第3話 情報に振り回されるな
放課後の教室。
ミーティングが終わったあとも、楓はなんとなく落ち着かず、机に突っ伏していた。
そこへ、缶コーヒーを片手にした燿がやってくる。
「なぁ楓。この前、‟シエラを調べる”って話したやろ?」
「……うん」
「“調べる”ために使うんが――『用間』や」
「……ようかん? 甘いやつ」
「そうそう、それで熱い茶を一杯って……なんでやねん!」
机を軽く叩きながら、燿がツッコむ。
「用間とは、スパイのことや」
燿は、もったいぶるように人差し指を立てた。
「孫子曰く、『三軍の事、間より親しきは莫し』
――組織の中で一番大切にすべきなのは、スパイ(情報)や。恋愛も同じやで」
「とりあえず、eスポーツコースの知り合いとか、ネットとか……
そこから徹底的に調べるんや」
楓は思わず息をのむ。
(スパイ……? そんな大げさな……)
でも、刀磨を取られたくない気持ちは、確かに胸の奥で疼いていた。
「情報は、恋愛でもめっちゃ大事やで。
ほな、情報戦の開幕や」
燿がニヤリと笑う。
***
その夜。
楓は自室でスマホを握りしめ、シエラのSNSを開いた。
(……フォロワー、多っ)
画面には、海外の友達と写る写真。
"CGTA"――CG Technologies Academy のロゴ入りスタジオ。
子どもの頃からの作品がずらりと並んでいる。
(うちが専門学校で必死に学んでる間に……
シエラは、ずっと“本物の現場”におったんや……)
胸がじわりと痛む。
***
翌日。
楓は、eスポーツコースの廊下で、さりげなく声をかける。
「城之内シエラって、すごいんだって?」
返ってくる答えは、どれも似ていた。
「アカデミーの成績トップやったらしい」
「授業簡単すぎるって、いつもゲームしてる。腕前プロ級やで」
楓の心は、どんどん沈んでいく。
(うち……勝てるとこ、ひとつもないやん……)
さらに追い打ちをかける情報があった。
アカデミーのホームページ。
「国際創作ゲームコンテスト優勝」の写真に、シエラが写っていた。
(ほんまに……すごい子なんや……)
楓はスマホを握る手が震えるのを感じた。
***
放課後。
燿が、何気ない口調で爆弾を落とす。
「刀磨が留学に誘われとった話やけど」
「……うん」
「アレな、CGテクノロジーズのアカデミーやったらしいで」
楓は固まった。
(え……?
刀磨が行くはずやった場所……
シエラが育った場所……?)
高校のとき、刀磨がアカデミーのポスターをじっと見ていた姿が蘇る。
――うちは、こんなところ逆立ちしても入れへんわ。
その横で、さみしく笑った自分。
まさか刀磨は、そこから誘われていたなんて。
胸がぎゅっと締めつけられる。
燿はさらに続ける。
「しかもな、シエラ……刀磨が“留学蹴った”って聞いて、興味持ったらしい」
「……興味?」
「せや。“自分のとこのアカデミーを蹴るなんて、どんな奴なん?”ってな。
それで、わざわざ2年から編入してきたんや」
(刀磨にふさわしいのは……シエラなんや……)
***
教室の窓から外を眺める。
夕焼けの色がやけに滲んで見える。
(シエラは才能もあって、環境もあって、
刀磨のことも理解してて……弱点なんて、どこにもないやん)
――うちが、勝てるわけない。
そのとき、背後から燿の声がした。
「なぁ楓。あんたが集めた情報って、全部“クリエイターとしての話”やろ」
楓は顔を上げる。
「恋愛とは、関係ないのとちゃうか?
例えば、この写真……よう見てみ」
シエラのインスタ。
ゲームコンテストでの受賞写真を指さす。
「周りのみんな、笑ってへんやろ。
何でやろな?」
楓は、その写真をまじまじと見返した。
シエラの周りのメンバーたちは、どこか冷めた、あるいは疲弊したような顔をしている。
「用間の本質は“情報の見極め”や。
変な情報に振り回されたらあかんで」
(情報戦は、まだ終わっていない)
楓は、口元をきゅっと結んだ。




