第114話 僕達の初戦。
身長3メートルはあろうかという赤黒い巨体の額から伸びる一本の角。全身を鎧のような岩石が覆い、手にも岩のような巨大な棍棒を持っている。
『オークキング』はお相撲さんみたいな巨体だったけど、『岩石鬼人』は筋骨隆々とした巨人だった。
重戦士のタンクとかならああいう姿がカッコイイなぁ……と少し憧れる体型だ。……流石にちょっと身長が高すぎるけど。
まぁ低いよりは良いんだけど……。
それが21体。
ぱっと見岩の壁が迫ってきているようにも見える。
33レベルの『オークキング』一体でも大変だったのに、2つも上の35レベル。それが21体……何か作戦を立てないと流石にまずいと思う。
せめてもの救いは開けた場所でエンカウントしたからまだ少し距離がある事だろうか。
……逆に隠れたり出来るような場所も無いんだけど……。
一応頭の良さそうなグラスさんをちらりと見る。
と、僕の視線に気付いたのか笑顔で手を振るグラスさん。
……いや、そういう事じゃないんだけど……。
取りあえず基本神聖魔法をかけた方がいいかな?
「あの……」
そう思って口を開いた瞬間、最初に動いたのはテルさんだった。
アイテムウィンドウから弓を取り出し、そのまま物凄い勢いで矢を射っていく。
無数の風切り音が走り、その全てが岩石鬼人の目に突き刺さった。
……目?
顔を押さえて轟くような叫び声を上げる岩石鬼人達。
そりゃ身体が大きい分、顔も大きいけど……見間違いじゃなく目に刺さってたよね? まだこんな離れているのにテルさんってもしかして凄腕?
って、想像したら痛くなってきちゃった……考えないようにしよう。
身震いして想像を振り払っていると、此方もアイテムウィンドウから取り出した大剣を担いでクロノさんが突進していった。
アンクルさんもそれに続く。
って、まだ加速も祝福もかけてないのにっ!?
物凄いスピードでアーツの範囲内から飛び出していく2人を慌てて追いかけようとすると、誰かに肩を掴まれてしまった。
振り返ると笑顔のグラスさんが僕の肩に手を置いている。
「? あ、えっと、早く2人を追わないとっ!」
加速や祝福をかけてないのもそうだけど、治癒や防護印だって範囲内じゃなきゃ届かない。
確かにテルさんの先制攻撃のお陰で岩石鬼人達は視界を奪われたり慌てたりしてるかもしれないけどマグレの一撃でもあの棍棒の攻撃を喰らっちゃったら大変だ。
『司祭』が幾ら後衛だからって戦闘フィールド外でのんびりなんてしていられないっ!
「今回は大丈夫そうですし、クロノ君達を見守りましょう」
「……え?」
戦闘中とは思えない程のんびりした口調で指さすグラスさん。
その指さす先に自然と僕の視線も移る。
と、既に岩石鬼人のただ中に突入していたクロノさんは、岩石の装甲ごと岩石鬼人を切り裂いていた。
「どっせぇぇぇっっいっ!!」
まるでコテツさんみたいに大剣を嵐のように振り回すクロノさん。その黒い旋風が巻き起こる度に岩石鬼人の装甲が吹き飛び、血飛沫が上がる。
そしてその黒い旋風を縫うように白い閃光が走る。
アンクルさんだ。
こちらはクロノさんとは真逆で的確に装甲の縫い目や関節部、顔なんかにフランベルジュを閃かせて倒して行っている。
岩石鬼人が防御を固めればクロノさんが突き破り、攻撃に転じようとすればアンクルさんがその隙を切り裂く。
2人ってパーティ組むのは初めての筈なのに凄く綺麗に連携してどんどん岩石鬼人が切り倒されて行ってる。
「すごい……」
アンクルさんが1人で戦う時もすごかったし、『PVPトーナメント』もすごかったけどクロノさんとアンクルさんの連携が本当に綺麗で、格好良かった。
僕もあんな風に戦いたい、そう思わせる動きだった。
「ランキング一位と八位のリーダーならアレ位出来て当然だろ」
突然聞こえて来た声に横を向くとテルさんが居た。
既に弓をアイテムウィンドウに仕舞って観戦モードになっている。
「あ、えっとテルさんの矢もすごかったですっ! 百発百中って感じでしたっ!」
「当然だろ? 俺の矢は億発億中だっての」
そう言って胸を張るテルさん。
「はいっ! あんな遠くなのに全部正確に目に当たってて、すごかったですっ!」
と、不意にテルさんの動きが止まり、僕を見つめる。
えっと……何か変な事言ったっけ……? あ、流石に『目を狙って矢を射る』とかゲーム内でも相手から言われるのは嫌かな? ……うん、僕もちょっと嫌かも。
「あ、えっと……」
「ユウ、手前ぇ、『見えた』のか?」
探るような目で僕に尋ねるテルさん。
見えた……って何だろ? 話の流れだとさっきの射撃の事……かな?
「えっと……矢の事なら……はい?」
「……へぇ、ただの『司祭』じゃねーって事か……」
何やら1人納得して呟いてるテルさん。
……よくわからないけど……褒められた? ならちょっと嬉しいな。アンクルさんとの特訓とかのお陰だろうか?
「さて、戦闘も終わったようですし、合流して先を進みましょう」
そう言うグラスさんの声に戦闘音が無くなっている事に気付き、前に視線を戻すと倒された岩石鬼人も全て消え去り、手を振っているアンクルさんが見えた。
僕達は慌ててクロノさんとアンクルさんの方へ走り寄った。
テルさんの歩く速度は変わらなかったけど。
岩石鬼人は大したドロップ品は無かったけど、経験値は多くて僕のレベルが23にアップしていた。
……まぁいつも通り魔力が1増えただけな辺りもうレベルアップで前衛職になれるなんて希望を僕もあんまり抱いてないけど。
やっぱり『司祭』を選んだのが失敗だったんだろうか? いやでも『司祭』はどれも凄くて助かってるのは間違いない。
……それに『料理人』やましては『歌姫』も前衛職が出来る気がしないし、やっぱり次の転職までは我慢か……。
そう思いつつも高地を歩いていくと、少しづつ勾配もきつくなってきて、大きな岩が散乱し、足下もガタガタだからただ歩くのも大変になってくる。
けど、他の皆は平気そうに歩いてるし1人わがままを言う訳にもいかない。遅れないように少し歩速を早めてがんばる。
そもそもこの狩りの目的である『炎魔石』が欲しいのは僕なんだから泣き言なんて言ってられない。
それに体力には少し自信があるのだ。
……能力値の『体力』は1だけど……。
ふと見上げる山頂はまだ遠く、目的地が遙か先なのがわかる。こんな所でさぼってる暇はないのだ。
幸いモンスターとの遭遇も殆どなく、さっきみたいな大集団なんてアレっきりだから旅路としては順調この上ない。
と、よく見ると僕達は山を横切るようなルートで登っていた。
これは山登りの基本で斜面をまっすぐ登るよりジグザグに登った方が角度が緩くなって、結果長距離歩いたとしても楽に登れるのだ。
僕やグラスさんみたいな後衛職もだけど、金属鎧を着込んだクロノさんやアンクルさんにも山登りはきついだろうし、その後にダンジョン探索が待ってるんだから可能な限り体力は温存した方が良い。
山登りとはそれ程過酷な男の世界なのだっ!
まだまだ先は長いんだからこういう所で少しづつ節約するのも大事なのだっ!
「さて、目的地に着きましたから一端休憩しましょうか」
「え?」
立ち止まったグラスさんがのんびりした口調で皆に告げた。
まだ此処は山の中腹……までも来てない辺りだ。
景色も変わりなく岩石地帯という感じで、山頂は遙か先に見えている。
「えっと……目的地って『火口ダンジョン』だよね?」
「ええ、そうですよ」
にこにこ微笑むグラスさん。
「火口ってあっちじゃないの?」
山頂を指さして尋ねる僕にグラスさんがぱんと手を叩いた。
「ああ、成る程。違います、我々の目的地である『火口ダンジョン』の入り口はあそこですよ」
と、グラスさんが指さす先。大量の巨大な岩が折り重なった場所に最初見落としていたけど、真っ黒な穴が空いているのが見えた。
「なんだ山頂まで登らなくて良かったのかぁ……」
「流石に山頂まで行ってダンジョン探索っつーのはかなり大変だろうなぁ」
クロノさんが苦笑している。後ろでテルさんが爆笑してる。
知らなかったんだから仕方ないじゃないかっ! その為に早起きしたんだと思ってたしっ。
「いや、その心意気で臨まれる姿勢こそが肝要です。さすがユウ様」
アンクルさんはそう言って慰めてくれた。
うん、確かにこの余った体力をダンジョン探索に活かせば良いんだし何の問題もないよねっ!
「まぁ……誤解が晴れたのは良いとして、まだお昼前ですが『火口ダンジョン』内は暑くてのんびりできませんし、此処で少し早い昼食を採ってからダンジョンに入るというのはどうでしょう?」
皆を見渡して提案するグラスさん。
「俺ぁ別に構わないぜ?」
「私も異論ありませんな。ユウ様はどうですか?」
「あ、うん、僕も良いよ」
そういえば昨日夜にお弁当を作りつつ味見してて結構お腹膨れちゃったから朝食食べて来なかったんだった。確かに結構お腹が空いている。
とりあえず出来るだけ平坦な岩場にレジャーシートを広げて、作ってきたお弁当を並べて行った。
サンドイッチ、ホットドッグ、おにぎり、お稲荷さん、ポテトサラダ、唐揚げ、海老フライ、タコさんウィンナー、卵焼き、あとデザートの苺とウサギ型のリンゴ。
簡単な物しか作れないけど男5人だし何をおいてもまず量だろうと出来るだけ作ってきたのだ。
「ってユウ、お前、コレ自分で作ったのか……?」
「? うん、そうだけど……」
レジャーシートの中央に広げた重箱を指さして呻くように呟くテルさんに笑顔で応える。
が、何だか皆の反応が微妙な気がした。
もしかして嫌いな物とかあっただろうか?
そういう事も考慮してサンドイッチからお稲荷さんまで作ってみたけど……。
と、ふと過去の記憶から飛んでもない事に思い至った。
男が男に弁当を、それもこんな一杯作ったとかって引かれてもおかしくないっ!?
そ、そうだった……最近マヤ達にしか作ってなかったから忘れてたけど男同士でお弁当とか確かにちょっとどうかと思うっ!
中学の時もよく「味は美味しいけどどうせなら女の子に作って欲しかった」とか、ましてや「優が女なら良かったのに」とか実に不名誉な事を言われたものだ。
ただのお弁当でもそうなのにこんな一杯作ったら引かれて当然だ。久し振りの男同士で遊びに行くって事に浮かれてたっ!
ど、どうしよう……まだこれから探索だっていうのにパーティメンバーに引かれるとかダメダメだ……。
「あぅ……ぇっと……あの……作り過ぎちゃった……かな?」
取りあえず取り繕うように笑顔を作り、それでも心配に震えた声で皆に尋ねた。
「そ、そんな事ねーぜっ! 美味そうだし、早速食おうっ!」
僕の声に弾かれたようにクロノさんが兜を外してレジャーシートに座り、皆に言う。
それに促されるように皆動き出した。
「そうですな。ユウ様の手料理、楽しませて頂きます」
「いやぁー本当に美味しそうですねー」
「お、おう、食えるなら何でも良いしなっ」
それぞれが好きな料理に手を伸ばし、口に運ぶ。と、すぐに手の中にあった料理が消え、次に手を伸ばす。
テルさんが右手におにぎりを持ったまま、左手で唐揚げに手を伸ばし、次に空いた右手でサンドイッチに手を伸ばす。
クロノさんがホットドッグをかぶりついて何かを叫び、フォークにウィンナーと卵焼きを突き刺して一口で食べてしまう。
アンクルさんがサンドイッチに舌鼓を打ち、ポテトサラダをスプーンで取る。
グラスさんがお稲荷さんを味わい、海老フライ尻尾まで食べてしまった。
その速度がどんどん速くなって、同じメニューにフォークが向くと奪い合いのような状態になっていく。
その行動自体が皆が満足してくれている事の明確な答えになっていて、嬉しくなる。
行儀はよくないかもしれないけど、やっぱり男のご飯はこうやって奪い合うように食べる物だよなぁ!
昨日の『大食い勝負』みたいなのも良いけど、こういう男友達同士でご飯を奪い合うのもやっぱり楽しいものは楽しいのだ。
とりあえず皆の分のスープとお茶を出してから、僕もその戦いに参戦するべくサンドイッチに手を伸ばした。




