第103話 天使の微笑み。
「ユウっ!」
1階に下りてきた僕に最初に飛びついてきたのはマヤだった。
物凄い勢いで僕に抱きつき、クロノさんから奪い返す。
「ちょっ、マヤ、く、苦しいよっ……」
それに鎧が、金属鎧が痛いっ! せめて抱きつくなら鎧の無い時に……いや、それはそれで困るけど。
「大丈夫だった? ひどい事されてない? って目が真っ赤じゃないっ!? 誰かに泣かされたりしたのっ!?」
「い、いま苦しい。だから、離れっ」
ギリギリっと僕を締め付けながら僕の話を聞かないマヤ。お願いだから人の話を聞いてっ!?
むしろ本当に今死んじゃうよっ!?
「誰が泣かせた、って言う事なら泣かせたのはクロノ君かもね~」
「ちょっ!?」
サラサラさんの言葉にクロノさんが狼狽し、そんなクロノさんをマヤが今にも殺しかねない視線で睨む。
「いやっ、違うだろっ!? あ、違わないけど、って、そうじゃなくて、俺じゃないぞっ!?」
「そう、貴方はやっぱり死にたいのね、ふふふふふ……」
「こええよ!? ユウちゃん、助けてっ!?」
悲鳴を上げるクロノさんにマヤの抱きつきからやっと逃れた僕は慌ててマヤのマントの裾を掴んだ。
「ほ、本当だよ。クロノさんは、僕を助けてくれただけだから、泣いたのは、その……僕が泣き虫なだけだから」
クロノさんの為とはいえ自分が泣いたって事を説明するのは正直恥ずかしいし辛い……。
「あの……ユウ……ちゃん?」
なんとかマヤを宥めていると不意に呼び止められ、そちらを向くとララさんが居た。
後ろにアイバさんとマオちゃん、ゼニスさんやテルさんも居る。
「あ、えっと、なんでしょう?」
「その……今日はごめんなさいね。こんな事に巻き込んじゃって……」
「ワシもすまなんだ」
そう言って僕に頭を下げるララさんとアイバさん。
大人の女性とおじいさんに頭を下げられるとか、そんな経験ないしむしろこっちが辛いよ!?
「や、えっと、大丈夫えすから、頭を上げて下さい。その、こっちこそ、何かすみません」
慌てて2人に頭を上げさせる。
むしろ巻き込まれたのはこの人達な気がするし。
「『露天会』はその名の通り露店組じゃが、戦える者も多い、市場でもフィールドでも、必要な時はいつでも力になるぞ」
「『白金の匙』も製造組ではあるけど、さっきの宣誓に嘘はないわ。いつでも頼ってね」
申し訳なさそうに、でもしっかりした口調でララさんとアイバさんが僕に告げた。
「は、はいっ、えっと、その、すみません、お願いします」
そう言って頭を下げようとした僕を誰かが引っ張り上げる。
それは前に出てきたマオちゃんだった。
「ユウ! あたしはもっとユウのご飯が食べたいにゃ! にゃから早く『冒険者ギルド』でご飯を出すにゃよっ!」
「あ、う、うん」
勢いに圧されて頷く僕。
「こら、マオちゃん。私達は無償でユウちゃんを守るって約束したんだから、無理強いしちゃダメよ?」
マオちゃんの襟を持って引っ張り戻るララさん。
「嫌にゃっ! 美味しかったにゃ! もっと食べたいにゃー!!」
吊り下げられてジタバタするマオちゃんが本当に猫みたいで可愛い。
「えっと……ご飯くらいならいつでも……」
「ホントにゃ!? 約束にゃよっ!?」
「こら、マオちゃんっ!」
僕の言葉に目を輝かせるマオちゃんをララさんが引っ張って諫めた。
「ふぉっふぉ、そういう事でしたら私もご相伴に預かりたいモノですなぁ」
お腹を揺らしながら笑うゼニスさん。
「あ、えっと……ごめんなさい、その……『銀の翼』のホームって基本男子禁制だから、難しいかも……」
外で料理っていつでもは難しいし、お弁当になると色々問題があるみたいな事が今日わかったし……。
「それは残念。では冒険者ギルドでの販売を楽しみにしておりましょう。それに我等『露店組』である『トレーダーズ』も力が必要な時はいつでもどうぞ」
残念そうに見えない笑顔でお腹をゆらすゼニスさん。
「は、はい」
「さて、貴方も何か言う事はありませんかな?」
ゼニスさんがそう言って後ろでそっぽを向いていたテルさんを促す。
と、ゼニスさんが僕を睨んだ。
「……てめぇ、ユウだったか?」
「は、はひ」
「お前にゃ少々因縁がある。が、奪い奪われるはゲームの常だ。それにお前にこれだけの大手クランが付いたとなりゃ事を構えるのも馬鹿馬鹿しい。今日の事でチャラにしてやる。が、覚えとけよっ、俺はお前が嫌いだぽげらっっ!?」
言い終わる前にマヤの正拳がテルさんの顔面にヒットして錐揉みしながら壁にぶつかった。
「ってめぇ!? 何しやがるっ!」
「ユウに敵対宣言してる奴を見逃す訳ないでしょ?」
鼻から血を噴き出して叫ぶテルさんにマヤが指を鳴らしながら言い放った。
「マヤっ、やり過ぎだよっ!? ちょっ、テルさん、ごめんなさいっ! えっと、高位治癒!」
慌ててしゃがみ込んでいるテルさんに駆け寄って鼻血を治した。
何故か呆然としているテルさん。……怪我……治ったよね?
「ユウの高位治癒でも顔面の残念さは治らないのね」
「んだと手前ぇっ!? ……っち、クソっ、今日はチャラにするつったんだ……さっきの治癒に免じて許してやるよ」
テルさんはマヤに飛びかかろうとしたけど、一瞬僕と目が合い、目を背けて立ち上がった。
「逃げるのね」
「吠えてろ」
マヤの言葉に指を立てるテルさん。
テルさんはそういう人なんだろう、うん。
「大丈夫でしたか、ユウ様?」
いつの間にか側に居たアンクルさんが僕の手を取り、立ち上がらせてくれた。
「あ、うん。僕は大丈夫。……それにケンカも収まって良かった」
「そうですか。安心致しました」
安堵の笑顔を浮かべるアンクルさん。
ふと周りを見渡すと、アンクルさんだけじゃなくてユキノさんやリリンさん、何人もの『白薔薇騎士団』の皆さんが居る。シェンカさんまで居る。
『銀の翼』の皆も勢揃いしている。
クロノさんとグラスさんの言葉に一杯励まされた。
『クラン会議』ってよく分からなかったけど、僕が危なくて、守ってくれるって話だった。
「あの……」
立ち上がって自然と声を上げた僕に皆の視線が集まった。
「えっと……マヤ、サラサラさん、コテツさん、ノワールさん、ルルイエさん、ホノカちゃん、ソニアさん、アンクルさん、リリンさん、ダムさん、白薔薇騎士団の皆さん、アイバさん、ララさん、マオちゃん、ゼニスさん、テルさん、グラスさん、クロノさん……
今日は……その、僕の為に、ごめんなさい、ありがとうございます」
1人1人を見つめて声をかけ、頭を下げ、そして僕に出来る精一杯の笑顔でお礼を言った。
何故か一瞬冒険者ギルド内が静まりかり、皆が皆、驚いたような、何故か顔を赤くして僕を見つめる。
「??」
よくわからずこくんと首をかしげた。
あ、そか。今日って会議の迫力を増すようにお化粧してたんだっけ、笑顔が笑顔っぽくなかったのかな?
改めてもう一度笑顔で、
「ありがとう」
と気持ちを伝えた。
「いやいや、そんな畏まられてお礼を言われるような事じゃないですよ」
頭を下げた僕に最初に応えてくれたのはグラスさんだった。
「でも……クロノさんとグラスさんなんて『転職祭』で少しお話しただけなのに、こんな……」
「袖すり合うも多生の縁、ですよ。……でも、そうですね、そう思われるのでしたら、今度のお休みにでもクロノ君と一緒に狩りとかしてくれたら嬉しいですね」
「ちょっ、グラス手前っ、いきなり何をっ!?」
「おや? クロノ君はユウさんとの狩りはお嫌ですか?」
「あ、いや、嫌……とかじゃねぇけど……あー」
クロノさんが僕を見て目が合う。と、突然クロノさんがいつものフルフェイスの兜を被ってしまった。
「ダメよユウ!? こんな変態黒騎士と一緒に狩りなんて私が許さないわっ!?」
「なんでそこでマヤが出てくるのっ!?」
僕を後ろに隠すようにマヤが立ちふさがる。
僕は別にクロノさんと狩りとか全然構わないけど……むしろ足手まといや経験値吸い取りになりそうで申し訳ないんだけど……。
「誰が変態騎士だコラっ!」
「全身真っ黒に顔を仮面で隠した騎士が変態じゃなくて何なのよ!?」
「ははは、全くもってその通りですねクロノ君」
「この鎧はお前が用意したモンだろうがグラスっ!」
「じゃあ脱げば良いじゃないですか」
「ぐっ……」
グラスさんに言い返せないクロノさんをマヤが冷たい視線を送る。
……黒騎士の鎧も兜もカッコイイと思うんだけどなぁ……僕だけなのかなぁ……。
「まぁ貴方が変態でもそうでなくてもどうでも良いわ。ユウとデートしたいって言うならまずこの私を倒してからにするのねっ!」
アイテムウィンドウから剣を抜きはなって宣言するマヤ。
「なるほど! つまりPVPに勝利する事でユウさんとのデート権が得られるとっ!」
「交渉権よっ! もし仮に勝ったとしてもユウが頷く訳がないわっ!」
「にゃんとっ?! PVPに勝てばユウのご飯が食べにゃれるのにゃ!? アタシもやるにゃっ!」
「はっはっは、そう聞いては我等白薔薇騎士団も参加せざる得ませんな」
「マヤだけに戦わせる訳にゃいけねぇな。アタシ等『銀の翼』も出るぜ?」
「ユウの為、勝つ」
「フン、でぇとには興味ないが、面白そうじゃのう。『鉄火の剣』の力を若造共に見せてやろうか」
「ンだぁ? PVPかよっ、そういう事なら合法的にさっきの暴力女をボコれるって訳だなっ! 俺様も参加してやるぜっ」
ソニアさんに手を引かれて一歩離れた僕の前であれよあれよといううちに参加者が膨れあがっていく……。
「緊急イベント発令!! 『巫女姫デート交渉権争奪! PVPバトルロワイアル』を開催しますっ!!」
「「うぉぉぉぉぉぉっっっ!!!」」
ソニアさんの宣言で一気にボルテージが高まり、爆発した。
形成されたPVPフィールドに我先に参加者が飛び込み、バトルが開始される。
「なんだかなぁ……」
小さくため息をつく僕。
みんなこういうの本当に好きだよね。僕はあんまりPVPってやりたいとは思わないけど、こうして戦ってる皆を見るのは嫌いじゃない。
活き活きと戦う皆を見つめる僕は自然と笑みがこぼれていた。




