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「裏校則」に殺される   作者: ウチダ勝晃


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3/8

すまじきものは宮仕え

 集合場所となっている傘岡市役所、本館三階の第七会議室へ入ると、もう大半の委員が席に着いていた。顔見知り同士は気楽に、そうでない者同士は本業の名刺交換、という具合に繰り広げられる社交の様相を、真樹啓介は邪魔しないようにそっと自分の席を探し始めた。

「――や、啓ちゃんお疲れ様」

「よぉ、誰かと思えば……」

 視界の隅に入ってきた、書類を数えていた職員――委員になるきっかけを作った同級生の宮坂(みやさか)の顔に、真樹はいくらか緊張のほぐれるのが分かった。

「ずいぶん腫れぼったい目ェしてるな。結構面倒だったろ、人集め……」

「すまじきものは役所勤め、とは言ったもんだね。一般世間じゃ実にくだらない、と思うようなことを先につぶしておかなきゃならんのが、公僕の辛さでね……」

 書類に欠けがないのを確かめ終わると、宮坂は真樹へ書類を手渡してから、大急ぎで入り口そばの席へ戻った。ちょうど真隣りが議長席、という具合になっている。

 ――いよいよ室長殿の登場か……。

 話に聞いていただけで、そもそもどんな相手が室長なのか、真樹はまだ知らずにいた。もっともこれは、先入観を持たずに接する、という真樹なりの哲学だったのだが――。

 と、

「お待たせいたしました、遅くなって申し訳ありません」

 集まった顔ぶれに比べ、はるかに若々しい声が入り口近くで響く。顔を上げると、紺の上下を着た、まだ新卒といってもいいような幼顔の青年が駆け足で議長席へと向かっているところだった。

 ――驚いたな。こいつはキャリア組かなんかだぞ、こりゃ……。

 宮坂の態度がひどく仰々しかったので、真樹は勝手に、室長のことを年上のベテラン職員とばかり踏んでいた。だが、そこにいるのはどう見ても、自分より年下の青年である。

「お初にお目にかかる方も多いかと思います。教育委員会でいじめ対策室の室長をしております、芦田(あしだ)と申します――」

 遠巻きに見える、部屋の明かりで輝いて見える白い歯が芦田室長の溌剌たる調子を伺わせている。どうやら顔がそれなりに知れているらしく、集まった委員のほとんどは動揺らしい動揺を微塵も見せていない。

「――それでは、ごく手短に皆様のご紹介というところから始めさせていただければと思います。宮坂くん、お願いします」

 議事進行が宮坂へ移ると、彼は慣れた調子で立ち上がり、順繰りに委員たちを紹介していった。時計回りに進んだ紹介がちょうど真樹の手前で終わると、

「――続きまして、真樹啓介さん」

「は、はいっ」

 上の空になりかかっていた真樹は、慌てて右手を上げた。

「真樹さんには、在野の郷土史研究家としての数々の功績を鑑みまして、一連の裏校則解明にあたっての調査方法、方針などについてのアドバイザーとしてご参加いただきました」

「なにぃっ」

 と、思わず声が出そうになったのを慌てて飲み込み、真樹はどうにか平静な顔を装い、愛想笑いを浮かべた。どうせ形ばかりとは思うが、そんな風に言われては周囲の期待値がむやみに上がるばかりである。

 ――あの野郎、今度焼き鳥ぐらいは食わせてもらわないとなぁ……!

 飛び交う周囲からの拍手が、今の真樹にはひどく恨めしいものに感じられた。

 さて、若い室長の登場などに驚きつつも、会議の方は割合すんなりと進行していった。真樹が事前に調べた裏校則が驚きを持って受け入れられたこと、またその調査の方法などについてのレクチャーが、一般世間の人々にとってはひどく新鮮であったことが一役買ったようだった。

「――最後になりますが、一番大事なことは先入観を捨てることです。目の前の事実を捻じ曲げず、ただひたすらに受け止めて掘り下げること。それが、一連の問題解決の第一歩であると思います」

 メモを取る委員たちの手が止まり、ふたたび拍手が真樹啓介をくるむ。照れくさいと思ってはいたはずが、慣れとは恐ろしいもので、真樹はすっかり場の雰囲気に適応してしまっていた。

「真樹さん、ありがとうございました。では、次週の第二回の会合の時までに、皆さん方の生活圏内の範囲で、先ほどご説明いただいたことを念頭に置いて調査をしてまいりましょう。各中学校の方へのアンケート配布も準備が整っておりますから、そちらも済み次第、共に精査して方針をまとめてゆきたいと思います――」

 ――なぁんだ、アンケートもやるのかよ。そんならよっぽど、そっちのほうが詳しく出るんじゃないのかねぇ。

 あらかじめ知らされていなかったアンケートの存在に不満を覚えると、真樹は散会になったのを幸いと宮坂へ声をかけ、近場の焼き鳥屋へ向かうこととした。

「お前なぁ、どうして大事なことを言わないんだ――」

 運ばれてきた中ジョッキを片手に、真樹は向かいに座った宮坂へ愚痴をぶつける。

「ごめんな啓ちゃん、あれ、つい昨日決まったばかりでさ……連絡する暇がなかったんだよ」

 壁際にならんだ小ぶりな赤ちょうちんに照らされて、宮坂の頬の疲労の色が一層際立って見える。さすがの真樹も、同級生のそんな素振りを前にしては押しが弱まる。

「――さてはあの室長、言うこと結構コロコロ変わるタイプだな?」

「将来が恐ろしい、準ワンマン型だね。ただ、やっこさんなまじ仕事が出来るからね……。こちとらヒラの職員は、大人しく言うことを効くのみさ」

 しょぼくれた手つきでお通しの枝豆をつまむ宮坂に、真樹啓介は同情した。同時に、引き受けた以上は、出来るとこまでやってやらねば、という気持ちが、真樹の胸の内でどんどんと膨らんでいった。

 結局、その日の払いはすべて真樹が持つこととなったのは別の話である――。


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