巴図魯をビジネスパートナーにした市役所員の憂鬱
画像作成の際には、「AIイラストくん」と「Ainova AI」と「Gemini AI」を使用させて頂きました。
堺市役所の市民課戸籍係に係長として勤務している私に地域振興課への出向が命じられたのは、元化26年度が始まってまだ日も浅い時期の事だった。
「吹田君、今度の市民講演会では中華王朝の要人を講師として招聘させて頂いたのは君も知っているね。今回の講演会には多文化共生の意味合いもあるのだが、外国籍住民の登録や手続きに詳しい市民課の君ならばアドバイザー役としても活躍出来ると思うのだよ。是非とも受けて頂きたいのだが…」
市民課を統括する市民人権局長による直々の辞令となれば無碍にする訳にはいかないし、自身の職能を見込まれてとなれば自ずと意欲が湧いてくるというものだ。
「承知しました、局長。この吹田陽太郎、御期待に添えますよう最善を尽くす次第です。」
だがこの時の私は、この選択肢がどのような事に繋がるのかを本当の意味では理解出来ていなかったのだろう。
打ち合わせ当日、私は早々に度肝を抜かされたよ。
「堺市役所の皆様方、御招き頂き感謝致します。私は中華王朝の愛新覚羅麗蘭第一王女殿下より巴図魯の官爵を賜りし吹田千里と申す者で御座います。こちらは臨時秘書の咲洲舞中尉、並びに相談役の生駒英里奈少佐で御座います。此度の市民講演会は日中友好の新時代を築く布石となる事業で御座います故に、緊密な連携が必要不可欠と存じますれば…」
緑色の生地に金色の刺繍が施された仕立ての良い旗袍に、洗練された拱手礼。
それは中華王朝の準貴族である巴図魯の爵位に相応しい高貴さであり、理知的な臨時秘書と相談役である和装の伯爵令嬢を左右に随伴させるに足る貫禄と風格を備えていた。
だがそれが十七年間育ててきた我が娘であると考えると、どうしても理解が追い付かないのだった。
「今回の講演会におきましては、巴図魯という中華王朝より賜った爵位と公安職として為すべき責務を如何にして合致させてより良い安全保障体制の構築に繋げていくかを、地域貢献という視点も踏まえて論じていきたいと考えております。御存知の通り、安全保障は市民の幸福実現とクオリティ・オブ・ライフ向上の為に不可欠なファクターで御座いますからね。」
巴図魯殿より提示された講演の草案の大意は大いに共感出来る物だったし、娘の千里が国際治安維持組織の人類防衛機構で少佐階級の特命遊撃士として勤務しているのもキチンと理解している。
そして娘が軍務の過程で中華王朝の愛新覚羅麗蘭第一王女殿下の影武者を務めてテロ組織の殲滅に多大な貢献をした事を評価され、中華王朝の準貴族である巴図魯の爵位を叙勲した事も事実としては理解しているつもりだった。
だが娘が家族や公安職の公務員としてではなく、豪華な旗袍と清朝式の化粧を施した中華王朝の貴人として来庁して、しかも綿密に練り上げられた草案を携えて講演会の打ち合わせを行うとは。
頭で理解は出来ていても、心の整理が追い付かないのだった。
「兵庫県の神戸南京町や大阪府の島之内のような中華街とまではいきませんが、国際都市である堺市内には中華圏にルーツを持つ人々が少なからず住まいを構えていらっしゃいますからね。此度の講演会が、そうした堺市内に在住する中華圏出身者との多文化共生の一助となればと考えております。」
「お…仰る通りで御座います、巴図魯殿。多文化共生による持続可能な社会の構築。それは我が堺市と致しましても、理想とする都市計画で御座います。」
娘の栄達は誇らしくて喜ばしい限りではあったが、このように完璧な論理を展開し専門用語を見事に使いこなす公人として相対する事になるとは、何とも複雑な気分にさせられてしまう。
そんな私の心理的な緊張や困惑は、娘にも伝わっていたのだろう。
何度目かの打ち合わせの翌日、千里はスーツケースに必需品を詰めて勤務先である人類防衛機構の支局の宿直室に仮住まいをするようになったんだ。
「この際だから、市民講演会が終わるまでは物理的に公私を分けてしまおうと思ってね。その方がお父さんも気が楽じゃない?」
講演会という業務の円滑化と、ビジネスパートナーである私の精神衛生への配慮。
それらの両立させる為の、あまりにも賢明で合理的な判断と言えるだろうな。
それが功を奏し、娘の初の政治活動とも言える市民講演会は大成功を収めたのだった。
壇上の上で朗々と日中友好と安全保障の展望を語る千里の姿は我が娘とは思えない程に堂々としており、「もう父親として出来る事は、今の自分にはあまりないのかも知れない…」と思わずにはいられなかった。
だからこそ、講演会の事後処理を終えた千里が実家に戻ってきた時には色んな意味でホッとしたものだよ。
「今回は支局で連泊出来たから良かったけど、毎回あんな芸当が出来る訳じゃないんだよ。宿直室は元々、勤務の疲れを癒す為の仮眠や連勤の時の為にあるんだからね。」
「悪かったよ、千里。これからはお父さんも、千里を見習って公私の切り替えに慣れないとなぁ…」
どうやら娘は私以上に己の職務に忠実であり、私など足元に及ばない程に公人として自己管理が完璧なのだろう。
父親として娘を支えるとまではいかなくとも、娘の足を引っ張らないように頑張らなければなぁ…





