第11話 冒険者達の宴。
筋力と知力が上がる祝福と速力が上がる加速を使った事でゼリースライムと何とか戦えるようになった。
戦闘中に魔法の効果が切れて危なくなった事も何度かあったけど、それでも日が傾き空が赤く染まる頃には合計12体を倒す事が出来た。
ふっふっふ、憐れゼリースライム、僕という勇者に会わなければここで命を散らす事もなかっただろうに。
途中うっかり同時に2体とか叩いてしまって、袋叩きに遭いそうな時だけ、即座にマヤが助けてくれた。
1対1でも危ない時はそれくらい素早く助けてくれればいいのに……。
ちなみに素材は1個も出なかった。10%位の確率では出るとマヤは言ってたのに……。
僕としてはもっと戦いたかったけど、あまり長時間戦闘を続けるというのは心身に良くない、とマヤが言うから今日はここまでとなった。
数時間毎に適度な休憩をするのはゲーマーのマナーだし仕方ない。
冒険者ギルドの両開きの扉を勢いよく開くと他のプレイヤーも帰ってくる時間帯なのか最初に来た時より室内は混雑している。
カウンターの行列もその分長めだったけど、大人しくソニアさんの列に並んでいるとすぐに僕たちの番となった。昼間も思ったけど他のプレイヤーの人はクエスト処理が早い気がする。
僕が変に遅いんだろうか?
ともかく、カウンターの前に着いた僕たちをソニアさんが笑顔で出迎えてくれた。
「おかえりなさい、ユウさん、マヤさん。無事……という程でもないかも知れませんが、大きな怪我もなさそうで良かったです。」
ゼリースライムに何度か押し倒されて土埃に塗れた僕を見て少し眉をしかめながらも、僕たちの無事を喜んでくれているのがわかる。ソニアさんってやっぱり優しい人だ。優しい大人のお姉さんって良いなぁ……。
そしてカウンターに居る時は「さん」付けで、普段は「ちゃん」付けなんだという事が確定した。
僕としては普段も「さん」の方が良いんだけどなぁ……。
と、別にあまり気にしないとはいえ、無駄に時間をかけるのは他の人に悪いな、うん。
「はいっ、ソニアさん! 無事クエスト達成してきたから確認お願いしますっ!」
喜色満面の僕にソニアさんも嬉しそうに微笑み、
「はい、では『ユウ』さんのクエスト『ゼリースライムの討伐』を確認します。討伐数……12体? ……ん、はい、12体。確認完了、それでは報酬の経験値12点と12Eをお渡しします」
ソニアさんは一瞬変な表情をしたけど、すぐ又笑顔に戻り、報酬支払いの処理をしてくれた。
その内容が僕の視界のメッセージ欄にも表示される。
「ありがとう!」
残念ながらクエスト報酬を得てもまだレベルアップはしなかったけど、それでも僕の初報酬。所持金の欄に燦然と輝く12Eの文字!! 何を買おうかな、何が良いかな、ふっふっふ……。
勿論僕だって12Eで武器や防具が買えるなんて思っていない。それでもゲームの中とはいえ初めて自分で稼いだお金だ。正直嬉しい。
昼間食べた肉串が10Eだった。他の食べ物もそれ位の物が多かった。
12Eだってやりくりすれば色々買えるはず。初報酬なんだから大事にしっかり使いたい!!
「ん? ユウとマヤじゃねぇか。お前等も今帰りか?」
初報酬の使い道に夢を広げていると不意に横から名前を呼ばれて慌ててそっちに目をやる。
隣の受付には赤いウルフヘアーにヘソだしタンクトップから溢れんばかりに盛り上がった2つの大きな山、そしてカットジーンズから伸びる健康的な脚線美があった。
その姿を確認してマヤが挨拶をしながら頭を下げる。見とれていた僕も慌ててそれに続く。
「あ、えと、コテツさん、こんばんわ。コテツさんもクエスト報告に?」
「おう! お前等と別れてからちょっとソロ狩りに行って、今その帰りって所」
ニカっと笑顔で応えてくれた。ソニアさんとは違う笑顔だけどそれが又似合っている。
そんな風に話していると、コテツさんを担当していた受付嬢が処理を追えたのか口を開いた。
「お待たせしました、コテツさん。クエスト『森狼の討伐』の確認終了しました。討伐数52、報酬の経験値1040点と2万6千Eです、ご確認ください。」
「あいよっ! ありがとっ」
報酬を受け取ったコテツさんはそのまま僕達の方へ合流して来た。
それにしても森狼52匹討伐って……報酬にまんろくせんあーすって……。
やはりコテツさんは凄腕だったようだ。あの森狼を52体もどうやって倒すのか想像もできない……。いや、僕だってレベルがあがればきっと、いつか、たぶん、なんとか……うぅん……。
格差社会に軽い絶望を覚えつつ、いやでも此処から頑張れば僕も、と一筋の希望に縋ろうとしていると、
「そういえばこれから私達はユウとの合流と初クエストの記念に打ち上げパーティーをするんですけど、コテツさんも……あ、ソニアさんも、一緒に如何ですか? 人が多い方が楽しいですし」
マヤが思いついたようにコテツに話しかけた。
ちょっと待て、そもそも僕もそんな話は聞いていないぞ。その内容ならまず僕に相談するべきじゃないか?
確かに突然ゲーム世界で目覚めて、ログアウト出来なくて、知り合いは全部この場に居て、この後も特に用事はないけれども!!
それでもホウレンソウは大事じゃないかな!? 大体マヤはいつも僕の事を僕に相談せずに決める事が多すぎるっ!!
でもパーティー自体は素晴らしい発案だと思う。特にコテツさんやソニアさんみたいな大人の女性達と親睦を深められるならそんな素晴らしい事はない。
ここで僕がマヤに不満を言ったらパーティー自体が流れかねない。ここは我慢か? 我慢なのか? ぐぬぬ……。
1人悩みつつ推移を見守っていると、コテツさんは二つ返事でOKし、ソニアさんも「仕事がもうすぐ終わるので、その後でしたら」と了承してくれた。
よくやったマヤ! さすが僕の幼馴染みだ!!
「ユウとの再会に!」
「あたし等の出会いにっ!!」
「ユウちゃんの初クエスト達成に!」
「僕達の未来にっ!」
「「「「乾杯っっ!!」」」」
2つのジョッキと2つのグラスがぶつかり合い、宴が始まった。
テーブルには三人が選んだ料理が所狭しと並び、それ等に舌鼓を打ちながらリンゴジュースを傾ける。セカンドアースの世界での飲酒は別に違法ではないけど、何となく僕もマヤもジュースにしていた。
コテツさんはもう3杯目のエール酒を注文している。
ちなみにソニアさんは仕事が終わって私服に着替えてから改めて合流したのだけど、七分丈のパンツルックだった。そして何よりそこからフワフワの尻尾が伸びていた。
見た瞬間やっぱり尻尾あったんだなぁと見惚れていると、
「どこかおかしいですか?」
とソニアさんが気にしていたので全力で否定した。
今も斜め向かいの席でジョッキを傾けるソニアさんの後ろには尻尾がゆらゆら揺れている。
いつか触らせて貰えたら良いなぁ……でも女性にお願いするのは何かちょっとイケナイ事をしてるようで難しそうだ。
女性の中に男一人で大丈夫かなと最初は少し心配していたけど、杞憂だったみたいで、予想以上に楽しいパーティだった。
好きなだけ食べ、好きなだけ飲み、笑い合う。その中で色んな話を聞いた。
マヤとコテツさんの出会いの話、コテツさんがソロで倒したボスモンスターの話、ソニアさんが冒険者ギルドに就職したいきさつ、ソニアさんが妹さんと2人暮らしだという事、露店でオススメなご飯、初心者向きの狩り場やモンスターについて、えとせとらえとせとら。
門限厳しいからあんまりこういう打ち上げって参加した事なかったけど楽しいなぁ!
こんな楽しい時間ならずっと続けばいいのにっ!!
しかし僕の希望空しく楽しい時間はすぐに終わりを告げた。
「あっはっは、どうしたユウ、飲んでないのか? ユウは可愛いなぁ!!」
コテツさんがジョッキを傾けながら僕を抱き寄せ、ちょっと乱暴に頭を撫でる。
彼女は絡み上戸だったらしい。ゲーム内のお酒でも酔えるもんなんだ。飲まなくて良かったのかな?
「ユウは抱き心地も良いけど匂いも良いな! 持ち帰りたい位だ!」
そう言いながら僕の頭に顔を埋め、僕は一層強くコテツさんに抱きしめられる。
というかこの体勢がマズい。非情にマズい。僕の顔が完全にコテツさんのふたつの膨らみに埋まってしまっている。気持ちいいけど高校生男子としてこの体勢は天国と地獄だ。
「ちょ、コテツさん、少し緩めてっ」
「だーめ」
嬉しそうにケタケタ笑いながら足まで絡められてしまった。
というか本当にこれ以上いけない。落ち着け僕、コテツさんは酔ってるだけで、そういう事じゃないんだ。ここで変な事になったらもう僕生きていけないっ。鎮まれ健全な高校生の僕!!
明日からコテツさんは勿論マヤにもソニアさんにも恥ずかしくて逢えなくなるっ!!
あと時々抱きしめられる度にミシミシ言ってHPが減ってるのも生きていけなそうで怖い。
助けて貰おうとマヤを見ると楽しそうに僕を眺めながらコップを傾けている。
うん、お前はそういう奴だよね。僕が苦しんでる所を見るのが大好きなんだよね。
最後の希望、僕の中でのセカンドアースの良心、ソニアさんを見ると何故か不機嫌そうな羨ましそうな目で僕を見ている、なんで!?
むしろ僕ピンチですよ!? 確かにコテツさんは美人だしスタイル良いし、密着してくる胸も太股もアレもコレも筋肉質だとは思えない位柔らかいですし、高校生男子としてはたまらない状態ですが、2つの意味でピンチなんですよ!?
なんでソニアさんの尻尾と耳がビリビリ立ってるんですか!?
よくわからないけどソニアさんの助けすら望めない状況な事を把握して、僕を窒息させようとする2つの膨らみから何とか顔を上げ、コテツさんを見つめて懇願した。
「な、なんでもしますから、そろそろ許して…っ!!」
おかしいな、これは高校生男子が言う台詞じゃない気がする。
でもそのお陰かその願いは届けられたのか、抱きしめられる力が緩み、同時にコテツさんの表情も少し緩んだ。
「じゃあ……その代わりにユウ、何か面白い事しろっ! なっ!」
「宴会芸!? そんな経験ないよ!? 無茶ぶりだよっ!?」
「ダメならあたしも離さないよ~?」
また締め付けが厳しく……いやこれ以上は本当にいけない。
「確かユウって歌唱スキル持ってたじゃない。酒場なんだし歌ってみれば?」
「へぇ、そんな珍しいスキル持ってたのか。ほれ歌え、やれ歌え!!」
ずっと面白そうに眺めていたマヤが助け船を出してくれた。お陰でコテツさんから解放されたけど、そのまま立たされてしまった。歌わされる事が決定したようだ。
それにしても歌唱スキルって珍しいんだ。まぁ確かにどうみても戦闘にもソレ以外にも役に立たなそうなスキルだしなぁ……10個しかないスキルスロットにわざわざ選ぶ人は居ないか。
僕だって自分で選んでたら絶対選ばないし。
でも困ったな。カラオケとかも殆ど行った事ないし流行りの歌なんてのも知らない。
しかもスキルがあるという事でコテツさんやソニアさんのハードルが滅茶苦茶上がってる気がする。
マヤは又ニヤニヤと僕を眺めてる。助けられたはずなのにマヤに追い込まれたような錯覚を覚えた。
仕方ない……僕は少し咳払いをしてから、知っている歌、僕の好きな歌、今の気持ちを歌った。
ルイ・アームストロング『この素晴らしき世界』――
久しぶりに歌って自分でも気持ちよかったけど、歌い終わる頃に妙な事に気付いていた。
最初の頃聞こえていたはずの酒場内の人々の声や色んな音が殆ど聞こえなくなっていたのだ。
僕の耳がおかしくなったのかな? とも思ったけどそうでも無さそうだ。
そこでふと我に返る。勝手に歌って周りの迷惑とか考えてなかった!!
当たり前だ、突然店内で一人立ち上がって歌い出すとかちょっとおかしい。しかも無伴奏で男が独唱とか悪目立ちにも程がある。
よく見ればコテツさんもソニアさんも惚けたような顔をして僕を見ていた。
下手な歌を大声で得意満面最後まで歌ってしまったんだからそりゃ呆れるか……。
歌い終わったら突然恥ずかしくなって慌てて座り、残っていたリンゴジュースを一気に飲み干す。
すると、それを合図に時計が動き出したように酒場内が割れんばかりの拍手とアンコールの声に包まれた。
「へ?」
よく解らないままに辺りを見回す僕。やってきた周りのテーブルの人に何やら話しかけられ、引っ張られ、ステージっぽい所に上げられ、何処にいたのか楽器を持った人が『この素晴らしき世界』の伴奏を始める。
逃げられそうになかった。
結果何回も歌わさせられたけど、何故か僕の所持金は2万5千E程増えていた。
しかも僕達の食事代も無料になっていた。
歌唱スキルってすごいスキルだったんだなぁ……初級なのに。
どうでもいい注釈。
勿論ユウの歌が凄かったのは通常スキル『歌唱(初級)』ではなく固有スキル『妖精女王の囁き』の効果です。
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マヤの描写ちょいたし。




