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第九話 順調な……はずの旅路 へようこそ

 冒険二日目の朝、目が覚めたエルは体調を確認した。昨夜は早めに眠りについたおかげか、体の調子は良く頭もスッキリしている。


 朝といっても外はまだ薄暗い夜明け前の時刻だが、早起きのフリムはすでに朝食の準備をしている。

「今日はこのハーブを試してみよう。」

 自慢のハーブを使っているのかいい香りがする。


「みんなに旅の神の加護があらんことを……。」

 カナンもすでに身なりを整え、太陽の昇る方角へ毎朝日課の祈りを捧げている。


「あっエル、起きたんだ。もうすぐできるから食器を並べておいて。」

「おはよう、エル。」

 フリムとカナンが、起きてきたエルへ声をかける。


「おはよう、二人とも。よく眠れたか?」

「うん、バッチリだよ。見て、この張りのある筋肉。昨日より仕上がってるでしょ。」

 フリムが朝から暑苦しい筋肉を見せつけてくる。

「私もよく眠れたよ。これもフリムのおかげだね。」

 フリムの真似をして力こぶを作るカナン。

 確かに、眠る前にぐっすり眠れるハーブ茶を煎れてくれたおかげだろう。


 昨日ガルーガと遭遇して以来、ずっと緊張状態が続いていた。休憩小屋で安全に過ごすことができ、幾分か余裕が出てきたが、不安は残る。


「今日は油断しないように頑張ろうね!」

 不安を隠すように声を張るフリム。

「ああ、任せろ。絶対守ってやる!!」

 エルは拳を突き出し、強く握る。


「みんなの力で、困難を乗り越えようね。」

 みんなの力を強調するカナンに、強張っていた二人の緊張が、少しだけ解けた。


 フリムの用意した朝食を食べ終えると、ちょうど夜の帳が明け、朝日が顔を出していた。


「出発の時間だ……。」


 健康ハーブ茶を飲み干し、休憩小屋を出た。

 

 小屋の周りにモンスターの姿は見えない。

 太陽は顔を出したが、夜のひんやりとした空気が残っている。


「まだ少し肌寒いね。」

 警戒するあまりか、無言で歩いていることに気付いたフリムが、雰囲気を変えようと声をかける。


「そうだな、夜はだいぶ冷えたようだ。カナンは平気か?」

「平気だよ。ローブも羽織ってるし、ルミが入ってるところが温かいから。」


 ルミ、便利だなとツッコもうとした、その時、視界の片隅で草原に生い茂る草が不自然に揺れた。


 エルが合図を送る。

 三人は歩みを止め、武器を構える。


 大丈夫だ、会話をしながらでも警戒は怠っていなかった。昨日の失敗は活かせている。


 茂みの揺れが徐々に近づいてくる。何かいるのは間違いない。こんな所に村人は期待できない……姿を現したのはトンクが二体。

 食料豊富な地域のせいか、都市間に現れる個体より良いガタイをしている。


「立派に育ちやがって。」

 エルが前面に立ち、すでに魔法の詠唱を終えたカナンが、エルに防御魔法を施す。


「汚れ無き帳よ、守り人に光の加護を。」

「ルミナス・ヴェール。」


 淡い光がエルを包む。

 カナンがエルとの模擬戦で使った防御魔法だ。


「後ろの注意とサポートは任せて。」

 フリムが後方の警戒を怠らない。


 一体のトンクがこちらに気付き突進してくる。遅れて二体目も突進。


 フリムがいつの間にか拾っていた拳大の石をトンクめがけて投石。自慢の筋肉から繰り出される投石は見事なものだった。

 突っ込んでくるトンクの一体目のすぐ横を通り、二体目に命中!大型のトンクもたまらず突進が緩む。


「よっし、命中!」

「ナイスフリム!!」


 構わず突進してくるもう一体のトンクに、今度はエルが盾スキルを発動。


 ルミナス・ヴェールに盾スキルの防御バフ重ねがけ!大型とはいえトンク相手にやり過ぎた防御は凶器と化した。


 ドグシッ!!


 エルの構える盾に勢いのまま激突したトンク。あれだけの衝撃にも、エルは微動だにしない。トンクの額は割れ血が流れ出しその場に倒れた。


 もう一体のトンクも態勢を立て直し向かってくる。


「任せて……。」


 カナンが攻撃魔法で迎え撃つよりも速く前に出たフリム。後方に敵がいないことを確認し動いた。


 カナンは詠唱に入るのを止め、すぐに後方支援に回る。経験の浅い二人に任せる判断をした。


 突進スピードの乗り切らないトンクを正面から捕らえると、そのまま太い首にムキムキの二の腕を回す。


 フリムの筋肉がミチミチと音を立ててトンクの首に食い込んでいく。普通の冒険者は、トンクの分厚い脂肪に覆われた首回りを締め上げるなんて芸当はできない。フリム自慢の筋肉がそれを可能にした。


「この……いい加減大人しくなれ!」


 さらに筋肉に力を込めるフリム。

 必死に振りほどこうと四肢をバタつかせていたトンクも、次第に力尽き物言わぬ肉塊となった。


 ……完勝!!


「よし、誰も怪我はしていないな。」

 他にモンスターがいないことを確認し仲間の状態を確かめるエル。


「いてて、少し擦りむいちゃったよ。まあ、この程度なら癒しのハーブですぐ治るけどね。」

 肉弾戦に持ち込んだフリムが腕をさすっている。


「慎重になりすぎた部分もあったけど、上手くいったね。」

 カナンは、状況を冷静に判断し、魔法を温存できた自分に満足していた。


 昨日のガルーガ戦とは難易度は違うが、本来の能力からするとこれぐらいは出来て当たり前なのだが、経験の乏しいエルとフリムは初めて冒険者らしく戦い勝利できた。


「よし、この調子で警戒を怠らず進もう。」

「あっ、ちょっとだけ待って。」

 先を急ごうとするエルに、フリムが制止をかける。


「トンクのお肉を持っていこう。持ち帰れば売れるし、食べても美味しいし。」

「今回は先を急ぐし全部持っていけないから、勿体ないけど食べる分だけ切り分けるね。」


 フリムは携帯していたナイフで手際良く捌き始めた。


 近くで見るモンスターの解体に、カナンは生命に対する感謝の祈りを捧げた。



 不安材料だった戦闘を、問題なくこなせたことで、順調に歩を進める。


「防御魔法と盾スキルの防御バフ重ねがけはやり過ぎだったね。どっちかだけで良かったんじゃない。」

「そうだな、たぶんオレの盾スキルだけでトンクの突進程度なら防げた。」

「それなら、防御魔法はフリムか私自身にかけた方が良さそうだね。」


 完勝とはいえ相手はトンク。突進さえ気をつければ勝てる。ガルーガのような、獲物を狩りにくる動きをみせるモンスターを想定して、最善を模索していくことも忘れない。


 昼前に到着した休憩小屋までにいくつかの戦闘をこなした。トンクの他にスライムや、昆虫型のモンスター[ガービー]、いずれも単体で現れたため、良い経験となった。


 休憩小屋で少し早い昼食を取る。朝の出発が早かったので、カナンのお腹が限界を迎えていた。


 昼食には先程手に入れたトンク肉を使う。

出発前に仕入れた自慢のハーブも使い、『トンク肉のハーブ焼き』だ。


「現地で調達したもので食事を取る……オレたち冒険してるなぁ。」

 エルが緊張感の欠片もない顔をして言う。


「これからもいろんな食材集めて作るから、沢山毒味してね。」

「毒味かよ!」


 戦闘から解放されいつもの調子で食事を楽しむ。


「スイーツも食べられるかな。」

 カナンは甘いものが欲しいらしい。


「あるよ。」

「じゃじゃん、『フリム特製スライムゼリー』」

「!!!!?」


「食えんのかよ!」

 流石に突っ込むエル。


「冒険者は非常時に水分補給にもなるから食べるようだし、ちゃんとハーブを使って臭みも消したし、調理場に砂糖なんかもあったから作ってみた。」


「非常時って、大丈夫なのか。止めた方がいいぞ、カナン。」


 エルが注意するが、時すでに遅し。

 カナンの好奇心と甘い物への欲求は冷静な判断を奪っていた。


 パクリ……。


「……!!美味し……。」

 言いかけて止まるカナン。

「……まじゅい…。」


 普段からは想像つかない、見てはいけない顔をしていた……余程マズかったのだろう。


「だから止めとけって言ったのに。」

「お前も味見してないのかよ。」


「してないよ。僕、甘いもの苦手だし。」


 さらりと言ってのける親友に、こいつの作るスイーツだけは食うまいと誓うエルだった。


 ちょっとしたハプニングはあったが、しっかり補給できた三人は、今日の目標である次の休憩小屋を目指し旅を再開する。


「ここから先は草原を抜けて、しばらく岩場だ。岩に擬態したモンスター[ロックス]に注意しないとな。」

 頭に叩き込んだ情報をエルは二人に伝えた。


「大人しいモンスターだから、こっちから手を出さなければ問題ないんだよね?」

「そのようだな。ただ、岩と見分けがつかないから、むやみに触れないように。」

 ロックスの情報を再確認するフリムとエル。


「あと、[コモドーラ]だ。大型のトカゲで、火を噴く厄介なヤツ。動きは鈍いらしいから、遭遇したら逃げる!」

「了解!!」


「他に注意しないといけないモンスターは……[ガラコブ]と[ソルド]だな。ヘビとサソリ型のモンスターで、毒を持ってる。以前、尻をやられた奴を見たが、腫れ上がり悲惨だったな。」

「一応、毒消しの効果があるハーブは用意してきたよ。」

 薬師スキル持ちのフリムが使うハーブなら、効果抜群だろう。



「……。」

「カナン、大丈夫か?」

 さっきから、会話に参加せず、横で難しい顔をして、無言で歩いている彼女に声をかける。


「あ~んっんん、まだ口の中が変な気がする。」

 昼間のフリム特製スライムゼリーが尾を引いているらしい。


 それを聞いて、当のフリムは誤魔化すように、吹けない口笛を吹く。


「こんな調子で大丈夫かよ。休憩後で気が緩んでないか?」


(……こいつら、本当に大丈夫か?)

 少し不安になるエルだった。

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