フットン王国のダァ王子は今日も布団に悩まされる
今日ほど憂鬱な日はない。出来ることなら旅にでも出てしまいたいくらいだ。
コンコンコンコン!
「ダァ王子、国王がお呼びございます」
「分かった。今、行くよ」
ボクの生まれたフットン王国は、とにかく布団を神聖視している。それこそ教会に祭壇を作って布団を神として崇めて祈るほどだ。もちろん城内にも布団の祭壇がある。
室内から廊下に出ても靴音は鳴らない。
なぜならフットン国の城内の床は、布団が敷き詰められてフッカフカなっているからだ。室内にも廊下にも、すべての場所に余すところなく布団が存在する。つまりどこでも眠れそうな国だ。
「これだけなら、まぁ、平和ボケな国ってだけなんだけどさ……」
問題は父上だ。父上は結婚するなら布団がいいと言うほど、布団を愛しているのだ。二人いる母上は一応、人間だ。溺愛してるから、もしかしたら前世が布団だったかもしれないと疑ってはいる。
コンコンコンコン!
「入れ」
父上の待つ執務室に入ると、らしからぬ光景が広がっている。布団に埋もれながら書類に判子を押す父上と、直立不動で姿勢も良いんだけど布団を身に纏った騎士団長がいた。ちなみに騎士団の布団は、刃すら通さない特別製なんだそうだ。
「父上、ボク今日のダンスパーティー欠席したいんだけどいいかな?」
「ダメだ。今日はワシの第三夫人を決める大切なパーティーだ。欠席など許さん」
ハァーと、ため息をついてしまう。もちろん父上には気づかれないようにだ。
「分かりました」
「では行こうか」
「はい」
満面の笑みを浮かべながら、父上は執務室を出てダンスパーティーが開かれている大広間に向かって歩く。その後ろを騎士団長がついていく。ボクも仕方なく、そのあとを追う。
人々の騒めきと歓声が聞こえてくる。父上が大広間に足を踏み入れた瞬間、待ってましたと言わんばかりの拍手がおこる。
パチパチパチパチパチパチ!!
貴族だけじゃなく、城下町に住む人々まで集まっているので、大広間は大混雑でダンスパーティーというよりお祭りの雰囲気が漂う。立食形式の料理が並んで、大人たちも子供たちも食べたり談笑したりして過ごしているからかもしれない。
「今日は、ワシの第三夫人を決めるフットンパーティーによく来てくれた」
パチパチパチパチパチパチ!!
「フットン王バンザイ! フットン王バンザイ! フットン王バンザイ!」
争いもないし身分制度もない平和なフットン王国の王は、国民からの信頼も厚く愛されている。
「みなのもの布団は持ってきたか?」
父上が呼びかけると、集まった人々は布団を手で振り回す。色とりどりの様々な布団がうごめく。
「おぉ〜!! 自慢の布団だ!」
「選りすぐりの布団を持ってきたわ!」
「我が家の布団に勝るものはない!」
楽しそうな皆の様子に何度も頷き、父上は満足そうに笑んだ。
「それでは、これよりワシの第三夫人となる布団のコンテストを行う。各々が持ちよった布団とダンスを踊ってくれ。一番、美しく華麗にダンスを踊りきった者には”天下無双の称号”と、類をみない柔らかでフカフカで金と銀の糸で美しい刺繍が施された神の布団を贈ろう」
挨拶が終わると同時に、音楽隊が大広間の隅に入ってきて美しい音色をかなではじめた。
そして奇妙なダンスパーティーが始まる。
布団を振り回す者。布団を頭からかぶってステップを踏む者。布団を抱きしめたり担いだりする者。
最初は憂鬱で乗り気じゃなかったボクだけど、なかなかに面白い。二人の母上も、いつの間にかボクの隣でワインを飲みながら楽しんでいる。
ダンス曲の終盤にきて、小さな花が散りばめられた赤い布団を鮮やかにスマートにエスコートしてダンスをする男性が現れた。布団の角を両手で持ち、布団をひらひら、まるで女性相手のようにフワリとお姫様抱っこしてから、最後はキリッとしたポーズをとる。
「ほぉ! あの者は素晴らしいな!」
「えぇ。お布団そのものも、とても美しいですね」
「そうね。あのお布団が第三夫人ならば申し分ございませんわ。ダァも、そう思うでしょう」
布団とダンスは見てる分には面白い。だがしかし布団が三人目の母、微妙な気持ちにはなる。でも、まぁ、父上と母上たちがいいなら良いのかもしれない。ため息は出るけどさ。
「はい。ダンスも布団も素晴らしいと思います」
少し棒読み気味に答えたが、父上たちに気にする気配はまったくない。ボクから無理矢理、良い答えを引きだすと、騎士団長に男性を呼んでくるように言った。
「フットン王、お呼びですか?」
騎士団長に連れられてきた男性は、たぶん農夫なんだろう、こんがり健康的に日焼けしている。今日のパーティーのために、精一杯のおしゃれをしてきたと分かる茶色のスーツ姿で、ぎこちないお辞儀をする。
「あぁ、其方の布団への愛。大変すばらしいものであった。その腕の中にある布団をワシの第三夫人として正式に迎えたいが、どうだろう?」
「オレっじゃなくて、私の布団で良いのですか?」
「うむ。その布団が良い。其方のダンスは素晴らしかった。ワシの布団愛をよく理解している」
「ありがとうございます。布団はなくてはならないものですから毎日、干してますしシーツも洗ってますから布団愛は負けません!」
胸を張って、ニッと笑んで白い歯を輝かせる、男性は誇らしげだ。
「ハッ! ハッ! ハッ! それはいいな! では其方に”天下無双の布団の称号”と”神の布団”を授けよう。受け取るがいい」
「ありがとうございます。大切にいたします」
高級な布団と、たぶん普通の布団が、目の前で恭しく交換された。ただの物々交換に見えるだなんて口が裂けても言えない。
「みなのもの今日から、この布団がワシの第三夫人だ。よろしく頼む!」
パチパチパチパチパチパチ!!
大広間は破れんばかりの拍手、そして布団が飛び交い、音楽が奏でられパーティー再開した。
「……布団が、三人目の母上かぁ」
ボクの小さなボヤキも人々の騒めきで、かき消されてしまったが、それでいい。
父上たちが楽しそうで幸せそうだからだ。