その36 二人の決意
─前回のあらすじ─
アヴァロンにて共闘した異形狩り『コーショ』と再開したヨミエルとラナ。
しかし、彼の身体は魔族へと堕ち、心は耐えきれぬ罪の意識に押しつぶされていた。
穢れに満ちた身体を清める為、苦痛の贖いを続けるコーショに対し、ヨミエルはコーショの穢れを否定する事を、宣言するのだった。
自分はコーショとの対話の後、村の中心へと向かっていた。
「……今日はやけに、あの世と縁を感じる」
自分は黄昏に染まった地平線と、冷たくなった潮風に肌を撫でられながら呟いた。
今日だけで、幾つもの命に触れた気がする。
ノフィン統一戦争の兵器として、しかしその身勝手な目的すら無かったことにされ、ここに捨てられた魔物との死闘。
魔物大戦で……文字通り魂の続く限り、赤子を護り抜いた気高き母と、あの地獄で産まれ、ここまで生きてきたアルマの少女。
その少女の為か、或いは血炭の刃で斬り裂いた人々への贖罪か、その罪を洗い流そうと、苦痛の贖いを続ける異形狩り。
あの親子の物語は、まだ始まったばかり。
ナグツメはあの地獄で産まれ、ここまで様々な命にその生の糸を紡がれて生きてきた。
だから……だからこそ、自分はコーショの穢れを否定し、始まったばかりの物語を、悲劇などで終わらせはしない。
『フ……ふ……』
いずれ宵闇に染まる黄昏の中、自分の耳に、気高き母親の笑い声が聞こえた気がした。
村中の悲痛な声が落ち着いた頃、自分は村の中心へと足を踏み入れた。
村の中心には、雨風を凌ぐ複数の天幕が張られ、その周りには怪我をした村人達と、それを治療するラナとアトメントの団員の姿が見え、そして村長がそれを見守っていた。
「……君は確か、ヨミエルと言ったか」
村長がこちらに気づくと、自分は村長の側へと行き、口を開く。
「ナグツメはどうした?」
「ナグツメなら、オルフェス殿がコーショの元へと送ってくれた」
「そうか」
「私の名はソルゥト、この村の村長……と言えばいいか」
「やけに自信なさげに名乗るな?」
ソルゥト村長の不思議な名乗りに、自分は思わず問う。
「ふっ……あの掟破りとは、何を話したんだ」
するとソルゥト村長は、乾いた笑みを浮かべ、答えをはぐらかす様に話題を逸らした。
「戦場の話だ。とだけ言っておこうか」
「……まぁ、何だっていい、明日は君達を『潔白の寺院』に案内しなければならない、今日は身体を休めると良い」
「潔白の寺院?」
「我々フマンツの民が成熟した大人になる際、そこで儀式を行う特別な寺院だ」
「何故そこに──まさか」
寺院という、荘厳な儀式の場。
自分は何故その場に案内されるのか一瞬理解ができなかったが、初めて見た『ある魔法使いの根』それが何処に生えていたのかを思い出した。
村中に生えたある魔法使いの根、その根の先に生えた樹木が何処にあるのかを、自分は察した。
「そう、寺院に生えたある魔法使いの根の根幹、それに対処してほしい」
「そこに根が生えていることは、間違いないんだな?」
「あぁ、なにせ、初めてあの根を見つけたのは私だからな」
成る程……村の長が言うのなら、信用できる。
だがそうすると、もう一つの疑問が生まれてきた。
「何故村長はその寺院に?成人の儀以外に足を運ぶ理由があるのか?」
その事を聞くとソルゥトは、乾いた笑みすら浮かべず、ただじっとこちらを見つめ、一言だけ口を開いた。
「……君は、家族が許されぬ穢れに染まったら、どうする」
「……」
彼の諦めに満ちたその目には、見覚えがあった。
「なんてな、忘れてくれ……私も、君達を案内する為に今日は休む……」
ソルゥトはそう言うと自分に背を向け、村の中へと歩き出す。
「待った」
去り行くその背中を、自分は引き留めた。
ソルゥトはゆっくりと自分の方を振り返り、何も言わずにこちらを見つめる……。
……自分は、コーショに誓った。
『アンタに罪はあっても、穢れた人間などではない』
目の前の家族……彼の唯一の半身すら、その身に穢れがあると言った。
ならば、彼にも証明してやる。
自分は確固たる意志を持ち、目の前のソルゥトに言い放った。
「コーショに穢れなどない」
「……知った様な口を」
コーショはそれだけ言うと、村の中へと消えていった。
「あれ、ヨミエル?来てたなら言ってよー」
「……ラナか、その様子だと治療は終わった様だな」
「うん!もうみんな元気!見てよほら、ヨミエル来る前とかいっぱい怪我した人いたのに、もうすっからかん!」
ラナが簡易的な救護所を指差すと、そこには怪我一つなく、それぞれ家族や友人と喜び合っている数人の村人が目に映った。
「そうか……魔族だとはバレなかったか?」
「……」
「ラナ?」
「ビスっ!」
「うげっ!」
何故かいきなり、ラナのビス攻撃が脇腹に突き刺さった。
「ビスっビスっ!」
「うぐっ……何をする!」
「君、また危なっかしい事考えてるでしょ」
「はぁ?」
「あの夜とおんなじ、やっぱナグツメちゃんのパパ、気になってるんでしょ」
「……はっ、何だ嫉妬か?」
「あ〜!今度は君が隠し事してる〜!私の癖、移っちゃったでしょ〜!」
「なっ、くっ……!」
ラナの核心を突いた言葉に、自分は戯けてはぐらかすが、ラナはニヤニヤしながら自分を揶揄ってくる。
「ふふ……ま、いいや」
ラナはそう言うと、ニヤけた表情から、今度は真剣な面持ちで自分を見つめ、口を開く。
「だったらさ、私にもヨミエルのやりたい事、手伝わせてよ」
「ラナには関係な──「あるよ、関係」
「だってさ、私はヨミエルのその危なっかしい事に助けられたんだもん」
「……」
ラナは優しく微笑み、何も言えない自分に対し、言葉を続ける。
「世界の為に、なんて綺麗なこと言っておきながら、いざ死んじゃうってなったら『助けて!』なんて言って泣きだした女の子を、君は救ったの」
「……あぁ」
「だからさヨミエル、私もヨミエルみたいに誰かを救いたい。ナグツメちゃんのパパを救いたい……!」
ラナの瞳には、確固たる意志が宿っていた……。
全く、本当にこの少女は、誰かの為に身体を張りすぎなんだ。
「……わかった。もう、何を言っても無駄な様だからな」
「あ、わかる?実は君がイヤだって言っても勝手に手伝うつもりだったし」
「ったく、頑固だな、本当に」
「そりゃどーも!私の意思を曲げられんのはもうヨミエルくらいのもんだよ!」
──日が沈む宵闇の中、自分とラナは決意を胸に抱いた。




