第2話 恋の攻防が始まる
チーム初回のミーティングは、放課後の打ち合わせスペースで行われた。
中央に置かれたホワイトボードの前に立ち、燿がマーカーを握る。
「ほな、改めて説明するで」
燿のテンションは、妙に高い。
(嫌な予感しかしない)
楓は、ぼそっと呟く。
「うちの企画『信玄の野望』は、ただの戦国シミュゲーやない」
ホワイトボードに、大きくタイトルを書く。
「武田信玄が愛した“孫子の兵法”をな、ゲームで学べる教育ソフトや!」
燿が鼻孔を膨らませた。
楓は正直、何を言っているのか分からなかった。
戦国時代も、信玄も、孫子も。
どれも、歴史の授業で名前を聞いたことがある、くらいの知識しかない。
(なんか……すごそうやけど)
同時に、少しだけ不安になる。
(うち、ついていけるんかな……)
その空気を切るように、シエラが食い気味に口を挟んだ。
「それ、知ってる!」
流暢な日本語で、弾んだ声。
「ビル・ゲイツも孫子を愛読してるって聞いたわ。
ダディの会社でも使ってるの」
燿が、ぴたりと動きを止める。
「……ダディの会社?」
「CGテクノロジーズ」
その名前が出た瞬間、場の空気が変わった。
「えっ」
燿の手が一瞬、止まった。
「あのアメリカの超有名ゲーム会社!?」
楓は反射的に刀磨を見た。
はっきりと分かるくらい、目を輝かせている。
(……そんなに嬉しそうにせんでも)
胸の奥が、ざわっと波立つ。
役割分担は、淡々と決まっていった。
シナリオは燿。
プログラムは楓。
CGは刀磨。
「で、音楽と効果音やけど……」
燿がシエラを見る。
「残ってんのは、あんただけやな」
「私がやるわ」
即答だった。
「えっ、あんたeスポーツコースやろ。音楽できんの?」
その問いに、シエラは何も言わず、スマホを取り出した。
操作して、一本の動画を再生する。
画面に映ったのは――見覚えのある映像。
(これって……刀磨の作品?)
グラディエーターの格闘シーン。
コロッセオの細部から熱狂する観客までを精密に描き込んでいる。
――でも、音が変わっている。
空気が震えるような鋭い金属音が、スピーカーから響いていた。
楓は思わず刀磨を見る。
刀磨は、食い入るように画面を見つめていた。
動画が終わる。
シエラは、さらっと言った。
「この作品、映像はすごいのに音がイマイチ。
もっと重厚感がでるように直してみた。」
燿が眉をひそめる。
「シエラ、勝手に直したん?
それって、クリエイター倫理的にアウトやで」
空気が、一気に張りつめる。
シエラは、悪びれる様子もない。
「CGのレベルにBGMを合わせただけ。
自分で楽しんでるだけだし、セーフよ」
そして、刀磨を見る。
「刀磨もそう思うでしょ」
刀磨は少しだけ考えてから、静かに言った。
「まぁ、そんなにもめんでもええやん。
……正直、こっちの方がイメージに近いわ」
シエラが、ふふんと微笑む。
結局、音響担当はシエラに決まった。
***
作業が始まると、シエラは自然に刀磨の隣に座った。
BGMのタイミング。
効果音の入り。
カメラワークとの連動。
二人だけの会話が、次々と進んでいく。
楓は、横目でそれを眺めるしかなかった。
(うち……入る隙、ないやん……)
刀磨の作品を、「すごい」と思うことしかできなかった自分。
一方で、どこが弱いかまで見抜いて手を入れたシエラ。
(うちより……分かってるみたいや)
気づけば、指先が震えていた。
そのとき。
「なぁ、楓」
燿が、そっと近づいてくる。
「孫子の兵法って、恋愛にも使えるん知ってるか?」
「……え?」
思わず、顔を上げる。
燿は声を潜めて続けた。
「このままやったら、刀磨、あの金髪女子に取られるで」
心臓が、どくんと鳴る。
「それでもええん?」
楓は、何も言えなかった。
「取られたくないんやったら、うちの言う通りにし。
孫子の兵法を実戦で学ぶチャンスや」
燿は、にやりと笑う。
「孫子曰く――『敵を知り、己を知れば百戦危うからず』や」
楓は、ごくりと息をのんだ。
「まずは、シエラのことを調べるんや」
拳を、ぎゅっと握る。
「シエラを調べる?」
そして、心の奥で、小さく誓う。
(刀磨のこと……絶対に、取らせへん)
負けたくない。
その気持ちだけは、はっきりしていた。




