第100話 開会。
会議室内は思ったより広く、明るかった。
中央に長細いロの字型に机が並び、右に3人、左に4人の人が座っていた。右手一番奥に1席、目の前には2席の空席がある。そして左の一番手前がアンクルさんだった。
見知った人が1人でも居るとちょっと安心する。
ってあれ? アンクルさん、なんだか驚いたような顔してる?
あ、そっか。化粧で一瞬僕の事がわからなかったのかもしれない。これまでの皆の反応を見るに結構すごい事になってるようだし。
でも知り合いでもそれだけ驚くって事は知らない人なら怖がらせているかもしれないし、これから対話する相手に悪印象を持たれるのは良くないかな?
とりあえず笑顔で会釈をしておく……けど、やっぱり皆さんちょっと驚いた顔をしてる人が多い。化粧作戦は失敗だろうか……?
室内の人達は僕達に視線を向けて固まっているのを、それに気付いているのか気にしないのかサラサラさんは当たり前のようにそのまま室内に入った。
僕もそれに続いて入り、扉を閉める。
「……? て、あっ、手前ぇはっ!?」
扉を閉めて向き直った僕に突然アンクルさんの隣に居た男性が立ち上がって声を上げた。
痩せ形で軽装鎧に背中に弓を背負った男性が何やら怒気を含んだ視線を僕に向けている。
「? ……えっと、どちら様でしたっけ?」
「どちら様じゃねぇよっ! この前幻獣の森で会ったろうがっ! あん時はお前のせいで獲物を取り逃がしたんだぞっ!?」
この前? ……幻獣の……って、
「ああ! あの時のっ! ……えっと……罠男さん?」
「何だよその名前はっ!? 手前ナメてんのかっ!?」
今にも掴み掛かろうとしてきそうな男が不意に動きを止める。
「我が主君にそれ以上の暴言は許さぬよ」
いつの間にかアンクルさんが剣を抜き、男の首筋に当てていた。
「っは! おもしれぇ、やってみろよぉ?」
その状態でも引かずにアンクルさんを睨み付ける男。
「はいはい、『クラン会議』で刃傷沙汰は勘弁してくださいね~」
一番奥の席でパンパンと手を叩いて立ち上がったジョニーさんが2人を制した。
「……」
「……ちっ」
アンクルさんは剣を収め、男もしぶしぶ席に着く。
「ありがとうございます。……さて、今日の主賓もいらした事ですし、夜会を始めましょうか」
僕達に着席を促し、皆を見渡しながらジョニーさんがそう宣言した。
けど……あれ? 確か『クラン会議』って……
「まだ揃ってないんじゃねーの?」
罠男が空いた一席を見て問う。
そう、クラン会議が上位8クランでやるのなら、ここに僕達以外8人が居るはずなのに、何故か7人しか居ない。
「あぁ、第一位は多分いらっしゃいません。こういう集まりは好きではないらしく、何度も招待状は送っているんですが、一度も来て頂けず……」
大袈裟に肩を落とし、よよよと無きくずれるジョニーさん。
「んだよ、不参加オッケーなら俺も来なかったぜ」
「いやいや、お互いの利益の為に参加された方にも良いと思いますよ?」
男の呟きにニヤリと笑ってジョニーさんが応える。
「そうですね、先日の『転職祭』でクラン順位が大きく変動し、今日初めて夜会にいらっしゃる方もいますので、まず軽く紹介からさせて頂きましょう」
ジョニーさんがそう言うと一瞬会議室が暗くなったかと思ったらアンクルさんの席にスポットが当たる。
「まず今回初参加のクランランキング第八位『白薔薇騎士団』団長、『薔薇の騎士』アンクル・ウォルター様」
「……白薔薇騎士団団長、『薔薇の騎士』アンクル・ウォルターです。よろしく」
そう言って頭を下げるアンクルさん。しかし全く警戒の素振りを解こうとはしない。むしろ威圧と言っても良い感じに見えるけど、それを気にしてるような人も居ないのは流石……なんだろうか?
そう思っているとアンクルさんの隣にスポットが移る。あの罠男さんだ。
「次も今回初参加、クランランキング第七位『スターダスター』リーダー、……えーっと……罠男さん?」
「だから誰の事だそりゃっ!!」
怒りのままに立ち上がる罠男さん。
「しっかり聞けっ! 俺の名前は『罠男』じゃねぇ、『流れ星の弾丸』テル様だっ!!」
全員を睨み付け、最後に僕にドヤ顔を見せつつそう名乗り上げた。
「ふぉっふぉ。後は皆前回から変更のないメンバーですし、自己紹介と致しますかな。私はクランランキング第六位『トレーダーズ』代表、『大富豪』ゼニスと申します」
テルさんの奥に居た恰幅の良い中年男性がお腹をゆらしながら挨拶し、頭を下げた。
このゲーム、別に体格で能力値が変動する訳じゃないし、ある程度外見の微調整は可能だから太った中年男性のキャラをする人はある意味めずらしいかもしれない。
「次はあたしにゃね。クランニャンキング第五位っ! 『まおまお』リーダー! 『魔王』のまおにゃ!」
左手一番奥で椅子の上に立ち上がって胸を張るローブを着た猫耳の少女。獣人さんなのかな? 身長はホノカちゃんと同じ位かもしれない。胸の大きさも同じ位なので、胸を張ってるけど残念な感じだ。
「今にゃにか失礼な事考えにゃかったかにゃ?!」
何故か物凄く睨まれた。もしかして心が読めるスキルとかあるんだろうか?
「次は私ね、クランランキング第四位『白金の匙』クランリーダー、『三つ星』のララよ。よろしくね」
右側一番手前に座っていた女性が僕にウィンクしながら微笑んでくれた。
長い耳がぴくぴく動いて金髪が揺れている。この人はエルフさんみたいだ。
そしてエルフなのに……エルフだから? 緑色を基調にした鎧からふくよかな胸のラインが強調されていて、ウィンクされた事も合わせてドキドキする。
「ワシは『露天会』リーダー、アイバじゃ」
ララさんの隣に座っていた小さな身体に筋骨隆々の身体、お髭のおじいさんが低い声で口にした。
見た感じは……ドワーフさんっぽいけど……ただの小さなおじいさんの可能性もあるし、どっちだろう?
「クランランキング第三位『露天会』のリーダー『鉄火の剣』のアイバさんは相変わらず口数が少ないですねぇ」
大きくため息をついて、ジョニーさんが補足しながら立ち上がった。
「そして私がクランランキング第二位『新羅万将』クランリーダー『変人』ジョニー・ジョーカーと申します。『変人』もしくはジョニーもしくはジョーカーとおよび下さいませっ!」
両手を広げてそう宣言するジョニーさん。
というか自称だって聞いてはいたけど、『変人』って呼んで欲しいんだ……。
7人の自己紹介が終わった所で室内の照明が元に戻った。
「……さて、では今日皆様に集まって頂いた理由ですが、今日の主賓のお二人、クランランキング二十二位『銀の翼』リーダーのサラサラ様と、その隣にいらっしゃる『白き薔薇の巫女姫』ユウ様についてでございます」
改めて全員の視線が僕達の方を向く。好奇、興味、好意、敵意、様々な感情が瞳に映ってるように見えて、正直……ちょっと怖い。
「そもそもこの『クラン会議』はテラ王国法や、ゲームシステムで許された範囲内で起こりえるプレイヤー同士の無駄な摩擦や問題を減らす為に、せめて上位クラン同士である程度の意思統一を計り、可能であれば多くのプレイヤーに啓蒙する事が目的でございます」
「っけ、要は力を持ってるクランに他の奴等は従えって事だろっ」
ジョニーさんの言葉にテルさんが小声で吐き捨てる。
「いえいえ、そのような無理強いをするのが本意ではありませんよ。それに実際啓蒙のお陰で、狩り場やモンスターを独り占めや、ドロップアイテムを独占しようするプレイヤーも居なくなり、プレイヤー皆が円滑にゲームが出来ていますでしょう?」
「我等『トレーダーズ』やアイバさんの『露天会』、製造ギルドの『白金の匙』としてはドロップアイテムの無意味な高騰がない事は助かっているのは事実ですねぇ」
ジョニーさんの言葉にお腹を揺らしながら笑うゼニスさん。
「それは……そうですね~」
「……ふんっ」
笑顔で同意するララさんとそっぽ向くアイバさん。
よくわからないけど『クラン会議』についても1人1人考え方が違うのかもしれない。
「そんな事はどうでもいいにゃ、一体にゃんの目的で今日は集まったんにゃ?」
猫耳をぴくぴくさせて僕を見ながらマオちゃんがジョニーさんに問う。
「ええ、ええ。まずは此方を試食してみて頂きたいのです」
ジョニーさんがそう言うと1人1人のテーブルの上に出現するお皿とフォーク。お皿の上には一口大に切られた……パンケーキ?
え? これって……。
皆訝しがりながらもそれを口に運ぶ。
「……ほぉ……」
「まぁ……」
「にゃにゃっ!?」
「ほほぅ……」
「んだこりゃぁ」
「……」
僕もフォークを手にとって口に入れると、記憶にある通りの味がした。
間違いなくそれは僕が作って、この前ジョニーさんにお土産にあげたパンケーキだった。
「本当は私が1人で食べたかったのですが、夜会の為、やむを得ず供出いたしました」
泣き真似をしながらジョニーさんが最初に口を開いた。
「いやはや、大変美味しゅうございました。驚きました。もっと、いくらでも食べたい位ですなぁ」
名残惜しそうにお皿を見つめてゼニスさんが感想を述べる。
「美味しかったにゃっ! もっと食べたいにゃっ!!」
名残惜しそうどころかまだフォークを舐めてるマオちゃん。
「本当に、とても美味しいです。私もまだまだ修行不足ですね」
ララさんがそう呟く。……という事はララさんは料理人なのかな? そういえば二つ名が『三つ星』だっけ。
「んで、この美味ぇパンがなんだってんだよ?」
フォークで皿をチンチン叩きながらテルさんがジョニーさんに尋ねる。
「そうですね、『鑑定』スキルをお持ちのアイバ様、ゼニス様ならもうおわかりでは?」
「……さっきの料理にはHP、AP回復効果が付いておったの」
アイバさんの答えにジョニーさんの笑みが一層濃くなった。
「AP回復効果……ってマジかよ!?」
驚いてフォークを滑らし、空になった皿を見つめるテルさん。
「確か『転職祭』で一部の露店で販売されたという噂は聞いてましたけど……本当だったのですね。確か料理人の名前は……あ……」
ララさんは何かを思い出したように僕を見つめる。
「ええ、ええ、その通りです。このパンケーキ、そして『転職祭』の露店でホットドッグを、更に『料理コンテスト』でポトフを作ったのは其方にいらっしゃる『白き薔薇の巫女姫』ユウ様でございます」
ジョニーさんの言葉で皆が一斉に僕を見つめる視線も又一層深く濃くなる。
「そして、それ等に使われた物こそ、超稀少調味料にして超レアアイテム。HP、AP回復効果を持つ究極の食材『魔皇女の雫』が使われております。
さて、私からの今回の議題ですが……
『白き薔薇の巫女姫』ユウ様は、そのレアアイテムを独占している疑いがある。と、いう点についてでございます」
糾弾するようにジョニーさんは宣言し、そして楽しそうに僕に向かってジョニーさんは微笑んだ。
ウィリーの名前をジョニー・ジョーカーに変更。




