プロローグ
「それじゃ真樹さん、あなた死人が出るまで指をくわえて眺めてるおつもりですか!」
激昂と共に立ち上がった坂東医師につられて、ローテーブルの上でガラスの灰皿が音を立てて揺れる。ロイド眼鏡越しの強烈な目線に、真樹啓介は呆気に取られて固まってしまっている。
「失礼しました、つい感情的になって……」
「いや、それが普通です。ちょいと近頃、浮世の倣いに慣れすぎたらしい。おかげで目が覚めましたよ」
よれた白衣の裾を広げ、ゆっくりと腰を下ろす坂東医師に、真樹は表情を崩して応じる。
「今から行けば、まだ誰か残っているでしょう。新しい犠牲者が出る前に、お役所をつついてみようじゃありませんか。――もし差し支えなければ、先生もご一緒願えませんか」
中腰になって、早くも部屋を出る支度をしようとしている真樹に、坂東医師は乱れたオールバックを手で整え、
「断る理由があるもんですか。何年あなたと付き合ってると思うんです、真樹さん」
白衣をホームバーのカウンターに投げつけ、さっそく車を呼びましょう、と部屋に置いたコードレスへと歩み寄った。坂東医師がタクシー会社と電話をしている間、真樹は洒落た唐紙風の壁紙へ背を預け、ぼんやりと天井をにらむ。
――軽い気持ちで引き受けてなきゃ、もっとどえらい騒ぎになっていたのかもしれないなあ。
真樹の脳裏を、ここに至るまでの様々な出来事が走馬灯のように駆け巡っていった――。




