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第17話 東門の夜

 門口で、剣と槍が火花を散らした。

 レオンは歯を食いしばり、必死に押し返す。だが相手の腕は岩のように揺るがない。

 セリナは風を巻き上げて砂を立たせ、視界を覆う。俺は胸の封輪に噛まれながら必死に走った。


 人垣の奥で見守る村人たちの中に、レオンの父とセリナの母の姿があった。

 レオンの父はかつて第五階位に至った剣士。村でただ一人、領主の兵にもその名を知られる達人だった。

 だが領主は彼を恐れ、脅迫と監視で剣を奪った。以来、男は口を閉ざし、沈黙の中に生きていた。

 今、その沈黙が崩れかけている。拳は震え、瞳にはかつての鋭さが宿っていた。


 セリナの母もまた群衆の中に立っていた。彼女は娘に気づかれぬよう笑顔を繕いながら、長年領主の脅迫に耐えてきた。

 「従わなければ村が滅ぶ」と何度も突きつけられ、心をすり減らしながら。

 その目は今、決意と涙で揺れていた。



 書き付け役が板に筆を走らせる。淡々と、揺るぎなく。

「お前たちが知らずに死ぬのは不完全だ。記録は“知ったうえで屈した事実”こそ価値を持つ。……だから告げる」


 墨の線が黒く刻まれていく。

「領主が欲しているのは、第六階位に届く二つの才——剣聖候補のレオンと、大魔導師候補のセリナだ」


 レオンの剣がわずかに乱れ、槍が胸をかすめた。

「……やはり」

 それは恐れていた現実を突きつけられた声だった。

 領主が才を集めている噂、村を見張る兵の視線、訓練場の影——すべてはこの瞬間を指していた。


 人垣の中で、父の拳がさらに強く握られる。

 セリナの母は袖口をきつく掴み直し、涙を落とさなかった。



 農夫が門の横木を押し開けようと走った。

 槍が貫き、崩れ落ちる。

 続いて女衆が袖で印を拭った。視線で「信じている」と伝え、倒れた。


 その時、門の脇から影が飛び出した。

 ——レオンの父だ。


 彼が踏み込んだ瞬間、槍持ちがわずかに身を引いた。

 剣を持たずとも、第五階位の剣士が放つ気迫は敵をすくませた。

 父は門の閂を掴み、全身の力で引き剥がす。


「父さん!」

 レオンの叫びに振り向かず、男は槍を腹に受けた。血を吐きながらも、その眼は真っ直ぐ息子に向いていた。


「……剣は……正直じゃない奴の手で……鈍る。……忘れるな」


 それは悔恨と願い。

 自分は脅迫に屈し、正直に生きられなかった。だからこそ、息子には迷いなく剣を振れと託す最後の言葉。


 言葉と同時に閂が外れ、門が軋んだ。

 父は崩れるように倒れ、血に沈んだ。


 レオンの瞳が血走る。



 同じ列から、セリナの母が飛び出した。

 袖で印を擦りながら、必死に前へ進む。

 「生きなさい」と唇が震える。声は出さない。

 背後から短剣が突き刺さる。それでも袖は最後まで印を拭い続けた。


 セリナは涙をこらえ、無言で俺の手を掴む。力強く、震えながら。



 俺の胸が裂けそうになる。

 両親も、レオンの父も、セリナの母も——皆、脅迫に縛られながらも最後には子を逃がすことを選んだ。

 その選択が今、門を開いた。


 書き付け役の筆は冷たく走る。

「犠牲も抗いも、すべては記録に残る。領主の正義を飾る史としてな」



 門は血と命で開かれた。

 レオンの声が背を押す。

「走れ!」


 セリナが強く手を引く。涙をこらえた顔が、何よりも雄弁だった。


 俺たちは夜の闇へ駆け抜けた。

 背後に残ったのは、達人の父が最後に託した言葉と、母たちの命と、村人の血と、書き付け役の冷たい筆の音。

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