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ちゃんとかぞえてたね

作者: 月白ふゆ
掲載日:2026/08/23

午前2時17分。


隣の部屋から、小さな音がした。


コトン。


何かを床に置いたような音だった。


築30年の安アパートだから、隣の生活音くらい珍しくもない。くしゃみもテレビも、電子レンジの終了音も聞こえる。


隣に住んでいるのは若い男だ。階段ですれ違えば会釈する程度で、話したことはほとんどない。


俺はスマホを見た。


明日は仕事だ。こんな時間まで何をしているんだと思いながら、もう一度目を閉じる。


コトン。


しばらくして、また鳴った。


今度は少し間を置いて、


コトン、コトン。


規則的ではない。


だから余計に気になった。


寝返りを打って壁に背を向ける。それでも音は続いた。近くなったわけでも、大きくなったわけでもない。


ただ、一定しない間隔で何度も鳴る。


コトン。


コトン。


コトン。


「……うるせえな」


小さく呟いた、その直後だった。


コン。


音が変わった。


硬いものが壁に当たったような音。


俺は目を開ける。


コン。


今度ははっきり、隣室との境の壁から聞こえた。


コン。


すぐ横だ。


身体を起こして壁を見ると、音は止まった。


しん、と静かになる。


冷蔵庫の低い唸りだけが残った。


聞こえたのかもしれない。壁が薄いのだから、向こうにも俺の声は届いている。


そう思って枕へ頭を戻した。


コン。


耳元で鳴った。


飛び起きる。


もちろん、そこには壁しかない。


コン、コン。


二度。


そして、壁の向こうから女の声がした。


「……もしもし」


隣は男の一人暮らしだ。


彼女でも来ているのか。


そう考えたが、女の声は妙に小さかった。まるで壁に口をつけて喋っているような近さだった。


俺は答えない。


コン。


「音、数えてました?」


腕に鳥肌が立った。


理由は分からない。ただ、返事をしてはいけないと思った。


スマホを手に取る。


警察を呼ぶべきか迷っている間にも、壁は鳴った。


コン、コン、コン。


「今、3回」


コン、コン。


「2回」


少し遠くから、


コトン。


「1回」


そこで気づいた。


最初に聞こえた音は、隣室の奥だった。


それが少しずつ壁際へ来て、今は俺のすぐ横にいる。


コトン。


今度は、ずっと遠い。


女が言った。


「玄関」


何を言っているのか分からなかった。


数秒後。


コトン。


アパートの階段の方から聞こえた。


「階段」


コトン。


廊下。


「廊下」


そして、


コトン。


俺の玄関のすぐ外。


「玄関」


心臓がうるさい。


女は笑わない。


ただ、音がした場所だけを淡々と読み上げている。


俺は玄関の鍵を見た。ちゃんとかかっている。チェーンもある。


その瞬間、


カチ。


サムターンが動いた。


外からではない。


俺の部屋側のつまみが、誰も触れていないのにほんの少し回っていた。


カチ。


また動く。


俺は飛びついて押さえた。


「やめろ!」


思わず叫ぶと、音も動きもぴたりと止まった。


息を殺したまま、サムターンを握り続ける。


その時、隣の部屋から男の声がした。


「すみません! 聞こえますか!」


隣人だった。


「警察呼んでください!」


声が震えている。


俺は壁へ向かって叫んだ。


「どうした!」


「女がいます! 部屋の中に!」


一瞬、意味が分からなかった。


背筋が冷える。


「いつ入ったんだよ!」


返事はなかった。


代わりに、


コン。


隣の壁が鳴った。


コン。


もう一度。


それから、隣人が泣きそうな声で言った。


「違う」


コン。


「壁じゃない」


短い沈黙。


「俺の後ろから聞こえる」


ドン、と重いものが倒れる音がした。


それきり、隣は静かになった。


俺はすぐに警察へ電話した。住所と部屋番号を伝え、隣室から悲鳴のような声がしたことも説明する。


通話を切って、玄関前に座り込んだ。


警察が来る。


それまで待てばいい。


そう思った直後、


ピンポーン。


インターホンが鳴った。


「警察です」


助かった。


立ち上がりかけて、止まる。


スマホを見る。


通報してから、まだ3分も経っていない。


ピンポーン。


「警察です。開けてください」


玄関の向こうから男の声。


俺は息を殺した。


すると遠く、階段の下から別の男の声が響いた。


「警察です! 通報された方!」


本物だ。


じゃあ、玄関の向こうにいるのは誰だ。


急に静かになった。


俺は玄関から後ずさる。


しばらくして、


コトン。


ドアの外で鳴った。


次は、


コトン。


靴箱の前。


もう部屋の中だ。


コトン。


廊下。


一歩ずつ近づいてくる。


コトン。


もう一歩。


俺は振り返れなかった。


最後に、耳のすぐ後ろで、


コトン。


女が囁いた。


「ちゃんと数えてたね」


そして今度は、


俺の口の中から、


コン。


と音がした。

夜中に、音だけで怖いやつを書きたくなりまして。


たぶんこういうの、実際に聞こえたらめちゃくちゃ嫌です。


なお私は、数えると思います。

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― 新着の感想 ―
こっわ!チビるわこんなん⋯(と言いつつ心霊体験はしたことがないタイプ) 私の場合は数えることができなそうですね。ビビり散らかって発狂してそう。 ところで誰だったんでしょうねこの女の人(?)。 隣人の…
迫ってくる感じが不気味で怖かったです。読ませていただき、有り難うございました。
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