婚約破棄された貴族令息がいたので、うちの家にスカウトすることにした
「レオナルド!貴方との婚約は破棄するわ!そして、私はガイルと結婚するの!」
あらまあ、なんてこと。婚約披露パーティーでまさかの逆なことが起きてしまったわ。
周りから少しだけざわめきが聞こえて、すぐに場はしんと静まった。みんな、私と同じようにただ驚いて、どうしたらいいかわからないようだった。
私の名前はアデイル・ガーネット。
ガーネット伯爵家の娘で、ガーネット家特有の赤い髪を持っている、けれどそれくらいしかとりたてていうところのない地味な貴族令嬢だ。いつもは領地に引っ込んでいる引きこもりだけれど、たまには参加した方がいいと言われてやって来たパーティーでとんでもない状況に遭遇してしまった。
今日はマリアンヌ王女殿下とレオナルド公爵令息の婚約披露の場だったはず。
それなのに、マリアンヌ王女が子爵令息のガイル様と連れ立ってやって来たと思ったら、このような事態になっていた。
マリアンヌ王女はこの国の次期女王で、金髪に青い目を持つお人形のように愛らしいお方だ。
もし、この国を継がれないのだったらあちこちからの求婚が凄まじいものだったろうと言われていたし、実際に口惜しいと嘆く様子の方を見たこともある。
けれども、同時にものすごいワガママとしても有名だ。遅くに出来た一人っ子で、甘やかされたことが原因だって影で言われている。
婚約者のレオナルド様も、彼のことを一目見て気に入った彼女が陛下におねだりして叶った婚約だと聞く。
彼を選んだ観点はやっぱり顔なんだろうか。レオナルド様は銀色のフワフワとした髪に紫の瞳をした優しそうな雰囲気の美形で、この度新しい婚約者になる予定のガイル様は黒目黒髪のはっきりとした甘い顔立ちの色男だ。……うーん、やっぱり殿下って面食いなのかも。
殿下とも彼らとも同世代の私たち女子の間では、ガイル様もレオナルド様もきゃあきゃあ言われていたっけ。きっと面食いだわ。
「本気なのですか?これは殿下だけでは決められることではありませんよ」
さて。周りの皆はどうしたらいいのかわからなくておろおろしている人も多かったけれど、さすがに自分のことだ。冷静さを失わない様子で、レオナルド様が殿下に尋ねる。けれども、殿下は余裕たっぷりに先端にフワフワがついた扇子で口元を覆いながら笑った。
「大丈夫よ。お父様の了承は頂いているわ」
頂いちゃってるらしい。
殿下の後ろにいる陛下はちょっと気まずげに目をそらしながら頷いた。
娘に甘いのもあるけど、ガイル様の子爵家は商売がものすごくお上手だ。陛下は身分は高いけれど良くも悪くもないレオナルド様の公爵家より、たっぷりお金を稼いでくれるガイル様のお家との繋がりを選んだのだろう。
そしてレオナルド様のお父様が当たり前に物申したけれど、新しい婚約者に夢中なお姫様と娘に甘い王様には届かなくて、結局それ相応の慰謝料と引き換えに婚約破棄は成立。
そうして、この婚約パーティーは主役を片方変えて始まってしまったのだった。
「あの、レオナルド様……?」
「ああ、アデイル嬢。先ほどはお見苦しいところを見せてしまいましたね。申し訳ありません」
パーティー中、私は時間を見つけて一人ポツンと立っていたレオナルド様に話しかけていた。婚約破棄直後の彼の周りは不自然なほど人がいなくて接触はさほど難しくなかった。
そして、彼の家の領地……とはいっても、別荘などがある飛び地の領地だけれど、そこと我が家の領地が近いせいで幼いころから面識がある。多少は気安い仲のはずだと思いきって話しかけてみたのだけど、すんなり会話に応じてくれた。
「どうか謝らないでくださいませ。レオナルド様に非はありませんわ」
「ですが、僕が殿下の心を繋ぎ止められなかったことが原因ですから」
「そんな……。どうか気に病まないで」
「どうもありがとうございます」
目を伏せて本当に申し訳なさそうにする彼が痛々しくて、私はドレスの胸元をぎゅっと握り締めた。
「……それでなのですけれど、レオナルド様はこれからどうなさるおつもりなの?」
「どうする、とは?」
「お家はお兄様が継がれるんでしょう?かといってお城で働くのも……ちょっと、アレでしょうし」
「まあ気まずくはありますね」
彼は苦笑いを浮かべるが、正直言うと笑っていられる状況ではない。
どこぞのお家にお婿に行くにしても、私みたいな売れ残りはともかくとして、既に年頃のご令嬢な婚約が決まっていたり既に結婚を済ませていたりする。行く宛てがない。
このままだと『気まずい』のを我慢して騎士団に入るなり、文官になるなりするか、実家でニート生活するしかないのである。
まあでも、私も無責任にこんな話を振ったわけではないのだ。
「よろしければ、我が家に来ませんこと?」
「ガーネット伯爵家に、ですか?なぜでしょう……?」
「実は、突然うちの領地への観光客がものすごく増えてしまって何もかも追いついていないんです。レオナルド様、旅行が好きだとおっしゃっていたでしょう?それにとても有能だと聞き及んでおります。どうか助けて頂けませんでしょうか……!」
王都で流行った小説の舞台のモデルがガーネット伯爵領だったようで、聖地巡礼とやらで観光客が爆増。
そうなると、こちらとしては便乗してがっぽり儲けたいのだが、そのノウハウがない。ガーネット領は特に観光名所もない田舎で、観光客自体めったに来ない土地だったのだ。
その点、レオナルド様の実家の領地にはいくつも観光名所があって観光業にも力をいれていたし、彼自身の優秀さは聞き及んでいる。絶対に引き入れたい人材だ。
嫌々やって来たパーティーではあったけど、こうなると来てよかったとすら思えていた。
「どうかお願いします!」
「えっと……」
私は勢いよく頭を下げる。戸惑う気配が伝わってきたが、ここで引くわけにはいかない。
そもそも、パーティーに出席したのは王都で人材をスカウトしてくるついでなのだ。
私はますますお辞儀の角度を深くした。
「お願いします!!」
「わっ、わかった!わかったから顔を上げてください!!ガーネット領へ行きますから!!」
「ありがとうございます!」
「お願いだから顔を上げて!!」
「……なんてことがありましたね」
「やだっ!あの時のことはもう忘れてください!」
ここはあの婚約破棄パーティーから一年ほど後。大当たりした観光事業のおかげでガーネット領は見違えるほど豊かに成長した。
そして、その立役者がレオナルド様。彼があちこち奔走して頑張ってくれたからこそ今がある。心から感謝している。……しているけども、時々こうやって過去を掘り返して私のことをからかうのはやめてほしい。淑女らしからぬ振る舞いを思い出すと、顔から火が出そうだ。
「僕にとったらいい思い出ですがね。ところで、何か用事があったんじゃないですか?」
「……実は、うちに殿下の結婚式の招待状が届いたんだけれど……、それが貴方にも届いているようなの」
歯切れ悪くそう言って、私は見るからに上質な紙で作られた手紙を彼に差し出す。あんなことをしたのに招待状を出すなんて、いったいどんな神経をしているのだろう。これには彼をすっかり気に入っている両親も一緒になって怒ってしまった。
しかし、レオナルド様は気にした様子もなく手紙を受け取ると、
「行きます」
と。私、てっきり強がってるんだと思ってしまって。
「無理していくことはないわ。なんだったらうちの方から上手く言っておくし……」
「無理なんてしていませんよ。それに、友人は直接祝いたいじゃないですか」
「……友人?」
「ガイルです」
「ガイル様!?それならなぜあんなことを……」
「あいつは昔からこの国を変えたいと言っていましてね」
「だ、だからって他人の婚約者を奪うのは……」
「そして、僕は王女と結婚したくなかった」
「うん……?」
「利害の一致ですよ」
ぽかんとする私を見て、レオナルド様はくすくすと可笑しそうに笑っていた。そして、私の顔をじっと見る。
「それにしても、今こうしてここにいられて、僕は本当に運が良かった」
少し前に一方的に婚約破棄を叩きつけられたとは思えない言葉を彼は吐く。どう考えても不運としか思えない。
「なぜ僕が王女と結婚したくなかったと思いますか?」
「……性格の不一致?」
「それもありますが……」
それも?むしろそれしか浮かばないんだけど、他に何があるんだろう。首をかしげていると、レオナルド様は先程までの笑みを苦笑いを変えていた。
「けっこうアピールしてきたつもりなんですけど、ちっとも伝わっていませんね……」
「え?」
「貴女ですよ。さっきの理由」
訳がわからないまま私が自分を指させば、彼はひとつ頷いた。そして、
「初めて会った時から好きでした」
そう言ったのである。