その9 眼差し
─前回のあらすじ─
カワズの姉であるイノがフローシフの一団を治療し、その一人に襲われ、致命傷を負ってしまう。
駆けつけたラナがイノを魔族の力で治療する、しかし二人は魔族のラナを恐怖の眼差しで見るが、カワズの言葉に正気を取り戻したイノがラナに感謝の言葉を述べ、二人は駐屯地へと案内されるのだった。
天高く昇る陽光が辺りを照らし、昼時の日差しがどことなく眠気を誘う中、自分たちは駐屯地を目指し、歩いていた。
「グッ……クゥ〜!」
自分は気絶から回復したカワズに、フローシフの患者を運ばせていた。
起きた瞬間、自分にコイツを持って駐屯地まで歩けと言われてカワズは驚き、更には「嫌ですよ!こんな見るからに重そうな奴運びながら駐屯地まで歩くとか!」などと嫌がっていたが、ラナを化け物呼ばわりした事をダシにすると、渋々自分の提案を承諾した。
「あのっ!!ラナさん!!化け物呼ばわりしたの謝りますから!この人さっきみたいに治して歩かせません!?」
「えー?どうしよっかなー?」
そんな事をすれば、さっきの外道と同じ様に襲ってくるのがわかってて言っているんだろうか。
そんな事を思っていると、小さな山の側面から、煙が立ち上るのが見えた。
一瞬、火事でも起きているのかとも思ったが、規則正しく揺れる一本の煙を見て、それが人の起こした焚き火のものだという事がわかった。
「ねぇ!アレってもしかして……えと、ノロシって奴じゃない!?」
「えぇ、迷子にならない様、目印として狼煙を立てているんです」
どうやら目的地が近いようだ…自分は、胸の内に一つの懸念を抱きながら、立ち上る狼煙に向かって歩を進めた。
「待ってぇ!少し休憩してかないっ!?」
「目的地が見えたんだから頑張るの!ほら、男なんだからシャキッとする!!」
「シャキッとしろ〜!がんばれー!」
「ひえ〜……!」
──狼煙を目指し歩いていると、辺りの木々が開け、自分たちの目の前には山肌と、幾つもの天幕と馬車、そして幾人もの兵士が目に入る。
ここがイノとカワズが案内してくれた駐屯地だろう。
しかし気になるのは、防衛施設の類が一切見当たらない事だった、防壁はまだしも、物見台すら見当たらない駐屯地は、防衛や治安維持の為に作られたものではないという事は確かだろう。
「ここが我々の駐屯地です」
「本来部外者は立ち入り禁止なのですか、あなた達にはお世話になったので、例外として──」
「イノ看護長、ここは部外者立ち入り禁止のはずだ」
イノが話をしていると、他の兵士よりも老年で、威厳のある初老の男がイノに近づき、話しかける。
「カメトル団長!」
カメトルという男にイノは姿勢を正し、左手に胸を当て、右手を真っ直ぐ斜めに向かって下げる。
ノフィン兵士の敬礼、小柄な少女に見えるイノも、敬礼をすればその顔つきは、その姿は、正に一人の兵士の様に見えた。
『ね、私も敬礼した方がいいかな?』
ラナがヒソヒソと、自分に語りかける。
自分は苦い思い出を振り返りながらも、ラナに向かって敬礼の説明をする。
『……あの敬礼には、二つの意味がある、左手はこの命に誓い、胸に』
『右手はその角度によって意味を変える、イノの様に下に構えれば、この国の為に戦う……もしくは、上官への敬意として』
『逆に、上に構えればこの国に忠誠を誓うという意味になる。
だから、軽々しく敬礼はするものじゃない』
『そうなの?詳しいんだね、もしかしてヨミエルって兵士か何かだった?』
『……冒険者というのは総じて元傭兵が多い、兵士と一緒に仕事をした事があれば、自ずと覚えてくる』
ラナと話していると、カメトルがこちらに視線を向け、口を開く。
「……そこのお前、私の目を見ろ」
こちらを見ろ。何気ない一言だが、これ以上ない程に効果的な一言だった。
……なるほど、どうやら彼は、魔族の対処法とやらを熟知しているようだ。
「団長……あの、彼らは大丈夫です、その娘は魔族ではありません」
「俺がいつ、魔族の話をした」
カメトルの鋭く、底冷えする様な声にイノは怯み、思わず視線を逸らした。
「──おーい!イノ!みんな!置いてかないで……!手伝って!」
カワズの声が駐屯地に響き、どよめきの声が聞こえると、皆の視線がそちらに向く、見ると、カワズが倒れ込みそうになりながら、フローシフの患者を運んでいた。
しまった……完全に忘れていた。
カワズは他の兵士に助けを得て、患者を連れていく、それを見たカメトルが「やはりな……」と、どこか意味深に呟く。
「イノ、そいつらの対処は任せたぞ……その、魔族の疑惑がある二人をな」
カメトルはそう言うと、カワズの方へと歩いて行った。
危なかった……偶然だが、カワズが遅れたおかげでなんとかなった。
「……あの、二人とも申し訳ありません……」
イノはこちらに向き直ると、深々と頭を下げ、謝罪の言葉を口にする。
「わっ!いや大丈夫だよ!!こうやって魔族扱いされるのは慣れてるし!」
「イノのせいではない、それに、こうなる事は薄々わかっていたし、思ったより酷い状況ではない」
「そうそう!酷いのはあの怖いおじさんだよー!」
自分とラナの励ましに、イノはクスリと笑い、駐屯地の案内を開始する。
「そう言ってもらえると助かります、それでは、あのこわーい団長さんがくる前に、着替えを済ませておきましょう?」
「うん!」
自分とラナはイノについていき、一つの天幕へと足を運んだ。
天幕の前に行くと、イノに止められ、外で待つように言われる。
「ヨミエルさんはここを見張っていてください、誰か来たら、着替えていると言って追い払ってくださいね」
「覗いたりしないでよね〜」
「そう言う台詞は大人になってから言え」
「もう充分大人です〜!」
戯けるラナに、自分は皮肉で返すと、ラナは頬を膨らませながら天幕に入って行った。
暫く待っていると、今にも泣きそうな顔をしながら、カワズがこちらに近づいてきた。
あの様子を見るに、カメトルという奴にかなり叱責されたのだろう。
「──とほほ……めっちゃ団長に怒られた…最悪だ……」
「……まぁ、部外者を連れ込み、あまつさえあんな状態の人間を担いできたんだ……だが、自分はアンタに感謝している」
「いや、そっちじゃなくてダンガンの実の入った籠無くしたのを怒られてたの……」
……自分は、こんな奴に不意を打たれたのか。
「はぁ……今日は厄日だ……籠は無くすし、股間は殴られるし、イノは撃たれるし、団長には怒られるし……」
「その内の一つについては済まなかった」
「いや、いいよ、ラナさんがイノのこと治してくれたし……あっ……」
カワズはあの時の事を思い出したのか、気まずそうにこちらの様子を伺いながら、ゆっくりと口を開いた。
「あの……さ、君って歳の割には結構大人びてるよね、なんかこう、過去のことには拘らないって感じで、渋くてかっこいい感じがして……うん」
「だからその……すいませんでした!」
「……開口一番が下手な世辞ではなく、謝罪の言葉だったらラナは許すだろうな」
「えへ……すみません」
──そうして自分は、謝る相手すら間違えている馬鹿と天幕の前で二人を待つのだった。
─魔物─
魔物とは、ノフィン統一戦争により現れた生き物だという。
失われた技法の儀式、継ぎ血の儀と呼ばれる、生き物の血を混ぜ合わせ、それぞれの生き物の特徴を混ぜ合わせた獣を作り出す、その儀式により作り出された生き物が魔物である。
例えば、獅子と鷹の血を混ぜ合わせ、獰猛な獅子に鷹の羽を生やし、無数のトカゲの血と、蛇の血を混ぜ合わせ、竜の様な巨大な生き物を作ったりもしたという。
その内の何体かがノフィン各地で野性化し、子孫を増やし、戦争が終わったノフィンの、自然の一部として振る舞っている。