第13話 ふたりの境
レオン
夜明け前。鍛冶場の槌の音が、二短一長より半拍だけ早く鳴っていた。
俺は剣を研ぎながら、その音に耳を合わせる。焦れば刃は丸くなる。遅く研いで、呼吸を揃える。そういうときほど、心臓は早く鳴る。
村はざわついていた。杭は増え、浅溝も広げられた。けれど村人たちの目は落ち着かない。
子どもは「英雄」だと言い、大人は「不吉だ」と囁く。視線が、トウマの家に吸い寄せられる。
――あの時を思い出す。
群角猪三十。俺は追いつけなかった。
胸を抉られて倒れたトウマが、次の瞬間「無音」で十五を崩した。
置く場所の消えたあの感覚。剣じゃどうにもならなかった。
評議の場で、トウマの母が声を荒らげた。
「命を懸けて村を守った子を“外へ”だなんて」
その怒りは正しいと思った。俺は前に立つと決めた。
でも、それだけじゃ足りない。検分は“見る・測る・書く”。ならば、先に「書かせたい形」を用意しなければならない。
俺は導線を整えた。鐘の打ち分けを確認し、若い衆に「恐れを残せ」と教えた。
恐れを残せば、刃は戻る。
そして俺は、もうひとつ――誰にも言わない準備をしている。
外へ出る導線だ。逃がす道ではなく、選んで出る道。
もし村が「外へ」と言うなら、俺は「通す」。
通すための道は、俺が刻む。
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セリナ
トウマの家に、私は頻繁に足を運んでいる。
それは評議から頼まれた役目でもあった。
「無音の兆しが出ないか監視してほしい」――そう言われた。
けれど、それだけじゃない。
幼馴染として、あの子を放っておけなかった。ただ、それだけだ。
胸に封輪を付けさせたのは私だ。痛みで息を詰まらせる姿を見るのは辛い。
でも、あれがなければ制御はできない。味方まで巻き込む。
私ができる優しさは、この残酷な形しかなかった。
納屋の縄が勝手に締まり、鶏が死んだ夜。吐き気がした。
拍の残滓はゼロ。――無音。
真似されたのか? 揺り返しか? どちらでも怖い。
だから、検分のときは「見せない」。
代わりに、私が用意した道具を見せる。桶に糸、鉄砂、鐘縄。
拍が揃うと波が重なり、乱れると消える――目で見えるようにする。
検分の者には「ここまで」と書かせる。
その先は理解させない。理解の枠を、こちらで決める。
トウマの母の怒りはまっすぐだ。私は羨ましい。
私には怒鳴る勇気はなく、その代わりに段取りが浮かんでしまう。
でもそれでいい。私の役割は段取りで守ること。
夜、包帯を替えながら「ごめん」と言いそうになる。




