気になる人
社会人四年目、IT企業に勤める成瀬理央には、最近気になることがある。
いや、正確に言えば「気になる人」だ。二つ上の先輩、藤田さん。
彼はいわゆる塩顔。線が細く涼しい目元、仕事中の私語は少なく、感情の起伏が読めない無表情。悪い人ではないが、社内の女子の中では「感情が読めなくて話しかけづらい」と噂されている。(まぁ、IT業界ではそういう人は多いのだが)
でも私にとっては、ちょっと違う。
(……いや、何回見てもめちゃくちゃかっこいい)
チラリと斜め前のデスクに座る藤田さんの顔を盗み見て、そんなことを考える。
こんなこと、口が裂けても言えないけど。
世間一般的にいう”イケメン”というわけではないだろうが、私は藤田さんの、あの無表情な塩顔がタイプなのだ。藤田さんの顔を見るために出社していると言っても過言ではない。
藤田さんには大きな特徴がある。
ほとんどのコミュニケーションをチャットで済ませるのだ。
【成瀬】資料の不具合があったので修正しています。ご確認ください。
【藤田】先程聞かれたソフトについての手順書、ありました。こちらを参照してください。
どんなに近くにいてもチャットで連絡。文末はいつも句点。感嘆符も疑問符もなし。声のトーン同様、無機質。
さらに、返答にはきまって「グッド」のリアクションボタンのみ。
こちらの「ありがとうございます!」にならまだしも、「資料用意しときました」とか「これを確認してください」とか「すみません、不具合ありました」とか、そういう内容に決まって「グッド」。
機械みたいに一貫していた。それは私にも、私以外の社員にも例外ではなく、常に無表情なうえそんなんだから、それが「藤田先輩って感情がよめない」と言われる所以だった。
そんな彼のことは前々から知ってはいたのだが、この春にチーム編成が変わり、私は彼をリーダーとしたチームに入り、補佐として下に着くことになった。
そこで初めて、藤田さんとまともに話したし、まともに彼の顔を見た気がする。
上司からは何度か「どう藤田くんと上手くやれてる?」なんて聞かれたけれど、それは藤田さんが「感情が読めない」と皆からよく言われてるからだろうか。
しかし、仕事をするにはなにも問題ない。感情がわかりにくくて、少し機械的でも藤田さんの指示は的確だし、相談すればAIの様に答えてくれる。
あの塩顔に塩対応。もはや逆にパーフェクトな気がする。
作業の合間に、またちらりと藤田さんを盗み見る。
彼は表情ひとつ変えず黙々とパソコンに向かっていた。
ある日のこと。
昼休み明け、藤田さんから頼まれていたちょっとしたバグ修正を済ませてチャットに報告したときだった。
【成瀬】頼まれていたバグ修正しました。あと、それとは別のバグも見つけたので、ついでに修正しておきました。
ご確認ください。
すぐに藤田さんからの返答が飛んできた。
【藤田】確認しました。助かります。
珍しく「助かります」なんて添えられていて、思わず「おお」と心の中で声を上げた。
瞬間、ポンッとさらにリアクション通知が来る。
「あれっ?」
何時もの「グッド」かと思いきや、そこに付いていたのは、グッドマークじゃなくて「拍手」マークだった。
社内で使用しているチャットアプリでは、相手からきたチャットにカーソルを合わせるとリアクションが付けられる。そのリアクションにはデフォルトが何種類か用意されていて、藤田さんが一番よく使うのは「グッド」マークで、それは1番最初に用意されている絵文字である。(効率重視な藤田さんがそれをいつも選ぶのもそういうことだろう)その次に「ハート」「笑顔」「驚き」。
「拍手」はその他のリアクションを開くボタンを押して、そうして開かれたポップアップからわざわざ探す必要がある。
藤田さんがわざわざ「拍手」を……?
あの、藤田さんが?
珍しい事もあるものだ。本当に「助かります」と思っている心の表れかもしれない。
目の前の席に座る藤田さんをモニター越しにそっと確認してみる。無表情だ。
だけど、やっぱり藤田さんからの「拍手」のリアクションに何時もと違う何かを感じて、私はちょっと嬉しくなって藤田さんの「助かります」にニッコリ笑顔のリアクションを送ったのだった。