第16話 崩れる灯
鐘縄が二短一長を一度だけ打ち鳴らし、検分三日目が始まった。
広場に集まった村人たちは、誰もが声を潜めて灯の下を見つめている。
街から来た三人の使者――記録を刻む「書き付け役」、冷たい気配を纏う「槍持ち」、そして無表情の「見習い」。
一見すればただの役人の一団だ。
だが、ただ立っているだけなのに息苦しく、村人たちの背筋を強張らせる異様な圧があった。
「昨日の封輪確認に異常はない。本日、移送は……見送りとする」
書き付け役の声が響くと同時に、広場が揺れた。
「助かった……」「残れるんだ!」
女衆は肩の力を抜き、老人は胸をなでおろす。子どもが跳ねて、慌てて親に押さえられる。
母は目を閉じて涙をにじませ、父は縄を解いて大きく息を吐いた。
レオンも頷き、セリナは胸の前で指を組んだ。
俺も思った。――終わった、と。
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だが、その安堵は見習いの一言で粉々に砕かれる。
「記録に食い違いがある」
彼女は帳面を掲げ、冷ややかな声で言い放った。
「無音の現象は二度確認済み。納屋の縄の自動締結、訓練場での乱れ。報告は“未確認”。これは虚偽」
広場が凍りつく。
「……虚偽……?」
小さなざわめきが広がる。
書き付け役が淡々と頷き、筆を走らせた。
「虚偽を確認。拘束を執行する」
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その瞬間、槍持ちが一歩踏み出した。
ただそれだけで空気が変わり、村人たちが一斉に後ずさった。
「な、なんだ……」
「兵士……いや、あれは……」
ただの護衛だと思っていた存在が、獣のような気配を放っているのが誰にでもわかった。
村人の顔に恐怖が広がる。
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槍が母を狙う。
母は恐怖で震えながらも、一歩前に出た。
「やめて……! この子だけは!」
鋼が胸を貫いた。
母の口から血が零れ、体が崩れ落ちる。
それでも目は俺を探し、「生きて」と唇が動いた。
「母さん!」
父が叫び、縄を構えて飛び出す。
恐怖に駆られながらも、その眼には迷いがなかった。
縄が槍持ちの腕に絡み、動きを止めた。
「今だ、走れ!」
父の声には、疑ってきた過去を悔いる思いと、最後の覚悟が込められていた。
しかしその背後から、「夜警に紛れていた男」が躍り出た。
短剣が父の背に突き刺さり、血が散る。
父は呻き、地面に崩れ落ちる。最後まで指は縄を掴み、結びを作ろうとしたが、完成することはなかった。
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広場がどよめいた。
「嘘だろ……」
「どうして……」
誰も止められない。誰も動けない。
村人の顔は恐怖と諦めに染まり、何人かは口を押えて後ずさった。
中には「やはり災いを呼ぶ」と、俺に冷たい視線を向ける者もいた。
「父さん! 母さん!」
叫びが喉を裂く。胸の封輪が強く噛み、息が詰まる。
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レオンが剣を抜いた。
その瞬間、槍持ちが視線を動かすだけで、レオンは背に冷や汗を流した。
「……強い」
レオンは直感で悟った。——勝てない。
セリナが詠唱を始める。
だが見習いが手を叩いた。わずかなリズムの乱れで、セリナの魔法が鈍った。
「……子どもにしては、やるじゃない」
セリナは吐き捨てるように言った。
書き付け役は動かない。ただ筆を走らせるだけ。
だが、その視線がこちらに向いた瞬間、胸の封輪が急に重くなり、息が苦しくなる。
——ただの記録係ではない。あれもまた力を持つ者だ。
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「トウマ!」
レオンが俺の腕を掴む。
「走れ! 今しかない!」
セリナが叫び、土が弾けて砂煙が広がる。
「私たちも一緒に行く!」
俺は振り返った。
灯の下に父と母が倒れていた。
母の手は伸ばしたまま、父の指は縄を掴んだまま動かない。
胸の奥が裂けるように痛む。怒り、悔しさ、悲しみ。
だが、逃げるしかなかった。
周囲の村人たちは道を空ける。誰も止めない。
いや、止められなかったのだ。
彼らの顔には安堵すら浮かんでいた。——“厄介者がいなくなる”という、冷たい安堵が。
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俺は走った。
レオンとセリナと共に、ただ生きるために。
背後で、母と父の命が燃え尽きた音がした。




