エピローグ
発起人の死によって委員会は解散となり、肝心の裏校則問題は空中霧散となった。後にはただ、やるせない感情がもたげたままの若い三人が残されたばかりである。
十月も折り返しに来た頃、坂東医師の誘いで集まった真樹は宮坂の口から、裏校則に関する資料一切の処分が決まった旨を告げられた。
「あのアンケート、書き込まれてる諸々が結構詳細でさ。うっかりすると個人情報と結び付くかもしれないと、ちょっと問題になってね。本当はもうしばらく保管してからなんだが、年内に全部、廃棄することが決まったんだよ」
「――実際、とんだ腫物だろうしな。とっとと忘れて、なかったことにしたいんだろうよ」
近くの寿司屋から取った上の桶を挟み、形容しがたい、ひどく重たい空気が応接間に漂っている。
「結局、あれはいったい何だったんだろうなぁ。学校の中だけの存在だったら、ひどい目に遭うのは現役の生徒だけだろうに……。実際は卒業生と、最後はとうとう無関係の大人が死んでしまった」
後には何にも残らなかった、と宮坂は缶ビールを片手に物憂げにつぶやく。
「――今にして思うと、ありゃあ伝承が牙をむいたのかもしれないなぁ」
「伝承、ですか?」
キャメルをくゆらせていた坂東医師が、唇から煙を漏らしながら尋ねる。
「ほら、裏校則ってやつは、法律みたいに文字にはなっていないでしょう? そうなると当然、生徒の口から口へ伝承されてゆくわけですよ。それを知って守ってゆく、というのも、考えようによっちゃ、一種の信仰のようなものですからね。しかし、そうやってゆっくりと形を作り上げていった伝承も、ある日突然途絶えてしまう」
「それが今度の場合、制服がブレザーに変わった、ということだったわけですね」
坂東医師の指摘に、そういうことでしょうねえ、と真樹は応じる。
「言ってしまえば、信徒とお社を一度に失ったようなもんですよ。そうなってしまった伝承……まあ、神様みたいなもんが野良に放たれるとどうなるか。これがいわゆる、妖怪になってしまうというわけ。そしてその妖怪が人々を襲いだして……。無理くりに当てはめたけれど、こういう理解で間違ってはいないと思いますねえ、僕は」
「なるほど、それなら被害がほかの地域に拡大しなかったのも頷けるな。学校ごとにある裏校則が転じたんだから、その伝承自体は他の地域に浸食出来ないわけだろうし」
宮坂の指摘に真樹は、冴えてるねえ、と掛け値なしの言葉をかける。
「――せめて、その事がもう少し早くにわかっていれば、彼もあんな目に遭わずに済んだろうになぁ。今度ばかりは、オレの責任だよ」
「それを言うなら啓ちゃん、僕だって責任があるよ。あんな硬直した委員会になるとは思わなかったけど、せめて君が外野のオブザーバーとしていてくれたら、まだいろいろと違った展開があったかもしれない。ひとまず今は、彼の魂の安らかなることを祈ってやろうじゃないの」
そう言うと、宮坂は飲み残しを空にし、二本目のビールを開けた。そこへ続く形でそれぞれの手元にある酒を掲げると、三人は無言のまま、若き室長の死を悼んで献杯を行った。
紅葉の気配は、もうすぐそこまで差し迫っていた――。
初出……同人誌「夜鳥の怪」Vol.01「暮らしに潜むホラー」掲載




