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味がしない、りんご飴

作者: 宮野ひの

 今日のお祭り、1週間前から楽しみにしていたのにな。なんで、こうなっちゃったんだろう。


 見知らぬ商店街に、ずらりと並ぶ出店。行き交う人々は、笑顔が溢れている。笛がピーヒョロ鳴くような陽気なBGMも聞こえてくる。


 水色の生地に花柄の浴衣を着た女の子が、お母さんらしき人と手を繋いで歩いている。手首には水ヨーヨーの紐を通して、わたあめ屋を指差している。二人は顔を見合わせて楽しそう。良いなぁ。


 私は白色のTシャツの裾をギュッと掴んだ。お母さん。お母さん。お母さん。早く来て。


 本当は私も、お母さんと出店を回るつもりだった。二人で。


 今の親子のように手を繋いで、たこ焼き屋や唐揚げ屋の前を通り、「美味しそうだね」って言って笑い合いたかった。


 私は右手に握っていた、りんご飴を一口かじった。飴がコーティングされていて、中身のりんご部分には、まだ到達しない。甘くて美味しいはずなのに、味気がなかった。晩御飯は何も食べておらず、空腹感が刺激された。くぅっとお腹の音が鳴る。周りの喧騒にかき消されて、私にしか音が聞こえなかった。


 正確には、お母さんと私はお祭りに来た。この、りんご飴もお母さんに買ってもらった。


 だけど二人きりじゃない。お母さんの彼氏も一緒だった。


「友樹がどうしても行きたいっていうからさー。ねっ、花音、良いよね? 人数多い方が楽しいもんね」


 嘘つき。お祭りに行く約束をした時、お母さんは「二人で」と言ったはずだった。ただでさえ、土日のどちらかは彼氏とデートに出かけるのに。今日のように、お母さんと一緒に過ごせる貴重な時間を、他の人に邪魔されたくなかった。


「花音ちゃん。急遽、俺も参加しちゃってごめんね。美味しいもの何でも買ってあげるからさー」


 そんなこと言いながら、りんご飴のお金は、お母さんに出させた。調子が良い性格をしている。


 だけど、お母さんが友樹と一緒にいると、よく笑う。お酒を飲んだ時みたいに、テンションが高くなる。私といる時より楽しそうに見えるので、時々悲しくなる。


 それでも、お祭りは三人で回るものだと思っていた。


 出店があるエリアに足を踏み入れた時、お母さんは私に食べたいものはないか、とまず聞いた。


「りんご飴」と答えた後、「じゃあ、それ食べてる間、ちょっと友樹とお店回って来て良い?」と言った。信じられなかった。


 嫌だと言いたかった。だけど、そんなことを言ったら困らせるとわかっていたから、小さな声で「うん。いいよ」と返した。


 りんご飴を買った後、お母さんは私が誘拐されないように、人通りが多いところで待たせようとした。おもちゃ屋のコワモテのおじさんがいる裏側を指差して「そこで待っていてね」と言った。「何かあったら、防犯ブザーを鳴らしてね。あと、おじさんに助けてって言うのよ」とも言った。


 お母さんが私のことを守ってくれるなら、防犯ブザーなんていらないのに。お祭りの中に一人、取り残された気がした。友樹は早くお母さんと二人で出店を回りたくてソワソワしていた。「えー、花音ちゃんも一緒に回ろうよー」なんて言葉も言ってくれない。


 アニメの主人公が友達と夏祭りに行った時に、りんご飴を食べているのを見たことがある。赤い見た目が可愛いくて、私もいつかは食べたいと思っていた。


 夢にまで見たりんご飴だった。絶対、美味しいはずなのに、まずかった。一口食べ進めるほど不安になる。りんご飴を食べ終わっても、お母さんが戻ってこなかったらどうしよう。


 目をギュッと閉じると、世界に一人きりになった気がした。耳からは人の話し声がワァワァと聞こえてくるのに、鼻がツンとして寂しかった。


 早く帰って来て。早く。早く。なんで、私も一緒に出店を回ることができないんだろう。


「お嬢ちゃん。大丈夫?」


 目を開けたら、おもちゃ屋のコワモテのおじさんが私を心配そうな顔で見ていた。あっ、恥ずかしい。


「えっ、あ、なんでもないです」


 照れくさくて下を向いた。具合が悪そうに見えただろうか。


「そう? ならいいんだけどさ……」


 おじさんは頭をぽりぽりとかいた。おもちゃ屋には、お客さんがおらず、手持ち無沙汰から、声をかけてくれたのかもしれない。


「最近の親は、なっちゃいねぇなぁ」


「えっと……」


「悪りぃ、お嬢ちゃんの前で言うのは違うよな」


 そしたら、おじさんは、お店の前に並べてある、光る宝石のおもちゃを手にした。


「お詫びと言っちゃなんだけど、これ、良かったら貰ってくれる?」


「えっ、いいんですか?」


「おう。お嬢ちゃんにあげる。特別な」


 知らない人から物を貰っても良いのだろうか。一瞬思ったけど、お祭りの高揚感が私の背中を押した。


 私を置いてけぼりした二人に対する、少しの反抗もあったのかもしれない。


「ありがとうございます」


「ん」


 コワモテのおじさんから宝石のおもちゃを受け取る。夜に紛れてきれいに光り輝いていた。


 おじさんは、それ以上私に構うことなく店番に戻った。しかし、時折、私に視線を投げかけているのに気付いた。誘拐されないように見守ってくれているのだろうか。私は心の中で「ありがとう」と言った。


 まずいと思った、りんご飴が甘く感じた。斜め向かいに、お面屋さんがあるのに今気付いた。鼻からフーッと息を吐く。私、緊張していたんだ。


 左手に持つ、宝石のおもちゃを見たら安心した。その後、コワモテのおじさんを盗み見る。良かった。そこにいてくれている。


 あっ。お母さんと友樹が帰って来た。二人並んで、手を繋いで歩いている。どちらとも、私と目が合わない。完全に二人の世界に入っている。


 私は宝石のおもちゃを急いでポケットにしまった。二人には教えてあげない。


 帰りの車の中で、一人じっと見つめていよう。後部座席にいる私が何をしているか、二人は気にも留めないだろう。


 もし、「それ何?」と聞かれたら、すぐには答えないようにしよう。友樹に「買ったの?」鋭く突っ込まれたら「眠い」と言って、目を閉じてしまおう。良い子じゃなくてごめんね。


 そうだ、お腹空いていたんだ。今度は、焼きそば買ってって頼んでみようかな。その時に、おもちゃ屋の前を通って、おじさんに会釈をするのも良いかも。小さく、軽く、お母さんと友樹にはわからないようなのが、かっこいいと思う。


 少しだけ、お祭りが楽しみになった。だけど、もう二人だけでは回らないでほしいな。


 私は八つ当たりするように残りのりんご飴を強く噛んだ。お祭りに来たなら、楽しくいたい。楽しくいるためには、自分が頑張らないといけない。踏みしめている地面の、足の指の感触を強く意識した。きっと大丈夫。

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