手くいくか分からなかったけど上手くいって良かった。
はにかみながらも皆に『霊護印』を使った事を説明した。
「確かに……物凄く楽になった」
「マジだな。こりゃすげー」
クロノさんとテルさんが驚きの声をあげる。
「さすがユウ様。情報では聞いていたものの、ユウ様が居なければ私やクロノ殿は動けなかったやもしれません」
「いや、そこまでの事じゃないと思うけど……」
でも快適に冒険できるなら何よりだし、少しは役に立てたのかな?
なら嬉しいな。
「確かにコレなら暑さは問題になんねーな! ガンガン探索しようぜぇ!」
一気にテンションが上がったテルさんが嬉しそうに歩き出した。
どうやらここからが本格的な『火口ダンジョン』みたいだ。
僕は気を引き締め直し、皆に続いて歩き出した。
最初の洞窟を抜けて火口横のスロープを歩き始めると、さすがにすぐにモンスター達が現れた。
と言っても人数人が横並び出来るとはいえ一本道のスロープで待ちかまえていた訳じゃない。
突然頭上からけたたましい鳥の鳴き声が聞こえてきたのだ。
見上げると何羽……何十羽? の全長数メートル位ありそうな真っ赤な鳥達が僕達を見つけて今にも襲いかかろうとしていた。
・レベル30火喰い鳥24体とエンカウントした。
『火喰い鳥』と言うらしい。
確かに口から何か火が漏れてるように見える。
「突撃と『火炎息吹』に注意してください」
そう言いつつ魔法アーツの詠唱に入るグラスさん。
慌てて僕も全員に広域高位祝福と広域高位速度増加、あとグラスさんに高位魔力活性をかける。
その間にも火喰い鳥が何匹も上空から突撃してきて、ソレをクロノさんとアンクルさんが迎撃する。
「うおっ!? 身体が軽くなったっ! ユウちゃんの神聖呪文すごいなっ!?」
「ユウ様の愛を受けた我が剣は無敵っ!」
褒められるのは嬉しいけど別に愛は込められてない。
むしろ男からの愛の籠もった支援とか正直僕は御免被りたい。
と、不意に突撃が止み、何匹かの火喰い鳥が大きな口を開けて炎の固まりを噴き出した。
これが『火炎息吹』っ!?
後ろは壁、前は崖、上から視界いっぱいに広がる炎が押し寄せてくるのは正直自然と身体が震える。
が、さっきかけた霊護印が炎の勢いを弱めて我慢出来る熱風程度が僕の頬を撫でた。
「へぇ……これなら安心だなっ!」
そう叫んだテルさんは取り出した弓で火喰い鳥を狙撃し始めた。
本人が億発億中と言うだけあって一発も外す事なく火喰い鳥に矢が突き刺さっていく。
更にグラスさんの生み出した氷の槍が、テルさんの矢を受けて弱った火喰い鳥に突き刺さり撃ち落として行く。
苦し紛れに突撃をしてくる火喰い鳥に対しては前に出たクロノさんとアンクルさんが待ってましたとばかりに切り捨てる。
「カモ撃ちだなこりゃっ!」
高笑いを上げながら楽しそうに火喰い鳥を撃ち落とすテルさん。やっぱり弓が好きなんだろうか?
見ててちょっと怖いけど……モンスターと戦ってるんだし黙っていよう。
そうして暫くして全てのカモ……じゃなくて火喰い鳥を撃ち落として戦闘は終了した。
ドロップアイテムの中に小さな『炎魔石』……『火魔石』位のサイズ?……があったけど、これじゃ業務用オーブンには足りないし僕の目標は達成されなかった。残念。
「しっかし、ユウちゃんは本当にすごいな」
戦闘が終わり一息ついた所でクロノさんが僕達を見てそう言った。
「? 何がですか?」
むしろヒットアンドウェイで突撃してくる火喰い鳥を迎撃するクロノさんやアンクルさんが凄かった。
正確に火喰い鳥を撃ち落とすテルさんとかもすごかったし……ちょっと怖かったけど……正直僕は戦闘中は見てただけで何もしてなかった。
「いや私とクロノ君が2人で来た時はクロノ君の剣は火喰い鳥に届かないですし遠くからの『火炎息吹』を避けるのも大変で本当に苦労したんですよ」
「此処は走り回るにゃ狭いし、足を滑らしたら溶岩の海だし、暑いしウザいしホントきつかったのに。今日はユウちゃんのお陰で『火炎息吹』も避ける必要なくて祝福と加速のお陰でいつもより楽に動けるしホント助かったぜ」
そう言って嬉しそうに笑うクロノさん。
その表情や声音にお世辞のような雰囲気は少しもない。
「実際『司祭』の加入がパーティを此程強化するとは驚きでした」
アンクルさんもそう言って僕に頭を下げる。
正直皆が言う程僕が役に立ったような気はしないし、僕が居なくても皆なら簡単に切り抜けてそうな気がするけど、それでも褒められたら嬉しい。
それに少しでも楽ができたのならそれはそれで良いことだと思うし。
やっぱり『司祭』を選んで良かったかもしれないっ!
「おいおい! 待てよっ! 今の戦闘で一番すごかったのは俺だろっ!? 俺の矢だろーがっ!!」
慌てて割って入って叫ぶテルさん。
「あー、すごかったな」
「攻撃手段が私の魔法アーツだけだと面倒だったので助かりました」
「確かに見事な腕だった」
「はいっ! 本当にテルさんの弓すごかったですっ! 億発億中でしたっ!」
口々にそう言う僕達の言葉を聞いて、テルさんは満足げに頷いた。
「わかりゃいいんだよ。わかりゃ」
その後も何度も何度も火喰い鳥の襲撃を受けたが、こちらの被害が全く無い状態で撃ち落としていく狩りが続き、僕達はスロープの一番下までたどり着いた。
かなり近い位置に溶岩が煮えたっていて、霊護印が無かったらと思うとちょっと恐ろしくなる。
「さて、この先が私達の目的地です」
スロープの終着点は入ってきた時と同じように壁に洞穴が開いていて奥への道が少し続いていて、その先に扉が見える。
「あの扉の先にボスモンスターが居るんだ。外れなら『火炎蜥蜴』。当たりなら『爆炎の精霊』、どちらにしろ目当ての『炎魔石』を入手出来る可能性がある。……俺らの目的のレアドロップは『爆炎巨人』の方しか出ないけどな」
扉に進みながらクロノさんが説明してくれた。
外れの方が弱いんだろうし、出来れば『火炎蜥蜴』の方が楽して『炎魔石』をゲットできるかも知れないけど……どうせならクロノさん達の目的も達成できるように『爆炎の精霊』の方が良いのだろうか?
「ついにボス戦かっ! 腕がなるぜっ! ……っと、そうだ、ユウ、約束通りメシよこせ。ボス戦前にAPを回復しときたいからよ」
そう言って手を出すテルさん。
慌ててアイテムウィンドウから残っていたサンドイッチやホットドッグ、おにぎりを取り出し、皆に配った。
「あんがとよっ!」
早速かぶりつくテルさん。他の皆もそれぞれに料理を食べてくれる。
こうして見ているとわかるけど、やっぱりサンドイッチやおにぎりだと戦闘前ならまだしも、戦闘中に食べるのは大変そうかもしれない。
実際に納品するアイテムはパンで確定かな?
そう思っているとグラスさんが僕を見つめている事に気付いた。
小首を傾げてグラスさんの方を見る。
「ああ、いや、ユウさんは食べないのかと思って」
「? 僕はAP回復してるから大丈夫です」
それにさっきのお昼ご飯をちょっと食べ過ぎちゃったからまだお腹全然減ってないし、これ以上食べたらむしろ動けなくなっちゃう。
「ユウ、お前ぇ結構魔法アーツ使ってなかったか? 常時『霊護印』も全員分使ってたしよ」
僕の答えにテルさんも首を傾げながら僕を見る。
「えっと……でも『広域』のお陰で消費APも減ったし、次の戦闘までには大体回復してるよ?」
「……そりゃ異常だろ?」
テルさんにそう言われて他の皆を見る。と、皆も不思議そうな顔をしていた。
「そうですね……APの回復速度はかなり遅いですからね。だからこそユウさんの『料理』を皆欲しがった訳ですし……きっとユウさんの固有スキルが関係して自身のAP回復速度も引き上げているんでしょう」
と、グラスさんが結論付けた。
他の人のAP回復速度とか分からないから知らなかったけど僕って結構チートだったんだろうか?
……まぁAPがどれだけ早く回復したところで『治癒』や『防護印』を連打してればAP切れるし、攻撃アーツなんて持ってないんだからあんまり意味がない気がするけど……。
「まぁ悪い事じゃねーんだし、その話はそれで良いんじゃね? むしろ全員APが回復した所で、アッチの方をがんばろうぜっ」
そう言って扉を指さすクロノさんに、皆の気が引き締まった。
例え外れでもボスモンスター。強敵には違いない。
「そうですな。では参りましょう」
アンクルさんの声に頷いたクロノさんが扉をゆっくりと押し開く。
そこはドーム状の開けた場所で奥の祭壇のような場所に燃えさかる炎が立っていた。
僕達が足を踏み入れると同時にその炎が大きく立ち上り、何かを形作っていく。
「えっと……あれは……?」
形が予想と少しちがって戸惑いの声を上げる僕。
「まぁ……なんだ……大当たり……って所かな?」
大剣を構えて視線を外さないまま、クロノさんが答える。
巨大な炎の塊から現れたのは炎の巨人と、3体の巨大な炎のトカゲだった。




