第11話 囲いと疑い
胸の痛みで目を覚ました。
包帯の下で黒い鎖が生き物のように動き, 傷口を縫い続けている。呼吸をするたび、冷たい締め付けが胸を走った。
(主。まだ起きるな。影が無理やりお前を繋ぎ止めている。これは治癒じゃない。未来の力を前借りしているんだ)
「……だから体が重いのか」
言葉を吐くのも辛い。だが、意識ははっきりしていた。
母が部屋に入ってきた。顔には疲れが色濃く、腕は少し震えている。
「やっと目を開けたのね」
すぐに抱きしめられ、胸の縫い目がきしんだ。
「怪我をしてまで村を守ったのに、あの人たちは……」
声がかすれる。怒りと悔しさが混ざっていた。
「評議の有力者たちが“トウマを外に出せ”って言い出したのよ。魔獣の襲撃が続いて異常だから、だって」
父が戸口に立ち、低く告げた。
「今の決まりは“当面は囲って使う”だ。
ただし――大勢の前で力を使うのは禁止、夜に一人で出るのも禁止。守れなければ処分、そう決まった」
その声は苦かった。息子を庇いきれない自分を呪うように。
やがてレオンとセリナが来た。
レオンは真っ直ぐ言う。
「追い出したら村は終わる。あの十五体を一息で止められたのはお前だけだ。
俺たちは守る。拍を合わせれば勝てる。それが現実だ」
セリナは腕を組んで付け加えた。
「でも、危ないのも確か。あなたの“あれ”は感知できない。味方まで巻き込む。
だから、これをつけて」
差し出されたのは封輪。影の力を抑える道具だった。
胸に着けた瞬間、縫い目が強く締まり、視界が白く弾ける。
「……ッ!」
「ここ。位置をずらせば呼吸はできる」
セリナが調整し、痛みが細く変わった。
母は二人に頭を下げた。
「ありがとう。でも――もしまた“外へ”なんて言う声が出たら、私は黙っていない」
その瞳は赤く燃えていた。
午後。
子どもたちが門の前で槍を振り、二短一長の合図を真似して遊んでいた。
「トウマ兄ちゃんみたいに!」と声を上げる子もいた。
だが母親たちはすぐに子を引っ張って離し、「近づくな」「縁起が悪い」と囁いた。
――村は変わり始めている。
「英雄」と「化け物」、二つの声に割れていた。
その夜、鐘縄が短短短を鳴らした。内部の異変。
納屋の縄が勝手に締まり、鶏が窒息していた。
セリナが調べ、顔をこわばらせる。
「……拍の残りがない。ゼロ。あなたの“無音”と同じ」
空気が凍る。
(主。真似をする何かが出たか、あるいは力の揺り返しだ)
さらに夜半、辺境隊からの通達が届く。
『異常な拍の報告を受けた。検分のため使者を送る。危険と判断すれば、拘留下に置く』
援兵と食糧は出すが、条件は「トウマを差し出すこと」。
父が拳を震わせ、母が板を握り潰さんばかりに睨む。
レオンは言った。
「検分の場に俺たちも立つ。拍で囲って、道を作る。渡すんじゃない、通すんだ」
年長は苦い顔でうなずいた。
「三日後だ。朝の鐘が二つ、間を置いて一つ。それが合図だ」
母は俺の包帯を換えながら呟いた。
「行商の男、あなたの傷を見て顔を逸らした。……広まるわ。言葉はすぐ拍に染みる」
(主。囲いはやがて檻に変わる。
だが檻には、抜け方がある。結びにはほどけ方がある)
「……俺は、どうすれば」
(選ぶんだ。逃げるんじゃない。選んで進む。俺は孤独は捨てる。主、並んで選べ)
「……分かった」
夜警の槌が遠くで二短一長を刻んでいた。
胸の縫い目がそのリズムに合わせて脈を打つ。
――三日後。
検分の使者が来る。
村を守った力が、村を救うものか、それとも追放される理由になるのか。
答えはもう、近づいていた。




