その6 選び取った意思
─前回のあらすじ─
神隠しから生き延び、戦場跡地を抜け野営をする冒険者と少女。
その夜に、少女の涙が夜に消え、冒険者はある決意を少女に告げるのだった。
時がたち、暗闇に包まれていた世界は、今日もその太陽を登らせる。
少女の使命とは裏腹に、祝福するかの様に青空を照らす太陽が、今はただ煩わしく思えた。
「……おはよ、今日も頑張ろっか」
少女はそれだけ言うと赤い蝶を追い、歩き出す。
自分は燃え尽きた焚き火に土をかけ、少女の後を追う。
開けた平原を暫く歩くと、様々な情報が視界に入る。
小鳥の囀りに、小川を泳ぐ小魚……そして、狩りの方法を教える狐の親子。
この世界が壊れているなどと言う、世迷言事を否定する様なそれらが視界に入り、自分は思わず口に出す。
「綺麗だな……」と。
「……そうだね」
少女は自分の言葉にそれだけ返すと、しばしの沈黙が流れ、やがて少女は意を決した様に言葉を続けた。
「……ラナ」
「……なんだって?」
「私の名前、ラナっていうの……君には、覚えていて欲しいから」
「……世界を救った少女がいたって事を」
少女は……ラナはそう言うと、自分の手を繋いで歩き出す。
本来ならば、自分も名乗るべきなのだろう……しかし、これ以上、ラナに重荷を背負わせる事は、自分にはできなかった。
「……ね、君はどんな世界になって欲しい?」
「誰も悲しまなくていい世界?それとも……好きな物が好きなだけ食べられる世界とか?」
ラナがいつもの戯けた調子で自分に問いかける。
自分はそれに、他愛もない答えで返す。
そうして問いに答えると、ラナとの会話もくだらなく、それでいて、これまでの旅を思い起こさせる様なものとなっていった。
散々な目に遭い始まった、この数日程度の短い旅も……今となっては懐かしくも思えていた。
──えぇー?なにそれ?好きな食べ物って白湯なの?」
「余計な味がない分、腹があったまって好きなんだ」
「もっとこー、ないの?甘いもんとか、しょっぱいもんとかさー……あっ」
暫く他愛もない話に花を咲かせていると、ラナが声を上げる。
見ると、追っていた蝶がぐるぐると回り出していた。
すると蝶から火が吹き出し、蝶がぱらぱらと灰となり燃え尽きた。
異常な現象に自分は銃と剣を構え、辺りを警戒する。
「君が協力者か」
背後から声が聞こえ振り返ると、そこにはラナと同じような黒い外套を身に纏った三人衆が立っていた。
頭巾に施されたフローシフの紋章……そして全員が剣を帯剣している……自分は彼らがフローシフの一団である事に気づいた。
自分は銃と剣を仕舞い、その集団と話をすることにした。
「ここまでの協力、感謝しよう……さぁ、我らが勇者をこちらに」
フローシフの一人が手を差し伸べ、ラナを渡す様に促す。
「悪いが、お前たちの依頼を遂行するつもりはない」
「……えっ?」
自分の言葉にラナが驚愕の声をあげ、フローシフの一人が武器を構える。
それを先程手を差し伸べた一人が手を掲げ、制止させる。
成る程、コイツが隊長格か……。
「……なら冒険者よ、なぜ貴様はここへ勇者を連れてきた」
「よもや、その少女に同情でもしたのか?」
隊長格の一人は他の団員を抑えてはいるが、腰の剣に手をかけ、いつでも自分に斬りかかれる様にしている。
返答次第ではこの場で切り捨てる、とでも言いたいのだろう。
自分は取り繕う事もせずに、言いたい事をそのまま口にした。
「自分がここに彼女を連れてきたのは、彼女の意思を知る為だ」
「この世界を救う為、本当にその命を代償にするのか、それとも、この世界で生を全うするのか、それを知りたい」
「愚かな考えだな、少女の意思など、この壊れた世界を救うのには瑣事に等しい」
「この世界が壊れているかどうかなど、お前たちの意思で勝手に決めた事だろう、それなのに彼女の意思は瑣事だと言うのか!!」
自分は、胸クソの悪いそいつに向かって声を荒げ、武器に手を掛ける。
「貴様──!」
「待って!」
一触即発のその瞬間、ラナが声をあげ、集団の前に立ち塞がる。
「──この人は、我々フローシフの事をあまり知らないんです、だから多分……勘違いをしてしまって……」
ラナは自分に向き直り、深々とお辞儀をすると、先程とは打って変わって他人行儀に言葉を続けた。
「……あの、ここまでの護衛、ありがとうございました……私は……私の意思でこの世界を救います……だからどうか、私の事は気にしないで!」
ラナはそう言うと、集団の一人に手を引かれ、自分から引き剥がされる。
「フン……どうやら我らが勇者は、貴様の様な愚か者とは違い、聡いようだな」
隊長格の男は嫌味ったらしく鼻で笑い、自分に袋を差し出す。
「ここまでの護衛、ご苦労だった……暫くは金に困らん生活ができる額が入っている、これを受け取り、さっさと消えるがいい」
……自分は差し出されたそれをはたき落とし、ただじっと、連れて行かれるラナを見つめる。
──自分は、ある一言を待っていた。
「…………本当に愚かな奴だ、この世界と少女の意思など、比べるまでもないと言うのに」
踵を返し、ワザとらしく喋るそいつに、自分はワザとらしく大きな舌打ちで返す。
「──っあ……いや……」
「──ムッ?」
「おい、歩け」
──ようやく、求めていた言葉が聞けそうだ。
「やだ……死にたくない…………っ!」
「お願い!!助けてっ!!」
『──言うのが遅いんだ』
自分はそう思いながら、目の前の人物に斬りかかった。
「チィッ!」
隊長格の男がいち早く剣を抜き、防御の体勢を取る。
無駄だ、叩き斬る。
自分は剣を斧に変形させ、その構えた剣ごと叩き斬った。
遠心力を活かし、振り下ろした斧が剣をへし折り、無防備となった男の身体を切り裂く。
「がァァッ!?」
男の叫びと共に鮮血が飛び散り、痛みに耐えかねた男が膝をつく。
そして男の背後を見ると、短銃を構え、自分に狙いをつける一人が目に映る。
自分は咄嗟に膝をついた男の胸倉を掴み立たせると、その男を盾にしながら銃を持った奴へと距離を詰める。
「くっ!」
このままでは撃てないと悟ったのか銃を捨て、腰の剣へと持ち替えて自分に突撃する。
──狙い通りだ。
自分は盾にしている男を蹴り、突撃してくるそいつに寄越す。
「うわっ!?」
そいつがよろめいた男を抱き止め、動きを止めた瞬間、自分は懐から短銃を取り出し、抱き止めたそいつに向かって発砲する。
乾いた破裂音が響き、銃口から閃光が放たれると、閃光は腕を貫き、そいつは抱き止めた男と共に倒れ伏した。
あとは一人。
そう思い、ラナの手を引いていた奴の方を見ると、そいつは腰を抜かし、倒れながら自分に向けて剣を振り翳していた。
「くっ……くるな!!来ないでくれ!!」
なんだ、全員が戦闘慣れしている訳ではないのか。
そう思いながら自分は剣を仕舞い、男に近づき銃口を向ける。
「うっ……うわっ……待て、待ってくれ!俺が悪かった!その娘を犠牲にするなんて俺は知らなかったんだ……なっ?だから……その……助けてくれ」
弾の入っていない銃に男はすっかり怯え、先程までの無口振りからは想像できない程、饒舌に命乞いを始めた。
……これ以上、傷つける必要もないだろう。
そう判断した自分は懐から包帯を取り出し、男に投げ渡す。
「そこの二人を治療して自分たちを追うな、そうすれば命は助けてやる」
「なっ……そんな事したらフローシフに……!」
「──フローシフが怖いならこの場で殺してやろうか?」
そう言うと、男は声にならない叫び声をあげ、倒れている二人を見捨てて脱兎の如く逃げ出した。
チッ……我が身可愛さに逃げ出したか、少女を犠牲にしてまで世界を救うとは、よくもまぁ宣えたものだ。
自分はしょうがなく、落ちた包帯を手に取り、倒れている二人に投げ渡した。
いたいけな少女を犠牲にしようとしたんだ……これで死んだらお前たちの自業自得だ。
自分はそう思う事にした。
「あっ……」
涙を流し、その場にへたり込んでいるラナに、自分は手を差し伸べ、不器用ながらも微笑む。
「……ごめんなさい」
ラナは自分が彼らを殺したと思ったのか、謝罪の言葉を述べる。
彼らに向けて言ったのか、自分に向けて言ったのか……或いはその両方かは知らないが、自分は「殺していない、片方はほっとけば死ぬが」とだけ口に出す。
「……その、私──「ヨミエル」
ラナの言葉を遮り、自分は名を名乗る。
「──えっ?」
「ヨミエル……自分の名だ、もうアンタは死ぬ予定もないんだ……名乗った所で、不都合な事もないだろう?」
「……これからの事を考える時間は、たっぷりとある」
その言葉を聞いたラナは、涙を拭い、差し出された手を取る。
「──うんっ!」
「私はラナ!これからよろしく!ヨミエル!!」
「自分はヨミエル、これから宜しく頼む、ラナ」
──少女の笑顔と共に、自分は微笑んだ。