第104話 黒騎士語り。 その2 前編
やっと修復から戻ってきた『黒騎士の鎧』を撫でながら俺は少し感傷的になっていた。
最初は乗り気じゃなかった『転職祭』も終わってみれば楽しかった。
特に『PVPトーナメント』っ!
PVPなんかに興味はなかったがやってみると結構奥が深い。
モンスター相手の命のやり取りのバトルに比べてお遊びなんだと思っていたが、お互い死なないからこそギリギリまで戦い合うスポーツのような楽しさがあった。
と言ってもソレを感じる事が出来たのは決勝だけな訳だが。
『薔薇の騎士』アンクル・ウォルター。
あいつはすごかった。
準決勝のあいつの試合を見て、心から「俺もコイツとやりてぇ」と思った。
だからグラスとシャーリ姉ぇに頼み込んでタイマンさせて貰った。
グラスはPVPでも対モンスターでも戦い方が同じで「楽して勝てればそれが一番」だからな。
そんなんじゃ消化不良起こしちまう。
それに『白薔薇騎士団』の方にも面倒そうな奴が1人居たし。
そして俺のタイマンの申し出をアンクルは二つ返事で受けてくれた。
あの時間は忘れられない。
もしかしたら初めて『クロノ』の全力を出したかもしれない。それでも倒しきれなかった。
『剛力』、『神速』、『闘気』、三つの固有スキル全てを使い、APがまだ残っていたのに、だ。
しかもアンクルは恐らく俺程の固有スキルを使ってるようには見えなかった。
俺の方がパワーも、スピードも、それ以外の能力値も上回っていたのに、俺の攻撃は躱され、流され、避けられた。
単純にプレイヤースキルで圧倒されたのだ。
でもその時の俺は屈辱ではなく純粋な賞賛に震えた。
それ程アンクル・ウォルターは完成していた。
俺もあの動きをしたいと思ってしまった。
試合結果は『引き分け』だったがアレは殆ど俺の負けだったと思う。
だからこそ、次ヤる時までに俺自身を磨かなければならない。
負けっ放しは性に合わないからな。
それに……試合後に控え室で見聞きしたが、アンクルはどうやら彼女の騎士をしているらしかった。
彼女……
『白き薔薇の巫女姫』ユウ。
最初はモノスゲー美味い料理を出す露店の噂に行った場所で出逢った少女。
ゴロツキに巻き込まれてる所を助けた彼女を見て一目惚れをした。
次にサボる為に行った『歌唱コンクール』会場、そこにもユウちゃんは居た。
露店で見た時と同じ可愛らしい姿で、ステージの上でもじもじしている姿が可愛かった。
でも彼女が歌い出したら世界が止まった。
『セカンドアース』で初めて泣いていた。
三度目が、『PVPトーナメント』決勝後の控え室。
彼女は『銀の翼』のメンバーに連れられて控え室にやってきて、アンクルの治療をしていた。
その時の会話からユウちゃんとアンクルが顔見知りで、アンクルが彼女に剣を捧げていると知った。
その時ユウちゃんは俺の治療までしてくれた。
顔見知りのアンクルをボコボコにした俺にも、だ。
シャーリ姉ぇが大爆笑する程腫れた俺の顔を、ユウちゃんは心配げに触れて治癒をかけてくれたのだ。
その癒しはまさに『巫女姫』そのものだった。
『PVPトーナメント』で鎧が破損して兜が無くなっていた俺はもう彼女を直視する事が出来なかった。
VRMMOがどんなにリアルになろうとゲーム内で恋をするとか馬鹿馬鹿しいと思っていたが、まさか
自分がそうなるとは思いもしなかった。
でもだからこそ、次にユウちゃんに逢うまでもっと強くならなければいけない。
アンクルへのリベンジとユウちゃんに相応しい男になる。
『転職祭』は俺に二つの目標を与えてくれたのだ。
強くなる。その為にまずは『転職』をした。
『戦士』から『騎士』へ。
俺の二つ名が『黒騎士』だからっつーのもあるけど、『戦士』の上位職だとやはり『騎士』が一番バランスが良さそうだったからだ。
あとアンクルは絶対に『騎士』を選ぶだろうと思ったから。同じ職業なら言い訳が効かない筈だ。「アンクルの方が強い職だから負けた」なんて思いたくない。
そしてレベル上げとダンジョン探索。
こっちはまぁ元々好きでやってた事なんだが、目標が出来ると更にがんばれるようになる。
画面を埋め尽くすようなモンスターの群れの中に一晩中居るような狩りもした。
これは実はユウちゃんのお陰でもある。
俺の固有スキルはどれもAP消費型で瞬間火力はでかいが継戦能力に劣る。
まぁ大抵の通常モンスターは固有スキル発動しなくてもどうにかなるんだが、ソレはソレで戦闘時間がかかってタルくなる。
だからこれまでは最短距離を突っ走って一気にボスモンスターを倒す、って戦い方をしていたが、ユウちゃんの露店で買った料理が革命を起こした。
グラスは知ってたようだが、どうやらユウちゃんの料理にはAP回復効果があったらしい。
それもホットドッグ1個食うだけで俺のAPが0から全回復する程の。
このお陰でかなり自由に固有スキルを使って長期戦闘が可能になった。
と言っても全員分合わせても買えたホットドッグは30個、『転職祭』が終わった時点で残っていたのは25個だったからおいそれと食べまくれる物ではないが。
それでもいざという時の保険があるのはありがたい。
それにユウちゃんの手料理。
しかも信じられない程美味しい。
それが俺のピンチを救ってくれる。まさにユウちゃんの愛を感じる瞬間だ!
だがユウちゃんに頼ってばかりでは、ユウちゃんに相応しい男になれない。だから俺はより高みを目指して今日もダンジョンに行くのだっ!!
「……クロノ君。さっきから何気持ち悪い笑みを浮かべたり、気持ち悪い笑みを浮かべたり、気持ち悪い笑みを浮かべたりしてるんですか?」
いつの間にログインしたのか、グラスが俺を見て苦笑していた。
「ってめ、いつからいやがった」
「そうですね、クロノ君が修復した『黒騎士の鎧』を撫でたりしてた辺りですかね」
「かなり最初じゃねーかっ!?」
「? 言ってる意味がよくわかりませんが、キモかったから外ではしない方が良いですよ?」
「ちっ、何の事かわかんねーよ」
やれやれと肩をすくめるグラス。
その仕草のひとつひとつがちょっとムカつく。
「妄想に入り浸るような所を見られたら、愛しのユウさんに嫌われると言ってるんですよ」
「てててててて、てめぇなんでその事をっ!?」
「付き合い長いですからね、バレバレです」
「い、言うなよ!? と、特にシャーリ姉ぇには絶対に言うなよっ!?」
「言いませんよ。クロノ君の恋路なんかに何の興味はありませんから」
くいっと眼鏡を直しながら大きくため息をつくグラス。
言い方に少しムカつくが邪魔しないなら良い……か。シャーリ姉ぇは人の恋路を暴走機関車で突撃するのが大好きな生物だからな……細心の注意を払わなきゃダメだ……。
今日シャーリ姉ぇがログインしてなくて本当に良かった。
「まぁそんな事はどうでも良いですが、クロノ君? 手紙が届いてますよ」
「手紙ぃ?」
グラスが右手に持った白い封筒を振りながら俺に尋ねる。
『セカンドアース』にも手紙くらいはある。が、プレイヤー同士ならチャットを使えば良いだけだ。わざわざ『手紙』なんて使ってホームに送ってくる奴といえば……。
「差し出し人は『新羅万将』のジョニー・ジョーカー氏だね。」
「またアレかよ……」
「おそらく『夜会』の招待状だろうねぇ」
グラスの答えにげっそりした顔になる。
『新羅万将』の『変人』ジョニー・ジョーカー。
俺はこいつが好きではない。何を考えてんのかわかんねぇムカつく笑顔の男だ。
定期的に『夜会』と称してクランランキング上位を集めて訳の分からん会議をしたがっている。
興味ないから俺は一度も行った事ないが。
「中を見ても良いですか?」
「好きにすりゃ良い。なんならグラス、お前が行ってもいいぜ?」
俺の返事を聞いてグラスがペーパーナイフで中身を取り出し、目を走らせる。
と、俺から見てもわかる程、一瞬グラスが驚きの表情を浮かべた。
こいつがこんな顔するなんて珍しい。
「何か面白い事が書いてあったのか?」
夜会……というより旧友の表情に興味をそそられて尋ねた。
「そう……ですね。面白い事が書いてありますよ」
そう言って手紙から目を離し、グラスは俺を見てニヤリと笑った。
「『白き薔薇の巫女姫』ユウさんの事が書いてあります」
その瞬間、俺はグラスから手紙を奪い取った。
目を走らせると、グラスの言う通り、ユウちゃんが議題の会議の招待状と書かれていた。
「……なんでユウちゃんが呼ばれたんだ?」
手紙から目を離し、グラスを睨む。
「そうですね……推測ですが、『転職祭』でユウさんの料理にAP回復効果がある事は知る人には知れた状態になってる筈です。ジョニー氏は変人を気取っていますが権力欲や上昇志向が高い。彼なら自分の権力を利用してユウさんを手中に収め、AP回復アイテムを独占する事でクランランキング一位を狙ってもおかしくないかな」
少し考えたグラスの推論を聞きながら、自分の血液が沸騰しそうになっていた。
んな事の為にユウちゃんを呼びつけた、だと?
しかもユウちゃんをアイテム扱いして、クランランキング一位を狙う?
あんな何の価値もないランキングの為にユウちゃんを?
「……クロノ君、すこし落ち着いて……」
「落ち着けるかよっ! 行くぞっ、グラスっ!」
黒騎士の鎧を一度アイテムウィンドウに仕舞い、着込む。
「もう夜会は既に始まってる時間ですよ?」
「関係ねぇっ! ユウちゃんを助けに行くぞっ!!」
グラスの返事を聞くのも面倒になって俺はホームから飛び出した。
後ろからグラスが付いてくる足音が聞こえる。
「私も付き合いますよ。貴方だけに任せたら『冒険者ギルド』で下手に暴れて私達の方がお尋ね者になりかねません」
ちらりと横を見ると仕方ない、とため息をつくグラスが見えた。
しかしその表情はむしろ楽しそうに見える。もう既にグラスの頭の中で悪巧みをしてるのかもしれない。
ユウちゃんのピンチに冷静なコイツが頼もしくもあり、しかしソレはソレとして冷静な事がムカつく。
「んじゃ、本気で急ぐかっ」
俺はグラスの手を取って意識を集中する。
「本気って、ちょっ、クロノ君!? それはもしかしてっ!?」
「舌噛むぞっ! 『神速』っっ!!」
一気に加速した俺に引っ張れれたグラスの悲鳴がドップラー効果で大通りに鳴り響いた。
ウィリーの名前をジョニー・ジョーカーに変更。




