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第6話 家の灯

 日が傾くと、家の梁にオレンジ色が薄くひっかかった。

 煮込みの匂いが台所の低い天井にたまり、鍋の縁で湯が指で弾かれたみたいにぴち、と跳ねる。

 椅子に腰を下ろすと、今朝の訓練で軋んだ輪が胸の内側で小さく鳴いた。痛みは鈍いが、そこに拍がいる。


 父さんが戸口から入ってきた。肩に古い外套、靴底は霜で白い。

「……東の見張りは、今夜は交代で増やすってさ。霧の匂いがまだ残ってる」

 夜警の持ち回り――ここ最近、父さんが家にいない理由のひとつだ。村の外れで焚き火を見張る役は、臆病と笑われる彼に妙に似合い、同時に、誰よりも向いている仕事でもある。


 母さんは返事の代わりに、《灯火術》で小さな火を掌に乗せ、芯の先を短く整えた。

「今夜は風が揉むから、芯は低め。――ほら、見て」

 真鍮の皿に落ちた灯りは、指先で撫でられたみたいに静かに丸くなる。

 母さんが家にいない時は、村の共同灯の油替えや、産婆の手伝いに呼ばれている。弱い火でも、長く持たせる手を知っている人だ。


 卓に皿が並ぶ音が、ひとつ、ふたつ。

 父さんがスプーンを持ち上げ、下ろし、また上げ――結局、咳払いに変えた。

「……藁の人形、止められたって聞いた」

 言葉は短いのに、指先は落ち着かない。疑うことから世界を見る人の、不器用な褒め言葉だ。

「三拍だけね」

 母さんが肩越しに笑うと、父さんの目が少しだけ揺れた。

「三拍止まるなら、一本の杭は打てる。止めるのは、守るための最初だ」



 食べ終えると、父さんは物置から古い縄束を持ってきた。藁の粉が指先にざらつく。

「仕事の合間に覚えた結びを、見せとく。別に召喚の役に立つかは分からんが……“止める”ための工夫は、だいたい同じだ」

 長机の上に縄を走らせ、ゆっくりと動かす。

「これは止め結び。軽い力でもほどけにくい。けど引けば引くほど締まるから、解くには戻りを作っとく」

 輪に縄をくぐらせ、指先で小さな余地を残す。



 俺はその様子を眺めながら、ふと口を開いた。

「……なあ、父さん。なんで《悪魔召喚》は、第三階位までしか行けないって言われてるんだ?」


 部屋の空気が少し重くなる。父さんは縄を撫でる手を止め、視線を落とした。

「……昔からそう言われてきた。理由は、分からん。俺も、何度試しても“そこから先”は見えなかった」

 父さんの声は苦い。笑われてきた日々が、その背に影を落としていた。


(主。俺が答えよう)

 胸の奥で、グリムが低く囁く。

(聖霊召喚は“祝福”を受ける。光の流れを媒介にして、召喚者の器を広げる。だから第四、第五……第六階位に至ることもある)

(魔獣召喚は“契約”を結ぶ。肉体と魔力を交換し合い、強さが積み重なっていく。これも器を広げる術だ)


(だが――悪魔召喚は違う。悪魔は喰らう存在だ。呼んだ者の力を奪い、代わりに力を渡す。その代償のせいで、召喚者の器は削られ続ける。……だから第三階位が限界とされている)


 息を呑んだ。

「……でも、俺は――」

(主は俺に“喰わせなかった”。目を逸らさず、並ぶ絵を見せた。だから俺も、奪うのではなく、重ねる方を選んだ。……だから、限界の先が見える)


 父さんの視線がこちらに向いた。

「理由を、見つけたのか?」

「……少しだけ」

 答える声は震えていたが、胸の奥の拍は確かに強くなっていた。



 母さんが灯を整えながら、柔らかく言った。

「理由がどうあれ、火は燃やしすぎれば尽きる。……でも、撚りを揃えてやれば、思ったより長く持つものよ」

 灯がふぅと細く伸び、また戻る。


(主。聖霊も魔獣も、器を広げる道を持つ。俺たち悪魔は器を削る宿命を持つ。……だが主は俺に器を重ねる道を示した。だから第三の札でも、まだ進める)


 胸の欠けた輪が小さく軋み、痛みではなく熱を帯びて広がっていく。

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