酒と共に鼎談は続き……
結局、これといった方策の出ないままに、季節は十月へと移っていった。肝心の委員会は、集めるだけ集めてリストアップされたものを世間に公表して有名無実とするか、学校ごとに指導をするかで意見が分かれ、ほとんど機能を果たしていなかった。
最初は意見をまとめる側に立っていた真樹も、気づけばあれだけ馬鹿にしていた組織の波に呑まれ、事なかれを貫く羽目になっていた。
「つくづく、自分が嫌になってきましたよ。ここまで組織が硬直しちゃぁ、僕だけじゃ手も足も出ません。宮坂の方もすっかり、やる気をなくしていますよ」
何度目かの会議が終わった夕暮れ時。坂東医師からの電話に呼ばれて家を訪ねた真樹は、医院の二階にある居住スペースの一角、洒落たホームバーつきの応接間でブランデーを煽っていた。坂東医師は話を聞きながら、愛飲の外国たばこ・キャメルを静かにくゆらせている。
「相変わらず、例の若い室長さんは学校ごとに指導、という方向なんですか」
「――そうなんですよ。てっきり世間に広く公表、かと思ったら、あれは学校ごとのローカルな問題だから……と一点張りで。ああは言っても、しょせんは我が身の可愛さ、ということなんでしょうかね。反吐が出ますよ」
フィルターの手前で吸うのをやめると、坂東医師は灰皿の中でひねり、なるほどねえ……と呟く。
「今のところは、どちらか片方の倒れるのを待つより仕方ないようですね。第三の悲劇が起きていないのが不幸中の幸いともいえますが……」
委員として加わって以来、真樹啓介は以前のような飄々とした、自由人たる装いをすっかり失っていた。こんなどっちつかずの言葉を吐くような神経には出来ていなかったのである。
だが、そんな風にくたびれた友人を放っておくほど、坂東医師も非人情には出来ていなかった。
「――それじゃ真樹さん、あなた死人が出るまで指をくわえて眺めてるおつもりですか!」
部屋いっぱいに怒りがこだましたのは、その直後のことであった。
電話に応じて到着したタクシーに飛び乗ると、二人はそのまま市役所へと急いだ。車内からの連絡で待っていた宮坂と市役所の車寄せで落ち合うと、二人は大急ぎで芦田室長の元へ向かった。ところが――。
「なんてこった、入れ違いだなんて……」
先刻まで書類へ判を押していた室長の姿は煙のように掻き消え、壁にかかった名札は帰宅を意味する赤い文字のほうを向いて架かっている。
「柄にもなく、真樹さんをどやしつけたから罰が当たったのかもしれませんね。悪いことしましたね」
「――何をおっしゃいます。おかげですっかり、頭の霧が晴れたんですから」
憑き物の取れたような目を向ける真樹に、坂東医師もいくらか安心の情を見せる。仕事を片付け、帰り支度を済ませた宮坂を拾う格好で役所を出ると、二人は自分たちの馴染みの店である、個室居酒屋へと足を延ばした。
「そういえば、宮坂は初めてだったっけ。こちらがよく話題に出してた坂東先生。例の第一の被害者の手術をした名医さ」
遅まきながらの紹介に坂東医師が頭を下げると、宮坂はこの人が、と感嘆の情をのぞかせる。
「いろいろ話は伺ってます。かなり変わった傷口だったそうですね」
運ばれてきた熱燗を注しながら、宮坂は坂東医師に尋ねる。
「長いこと医者やってますが、あんなのは初めてです。なにせ患者本人は数日しないうちに日常に戻れたのですからね」
「そうなると、一連の裏校則に絡む謎の存在は、そこまで露骨な殺意を持っていない、ということなんでしょうか。啓ちゃん――真樹のやつから話を聞いて以来、そのことがずっと引っかかっているんですよ」
「――正直なところ、その点は何とも言えないなぁ」
割って入った真樹に、二人の視線が集まる。
「なまじ委員会なんぞにいたばかりに、色々現地を見たりするようなことを忘れてたからなあ。安心材料がない、ってのが本音かな」
「とりあえず、時期を見て室長さんと話し合いの席は設けたほうがいいでしょうね。私も被害者を診た人間として、お力になりましょう」
坂東医師の言葉に、宮坂はありがとうございます、と深々礼を述べる。
「さァて、先生のおかげで喝も入ったことだ。発足式と洒落て、大いに飲もうじゃないか」
追加のお銚子や酒肴を命じると、真樹たちは大いに論じ、飲み続けて景気をつけることとなった。いつの間にか降り出した秋雨に電車通りの軌道はしっとりと濡れ、点滅するネオンや交通信号の輝きを鈍く跳ね返していた――。




