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せんろはつづくよ、どこまでも

作者: 邑楽

「せーんろーはつーづくーよー どーこまーでーもー…」


幼稚園の子だろうか、頭には黄色い帽子をかぶって、なかよく手をつないだ3人の子供たちが、それこそ本当にどこまでも続いてそうな線路の横の小道を歩きながら、そんな歌を歌っている。

そして、その横ではその子たちの親であろうと思われる3人の女性が、やさしい顔でこどもたちを見守っていた。

ああ、なんてほほえましい光景なんだろう。






せんろはつづくよ、どこまでも






いいかげん、うんざりした。

もう嫌だ、こんな毎日。


そう信也は呟いて、算数の教科書を投げ出した。


尾上信也は、都内の小学校に通うごく普通の4年生であった。

不良でもないが、特別真面目というわけでもない。成績も普通より少し上なくらいであった信也は、学校でなにか問題を起こしたことなど1回もなかった。

朝起きて、遊んで、宿題をして、寝る。

そんな平凡な毎日を過ごしていた信也だったからこそ、日常に不満をもったのだろう。

それに、信也には嫌だったのだ。この『東京』といううるさい場所が。

いつもせかせかと行動をしているような人間が、この東京にはたくさん住んでいる。信也には、なぜそんなにもせかせかと行動をしなければいけないのかが理解どうしてもできないのであった。


「はあ…。つまんない。なんか、つまんない。」


不満そうに口を尖らせ、ガタガタと椅子をこがせる。これをお母さんや先生の前でやるとよく怒られるのだが、信也は、今自分の部屋にひとりきりでいるのだ。だから、関係などない。


「なんか、おもしろいことないかなあ〜。」


これは、信也のいつものお決まりの台詞であった。しかし、これを言って、なにかおもしろいことがあったためしはない。だから、言ってもなにもかわらないということは信也も十分自覚しているのだが、なぜか言わずにはいられないのだった。


カチン


電灯の紐を引いて、部屋の明かりを消す。

信也は、勉強机の横にある、小さな窓のカーテンを開け、外を見た途端ため息をついた。

信也の部屋は2階にあるので、眺めは悪くないはずなのだが、信也が言っているのはそのことではなかった。


「星が…ない。」


冷たい冬が終わり、今、暖かい春訪れようとしている。そんな季節の午後7時。普通だったら星が見えるはずだ。なのに見えないということは…


「きたないなあ、東京は。」


それが、信也が東京を嫌いな理由のうちのひとつであった。


「信ちゃん、ご飯よ。」


一階から、お母さんのお呼びがかかる。とくにおなかが減ったというわけではないけれど、もし今行かなかったら、恐い。


「はーい、今いく。」


今日のごはんはハンバーグだ、と妙に確信をもって、信也は1階のキッチンへとむかった。











案の定、キッチンテーブルの上には、ほかほかのごはんとハンバーグ、それにミックスベジタブルとフライドポテトが添えてあった。

信也には兄弟というものがおらず、お父さんは帰ってくるのが遅いので、いつもお母さんと2人だけで食べることになる。


「いただきます。」


信也は、いつものようにそれだけ言うと、静かに食事をはじめた。お母さんも、そんな信也になにも言わなかった。











食事を終わらせた深夜は、食器を流しに入れると、またすぐに2階の自分の部屋へとあがっていった。まだ宿題が少し残っていたし、もう1階ににはいたくなかったからだ。

信也は、この東京が嫌いなことと同じように、この尾上家の1階も嫌いであった。ここにいると、お母さんの忙しく動く姿が目に入るし、いつもせかせかと忙しそうに行動しているお父さんの居場所でもあるからだ。


信也がようやく宿題を終わらせ、明日の学校の準備をしていると、また下からお母さんの声がかかった。


「信ちゃん、お風呂はいりなさい。」

「わかった、今はいる。」


信也は、先刻までしていた明日の準備を途中に、再び1階へとおりていったのであった。











お風呂を出て、歯を磨いて、水を1杯だけ飲む。

いつもと寸分もかわらぬ信也の行動。このつまらない日常から逃げ出したい、と思っていた信也であったが、この習慣だけはかえたくなかった。

そして、寝る前に小さな窓から外を覗くことも。今日も寝る前に覗いた窓からは、明るいネオンや光しか見えず、信也が本当に見たいと願っている星は見えなかった。











「信ちゃん、おきて。」


声とともに、からだをゆさぶられる。


「う、う…ん…」


まだ眠い。だけど、起きなければ怒られる、とからだをおこそうとした時、信也は自分のからだの異変に気付いた。


「―――う゛っ!」


気持ち悪い。これじゃあ、学校に行くなんてとんでもない。起き上がることすらできやしないじゃないか。


「信ちゃん?」


お母さんの声が、少しだけ心配そうなものにかわった。

信也はいつも起こしたらすぐ起きるので、今日のようなことは滅多にない。だから、どうかしてしまったのではないか、と心配になったのだ。


「母さん…ごめん、ちょっと今日は具合が悪いんだ。」


案の定、信也の苦しそうな声が布団でくぐもって聞こえた。


「あら、信ちゃん。それは大変ね。すぐに病院を…」


しかし、お母さんの言葉は、信也のキツイ言葉で遮られた。


「いい。」

「で、でも…」

「いい。」


信也のキツイ口調に、お母さんは今度こそ本当になにも言うことができなくなってしまった。そして、怒っているのか泣いているのかわからない口調で一言。


「そ…そう、じゃあお母さんは仕事に行くからね。そこまで言うのなら自分で責任とりなさい。」


パタン、と部屋のドアを閉めると、いつもより荒れた足音を残して去っていく。

それを聞いた信也は、なんだか自分が情けなくなり、嘲笑した。あんな態度をとってしまった、情けない自分に対して。


いつの間に、自分はあんなふうになってしまったのだろうか、と信也は考える。幼い頃の自分は、もっと純粋だったはずだ、きっと。


「星のせい、かな…?」


東京に星がないと気付いて、すごく絶望したのはいつの頃だったか。信也は既に思い出せないでいた。











「ねえ、お母さん。僕ね、星が好きなんだ。」


それはまだ、信也が小学校1年生のおわり頃であった。信也は、学校から帰るなり、洗濯物をたたんでいるお母さんに向かっていった。どうやら、学校の校外学習でプラネタリウムを見てきたらしい。その喜びをはやくお母さんに伝えたくて走って帰ってきたのだろう。外は今にも雪が降ってきそうなほど寒いのに、その顔には汗が伝っていた。


「僕ね、今日の夜、星を見るんだ。たぶんね、プラ・・・」


『プラネタリウム』と言えないでいる信也に、お母さんは優しく教えたあげた。


「プラネタリウム、でしょ、信也?」

「うん、そう!プタリウムの星よりもね、実際見た星のほうが、絶対に綺麗だと思うんだ!」


まだきちんと『プラネタリウム』と言えていない可愛いわが子の頭を優しくなで、お母さんは優しく言う。どうやら、まだ幼い信也には、片仮名の単語は難しいらしい。


「そうね、信也。きっときれいよ。もし見えたなら、ね…。」


まだ信也には、お母さんのその言葉の意味がわかっていなかった。きっと、一生わからない方がよかったのだ。なのに、信也は…


「うん!ねえお母さん、お母さんも一緒に星みようよ!きっと見えるよ、星。」


この言葉のせいで信也は今までの純粋な気持ちをすべてなくしてしまうのだ。いや、正確にはこの言葉にしたがった行動によって、だ。











そして、夜。

信也は嬉々として家の外に飛び出した。


「お母さん、はやくはやく!」


信也は、なるべく星に近づきたいと言って、信也の家から少し離れた丘に行こうと元気に走り出す。


「信也、危ないから走らないの!」


後ろからお母さんの注意の声が聞こえてきたが、信也は足をとめることも、進むスピードをゆるめようともしなかった。ただただこれから見る星のことが楽しみで仕方がなかったのだ。


「はあ、はあ…」


まだまだ幼い信也のこと、丘につく頃には、すっかり息があがっていた。しかし、その瞳の輝きだけは失うことはなく、しばらくからだを折って息をととのえていたが、しばらくすると、首を空へと向けた。


「あ、れ…?」


星が、見えない。目をなんどもしぱしぱと瞬かせるが、変化はない。

もしかしたら、星が小さすぎて――正確には星から遠すぎて、だが――見えないのかもしれない、とあらかじめ持ってきておいた双眼鏡を目にあててもう一度空を見上げるが、やはり見えない。


「なんで…?」


もしかしたら、今日の天気が悪いからかもしれない、などとあわい希望を抱いてみる信也であったが、あいにく今日は雲ひとつない快晴であった。


「信也…」


いつのまにか、信也の後ろにはお母さんが立っていた。後ろを振り向かないでも、どんな表情をしているのかなんて、すぐにわかる。お母さんが滅多にすることのない、悲しそうな表情だ。

信也は、後ろからお母さんに強く抱きしめられた。別にお母さんが悪いわけではないのに、お母さんは謝る。


「ごめんね、もう遅いから帰りましょう。」


帰らなければいけないことをお母さんは謝ってるわけではない。星が見えないことを、お母さんは信也に謝っているのだ。


「うん。・・・ねえお母さん、明日はみえるかなあ、星。」


うつむく信也の言葉に、お母さんはただなにも言わずに、信也の手を引っ張って家の方向へと歩き始める。無理矢理につないだ信也の手は、お母さんの手に細かな震えを伝えていた。











次の日も、次の日も、信也は星をさがしに外へとでかけていった。雨、雪、風…。どんな日だって、信也には関係なかった。そう、たとえ台風であったとしても。

その日から一年、信也は毎日見えない星をさがし続けていた。365日間、信也はなにがあってもけして星をさがすことはやめなかったのだが、信也の目に星が映ることは一度もなかった。

1年経って、信也はあきらめてのだろうか。もう以前のように星を毎日さがすことはなくなった。そうして、いつの日か信也は星をさがすことを完全にやめてしまったのだった。











それが、純粋だった信也が消えてしまった話だ。

ただ、信也はある日を境に、という風に急にかわってしまったわけではなく、徐々に大人びた考えを持つようになっていた。それは、信也が中学生や高校生などという年だったら違和感などまったく感じなかっただろう。しかし、信也はまだ小学校4年生なのだ。だから、まだまだ幼い信也が、もう大人びた考えを持ってしまっているということは、少し淋しい。


「寝よう。」


寝坊などをしてはお母さんに迷惑がかかる、といつの日にか信也は思うようになっていた。それは、一般的に見ればとても素晴らしいことなのであろう。しかし、もう少し甘えてほしい、と思うのが親ではないだろうか。手のかかる子ほど可愛い、ともいうではないか。だから、だ。

まっすぐ天井を向き、肩まできちっと毛布をかけると、信也はいつになく短い時間で眠りへと落ちていったのである。











星だ。辺り一面の星。

信也はぱちぱちまばたきをして、今にも手が届きそうな星へ向かって手を伸ばす。しかし、当然その手が星にとどくわけがない。だが、信也にはそんなことは関係ない。だって、今信也はとても興奮していたのだから。なぜかなんて訊く必要もない。今までずっと見たいと願っていた星があるのだから。今、ここに。ああ、なんと素晴らしいことだろう。

ごろりと寝そべっていたからだをおこし、立ち上がる。そこは、どこまでも続きそうな草むらだった。


「わあ…!」


今までずっとあこがれていた星に、草むら。信也は心をおどらせた。

そして、辺りを見回すと、ひとりの人が信也の目に入った。


「…お母さんだ。」


そう、そこにはお母さんもいたのだ。それも、今のようななんだか冷たい感じではなく、昔のままの温かい笑顔を持って。


「お母さん、星だよ、星。」


いつになくはしゃぐ信也。ああ、こんなこともう何年ぶりだろう。なんて懐かしい。











そこはただ、幸せな世界だった。











ただ、所詮夢は夢。目を覚ました信也がいちばんにしたこと。それは、ため息をつくことであった。夢とはまったく違う、このつまらない日常に。

こうしてまた、信也のつまらない一日が始まるのである。











それから、2年が経過して、信也もとうとう6年生になった。しかし、いまだ信也の心はかわらず。ただ、星を見たいと願い、ただ、このつまらない日常から逃げ出したいと願っていた。











その日はなんの変哲もない日で、ただちょっと空には雲がかかっていてじめじめとしていただけ。本当に、それだけだった。

前日に学校でなにかがあったというわけでもなく、信也だって学校に行きたくないなどまったく思っていなかった。それなのにどういうことか、信也はその日、初めて学校をサボったのだった。

いつものようにランドセルを背負って家を出た信也が向かったのは、背の高いビルに囲まれ、窮屈そうにしている小さな小さな公園だった。そこは、信也が今よりももっと幼い頃によく遊んだ場所であり、実は、信也しか知らない、信也だけのの秘密基地があるのだ。まあ、今の信也がそこに隠れられるかどうかはわからないが。まあ、たとえ信也がそこに隠れられなかったとしても、もとよりその公園のそばをとおる人は少ないので、誰かに見つかるという心配は少ない。あそこだったらきっと大丈夫だ。そんな思いで、信也は懐かしい公園へと足を向けたのである。

遊具もろくにないようなその公園を、なぜ信也は好きになったのだろうか。それは、公園の中央に堂々と立っている木のおかげだった。その木はいつからあるのかはわからないが、信也が大人が3人がかりで両手をのばしたらようやくとどくくらいにとても幹が太く、夏になるとその大きく広げた枝いっぱいに葉が生い茂り、ほどよく日光を遮断してくれるのであった。

そんな立派な木の幹の下のほうに一つ、子供だったらすっぽりと入りこんでしまうような大きいうろがあるのだ。そう、そこが信也の言う"秘密基地"なのである。

しかし、信也には一つ心配なことがあった。それは、もしかしたらその公園がなくなっているかもしれないということ。なぜなら、その公園に来る人は極少数であり、まわりにはビルが立ち並んでいるので、その公園も同じようにビルにしてしまったらいいのではないか、という話を信也はどこかで耳にしたのだ。ああ、きっとその時だ。深夜がさらに東京が嫌いになったのは。


「ある…よね。」


ぽつん、と自信がなさそうに信也は呟き、胸に不安を抱いたまま、公園に向かって、うつむきながらただひたすらに歩き続けた。ほら、もうすぐあの木が見えてくる頃だ、と信也は足をとめる。しかし、もし公園がなかったらどうしよう、と信也は顔をあげることができずうつむいていた。そのまま1歩、2歩とまるでロボットのようにぎこちなく歩をすすめる。そして、ようやく意を決して顔をあげた信也の目に――、木は映った。信也が幼い頃と寸分の違いもないその木が、公園の中央に堂々と胸を張って立っていたのだ。信也は思わず顔をほころばせる。そして、ほんの少しだけ、東京も悪くない、と思ったのであった。

ぽいっとランドセルを小さな木でできたベンチの後ろの茂みに投げ込み、信也は木に向かって走り出す。といっても、その公園自体が狭いので、そう走る距離はなくあっという間に着いてしまったのだが。そして、その丁度今信也のいる場所の反対側、信也が大好きだった大きなうろが、かわらずそこにあったのだ。信也は実に嬉しそうに笑った。

よいしょ、とあの頃に比べて随分と重くなったからだを持ち上げ、信也はうろに足をかける。しかし、それがそんなに大変なことなわけではない。信也は体重も増えたが、身長も増えているのだから。

あの頃はまだまだ小さくて、なにか台のかわりになるようなものがなければうろに足をかけることすら叶わなかった信也だったが、今はもうそんなものは必要ない。あの頃は随分ちいさかったんだなあ、と信也は実感した。そして、からだが成長した信也にとって、うろはあの頃よりも随分小さく感じられた。あたりまえだろう、うろは成長などしないのだから。しかし、信也はなんとか入ることができ、とても安心したのであった。

しばらくそのままうろの中で、辺りをみまわしたり、だんだんとにぎやかになっていく外の音を聞いていた信也だったが、懐かしいうろは、信也にとってとても安心のできる場所だったのだろう。信也はそのうろの中で、ゆるやかに、しかし夢を見ることさえもゆるされることのない、深い深い眠りへと落ちていったのである。











信也が目を覚ますと、そこはなんだかまぶしくて、眠りから覚めたものの、目をあけることはできなかった。


…あれ?昨日、電気つけたまま眠っちゃったっけ?


信也はおぼろげな頭でそんなことを思ったが、急にはっ、と思い出した。


そうか、ここはあのうろの中だ。ああ、僕いつのまにか眠っちゃって…。


今は何時くらいだろう、と信也は思ったが、この公園に時計はなく、外に出るか、太陽の位置から時間を求めるかしか時間を知る方法はない。太陽の位置から時間を求める方法なんてずっと東京で便利な暮らしをしていた信也が知るはずもなく、信也は外にでて時間を知ろう、とうろのふちに手をかけ、思いきりとびだそうとした――が。ぬけない。うろいっぱいにつめられた信也のからだは、うろから綺麗にすっぽりと抜けるなんてことはなかった。

しばらくうんうんと一生懸命からだをひねって、抜け出そうとする信也だったが、いくらがんばってもやはり抜けない。このままがむしゃらにやっていてもダメだ、と信也は悟り、少し落ち着いて抜け出す方法を考えてみるこしにした。

そして考えること十数分。信也は、まず頭を外に出し、次に右肩、左肩と肩を片方ずつ出し、その後はゆっくりときにそって頭を下におりてゆく。地面に手がつくくらいまでおりたら、地面に手をついてからだを支え、足をうろからだしたら完璧だ。信也は思い、すぐにそれを実行した。

頭をうろからだし、右肩、左肩、と慎重にうろの外へとだしていく。そして、いちばん難しいかと思われた肩がうまくとおった。あとは、このままゆっくりと身をのりだしていって、地面に手をついて足をおろすだけ、楽勝だ。信也は少し気を抜いてほほえんだ。すると――、ドサッというなにかが落ちる音。続いて「うわああっ!」という信也の悲鳴。そう、信也は少し、ほんの一瞬だけ気を抜いてしまったせいで、木のうろから頭を下に、まっさかさまに落ちていってしまったのだ。幸い、木のうろから地面までの距離はそんなに長くはなく、木の下に無数に生えている雑草のおかげで、ずいぶん衝撃がへったのだが。


「いったあ…」


信也は顔をしかめて、頭をおさえた。こんなふうに痛みを感じるのは、ずいぶんと懐かしいような気がする。

ふと、信也は仰向けに倒れた状態のまま、横を向いてみた。信也の目には、先刻随分と衝撃を和らげてくれた背の低い雑草の先に咲く、小さいけれど、とても明るい黄色をした花が映る。反対をむいても同じ景色が映ることに、信也はにっこりと笑みをもらした。

再び顔をまっすぐに戻し、見えたもの。それは、信也の嫌いなにごった東京の空なんかではなく、幼いころの信也がずっと見ていた、真っ青に澄んだ空であった。


「空…。」


いつのまにか僕は、自分で目を閉じてしまっていたのかもしれない。いつもいつも、東京は嫌だ、としか思ってなかった。少しも、東京のいいところを見つけようとだなんてしなくて、もしかしたら、僕は無意識のうちに、わざわざ東京の悪いところを見つけようとしていたのかもしれないんだ。だから、本当の東京に気付けなかった…?だとしたら…


本当の東京の姿というものを見つけだすべく、信也は服についた泥もそのままに、公園から走り去っていった。











信也は走った。どこへなんてわからない。ただ、体力の続くかぎり走り続けたのだ。そして、たどり着いたところ。そこは、信也のまったく知らない場所であった。緑色のフェンスの向こうには、終わりの見えない線路がひかれ、昔は活発にはたらいていたのだと思われる電車が、今は少しくたびれた感じで、線路の上にたたずんでいる。そして…


「せーんろーはつーづくーよー どーこまーでーもー…」


幼稚園の子だろうか、頭には黄色い帽子をかぶって、なかよく手をつないだ3人の子供たちが、それこそ本当にどこまでも続いてそうな線路の横の小道を歩きながら、そんな歌を歌っている。

そして、その横ではその子たちの親であろうと思われる3人の女性が、やさしい顔でこどもたちを見守っていた。

ああ、なんてほほえましい光景なんだろう。


信也は、今日はじめて自分のあやまちに気付いた。それは、


「僕は東京が嫌いなんじゃない。僕が嫌いなのは、僕自身だ」


ということ。

そう思うと、なんだか信也は急にわらいだしてしまった。


「あはははっ!」


どう思われようとかまわない。僕は僕自身だし、なにもつくることはないじゃないか。今までの僕は、なんて馬鹿だったんだろう。


「せーんろーはつーづくーよー どーこまーでーもー…」


本当だ。線路はどこまでも続く。そう、君が願うなら。そう、君がずっとそう思い続けるのなら。

だから、僕がいつもでも願い続ければ、星は見える。僕がずっとそう思い、信じ続けるのなら、星が見えないはずはない。確かに、目では見えないかもしれない。でも、確かに星はあるよ。きっと。











人間って不思議だね。見方ひとつで、人生すべてがかわってきちゃう。

それでね、今まで僕はもの凄く馬鹿な見方をしてたんだ。

だからね、僕は、君たちにはそんな風になってほしくないな。

自分の道を貫いて。

格好悪くてもいいと僕は思うな。

だって、今までひとりで精一杯「東京」というものを否定していた僕のほうが、数倍格好悪いしね。

ほらね、今、僕には星が見えた。

きっと、僕にはいつまでも見えるよ。

大人になっても、ずっと、この思いを変える気はないからさ!



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