その8 命の恩人
─前回のあらすじ─
フローシフ教団から逃れる為、森へと姿を隠したヨミエルとラナ、そこに、ヨミエルがラナを攫ったと勘違いしたカワズが現れ、いざこざが起きる。
その後紆余曲折ありカワズとは和解したが、カワズの姉、イノがフローシフの救護に当たっているとしり、ヨミエルたちはイノの元へと急ぐのだった。
小柄な少女が、倒れ伏した男に治療を施していた。
小柄とはいえど、手を動かし、懸命に治療を施すその姿には、体躯に見合わぬ頼もしさが見えた。
「……ふぅ、これで大丈夫ね、少しすれば、目を覚ますわ」
暫くして治療が終わると、少女は額の汗を拭い、壮年の男に語りかける。
「……すまないな、兵士さん」
右腕に包帯を巻いた壮年の男が頭を下げると、何かを思い出した様に少女に頼み事をする。
「……そうだ、ついでに一つ頼まれてくれないかい」
「えぇ、何かしら?」
「実は、俺らはある……貴族の少女を護衛していたんだ……」
「だが、金目当ての野盗に襲われて、この通りよ……けど俺は、その少女を助けてやりたいんだ」
「だから兵士さん、その少女を探すのを手伝ってくれないか?」
男の提案を聞いた少女は少し考え込むと、口を開いた。
「分かったわ、でも私一人じゃ見つけても、野盗に太刀打ちできないかも……人を呼んでくるわ、それまでここで待ってて」
「本当か!ありがとうよ!兵士さん!」
「──イノ!!」
カワズの声に、イノと呼ばれた少女が振り向く。
マズい、イノの近くには、フローシフの男が立っている。
フローシフの男が自分とラナを見ると、すぐさまイノを羽交締めにし、こめかみに銃を突きつける。
「キャア!?」
「来るなッ!!来たらコイツの頭を撃ち抜く!!」
フローシフの男がイノを人質にとり、自分たちは足を止めざるを得なかった。
「クソっ!!イノを離せ!!」
「このっ!!私の次はその子を利用するつもり!?」
二人の言葉を、男は意に介さずに辺りを見渡し、逃走経路を探す。
クソ……この距離じゃ銃が当たらない……何より、銃を抜いた瞬間イノが撃たれる。
人質を取られ、思う様に動けぬまま少しすると、男は何やら意を決した様な面持ちになり、不意にイノのこめかみから銃口を外す。
何をするつもりだ──?
男の行動の真意を知るのに、そう時間は掛からなかった。
──乾いた破裂音と共に、イノの腹から、鮮血が飛び散った。
「──イノッ!!!」
「えっ……うそっ……!」
男がイノから手を離し、背を向け走り去る。
時間がまるで遅くなったかの様に、イノの身体がゆっくりと倒れ伏し、悲痛な叫びをあげるカワズの声が響く……そして、カワズは必死にイノの元へと走り出す。
──あの男を逃すわけにはいかない、自分は、イノの腹から流れ出る血を抑えようとするカワズを置き去り、男の後を追い、銃を向ける。
しかし男は障害物となる木や岩の間を走り、やがて森の中へと消えていった……。
「……外道がッ!」
二度も我が身可愛さに少女を犠牲する奴らを見て、自分は怒りを抑えきれずに、口から怒りの言葉が溢れ出る。
暫く男の逃げ込んだ森を見つめ、震えるほどに重く、深いため息を吐く……。
そして、ピリピリと怒りで痛む頭が落ち着いてくると、自分はカワズの元へと戻った──。
──奴め、これが狙いか……!
見ると、ラナがイノを抱きしめ、魔族の力でその傷の時間を巻き戻していた。
「イノ……!?……これは……!?」
「……ぅっ」
先程まで血を流していたイノの傷が塞がり、意識を取り戻す。
「……ぁ、あれ……私……?」
「……もう、大丈夫だよ」
ラナがイノから離れると、身につけた黒い外套には、その黒を更に黒くする様に、赤黒い血で汚れていた。
「私、確か……いや……これって、魔法じゃ……」
魔法には傷を治す物がいくつかある、しかしラナのそれは、どんな魔法とも唱え方が違い、どの魔法よりも優れていた……それこそ、致命傷を治す程の魔法が存在しない事など、医療従事者でもあるイノならすぐに分かる事だった。
死の淵から助け起こした……本来なら奇跡とも取れるその現象を起こしたラナを、二人は恐怖が滲み出ている目で見つめていた。
「……化け物──!」
「……っ!」
「黙りなさい」
ラナがカワズの言葉を聞いたその瞬間、イノがカワズのこめかみを殴り、黙らせる。
「──ありがとうございます、貴女の魔法のお陰で、私は一命を取り留めることができました」
イノの言葉に、ラナは一瞬驚愕するが、すぐに目を伏せ、諦めたように言葉を絞り出す。
「……そんな、嘘なんていいよ、私は──「そうだろう、彼女の魔法は自分の命も救ってくれたんだ」
自分はラナの肩に手を置き、自分のことの様に誇らしげに自慢をする。
「……この先に我々の拠点があります、よろしければ、汚れてしまったラナさんの服を、取り替えて差し上げたいのですが」
「それはありがたい、先程の外道が仲間を引き連れて来ないとも限らない、是非ともそこに案内して欲しい、そうだろう、ラナ」
自分が同意を求め、ラナの顔を見ると、ラナは俯きながら大粒の涙を流し、嗚咽が漏れ出しそうな口を一生懸命に閉じようとしていた。
「なんだ、泣いているのか?」
「うっさい……泣いでないじ……バカ…….ばーっか……!」
自分が揶揄う様にニヤけると、ラナは腕を振り回してポカポカと自分を叩く……思ったより痛い、やめてくれ。
「うふふ、では、そこで怪我をしている人と……伸びてしまったそこの無礼者を担いで行きましょうか」
「……うんっ!」
イノがそう言うと、ラナは裾で涙を拭い、笑顔で答えると、二人はカワズの肩を持ち、歩き出した。
自分は倒れているフローシフの一人を担ぐと、あることに気づく。
……コイツ、外套でよくわからなかったが、かなり重い。
自分は二人にこっちの方を運んでもらうよう頼むが、イノは苦笑しながら、ラナは戯けた様子で口を開く。
「……お願いします……あなたが一番、力持ちなようですので」
「か弱い乙女の為に頑張って!ヨミエル!」
──今この時だけは、自分もか弱い乙女になりたかった。