その35 同じ瞳
─前回のあらすじ─
フマンツ村へと到達したヨミエル一行。
アトメントの指導者「オルフェス」と合流し、村の惨状を知る。
そして、ヨミエルとラナはナグツメを親の元へと届ける為、村の中を歩くのだった。
自分とラナはナグツメに手を引かれて村を歩いていると、村中に建てられた、土製の特徴的な竈門の様な家屋、その内の一つに案内された。
『おい!こっちにも怪我人がいるぞ!』
『アトメントのとこまで運べ!治してくれるらしい!』
「……痛ましいな」
時折、村の中から聞こえる人々の悲鳴に、自分は思わず言葉を溢す。
「ただいま……」
ナグツメが家屋の扉……と言えばいいのか、長い布の暖簾を潜り、家屋の中へと入っていく。
「お邪魔しまーす」
ラナに続き、自分も暖簾を潜り、家屋の中へと入っていく。
陽の光が遮られた、幾分か薄暗い家内の中心には、ノフィンではもう古く感じる囲炉裏が見えた。
フマンツ村独特の文化が感じられる様相が見える家内には、囲炉裏の側に一人、傷だらけのアルマの男が横たわっていた。
「パパ……!」
「……ナグツメ……か?」
ナグツメが倒れ伏した男の側に駆け寄ると、男はゆっくりと右手をあげ、ナグツメの頬を優しく撫でた。
「……その人達は?」
男がナグツメを撫でていると、自分とラナの存在に気づき、ナグツメに問いかけた。
「自分たちは……まぁ、行商人の護衛だ」
自分とラナは、男に近づきながら事の顛末を説明しようと口を開く。
「ナグツメとは──っ!」
「──ッ!?」
気づいたのは、ほぼ同時だった。
自分は、あの地獄で見た瞳とは違う、重瞳の瞳を見て。
男は……異形狩りは、あの地獄で産まれた命を手にしていた、同じ男の顔を見て。
「……アンタは」
「……君は、あの頃とは余り変わってはいないな」
自分と異形狩りの間に、重苦しい沈黙が流れる。
ナグツメとラナは、異様な場の空気に、自分と異形狩りを交互に見つめる。
ラナは遅れて彼の正体に気付いたのだろう、眼鏡に秘匿された瞳が、小さく震えていた。
沈黙が流れる家屋の中……そこに新たな声が背後から現れ、その沈黙を破った。
「ここで何をしている」
振り返ると、そこにはフマンツ村の住民よりも装飾の施された装いに、異形狩りと全く同じ顔の男が立っていた。
自分は、その顔と角を見て、彼らが双子である事を悟った。
「ここは私の家、言うなればこの村の長の家。緊急時とはいえ、勝手に上がり込むのは控えていただきたい」
「ご、ごめんなさい」
「済まない」
自分とラナが謝罪をすると、男……フマンツ村の村長は、異形狩りの手を握るナグツメに対して口を開いた。
「ナグツメ……無事だったか」
「おにぃ……パパ、どうしたの?」
「パパなら、大丈夫だ、きっとすぐに良くなる……」
二人の会話を聞いていると、ラナが異形狩りの側に近づき、口を開いた。
「あの、私、ちょっと特殊な魔法が使えるんです、だからこの人の怪我もすぐに──」
「ソイツに触るなッ!!!」
彼の怒号が、部屋中に響いた。
ラナは勿論、ナグツメもその場に固まり、驚いた顔で彼を見つめていた。
「……済まない、貴女の事はアトメントの方々から聞いている」
数秒の沈黙、その後に彼は口を開き、そして言葉を続けた。
「勇者ラナ、どんな傷だろうと治せると……ならば、この村の中心に集まっている怪我人の治療を頼みたい」
「えっ……でも、この人は──」
「──彼は村の掟を破り、剰え人の身を穢した。救う事など、最早できない」
「さぁ、勇者殿、怪我人の元へと案内します」
そう言うと彼は、異形狩りを一瞥し、ラナに同行する様に促す。
ラナは、どうしたらいいか分からず自分を見つめるが、自分は何も言わずに首を横に振り、彼についていく様、促した。
「えっ……えっ……?」
そうして、ラナと彼が家屋から出ていく寸前、自分は今にも泣き出しそうなナグツメを視界に捕らえ、自分は思わず口を開いた。
「村長」
「……なんだ」
「自分は、彼と個人的に話をしたい、二人きりで、だから、ナグツメを頼みたい」
「……いいだろう」
そう言って彼は、ナグツメの前に戻り、ナグツメを落ち着かせながら抱き上げると、再び家屋から出て行った。
「おねぇちゃん、パパは……」
「大丈夫、他のみんなを治したら、パパの事も絶対治すから」
家屋の外から聞こえる声を最後に、部屋の中には自分と異形狩りだけが残された。
「……さて」
自分は異形狩りの前に腰を下ろすと、名を名乗った。
「ヨミエル、自分の名だ。アンタは?」
「……コーショ」
自分とコーショは、名前以外に知る必要のない自己紹介を終えると、自分はコーショの身体を観察した。
古傷だらけのその身体には、最近できた痛々しい傷も存在する……恐らく新しい傷は、魔物の襲撃の際、できたものだろう。
だが、自分はその痛々しい傷よりも、一際目を引く古傷に目を惹かれた。
「その傷は、異形狩りの所業から生まれた傷だな……同じ異形狩りとて、珍しい傷だが」
コーショの胸には、一段と多く、人為的掻きむしった古傷が多く見られた。
──罪悪感。
その傷は、胸に突き刺さるその後悔に苛まれた者がつける、証の様な傷だった。
「魔物大戦が始まったあの日……この村には……本土からの要請があった」
暫しの沈黙が流れた後、コーショは吐露する様に語り出した。
「だから私がこの村の為、あの地獄へと赴いた」
「ノフィンの為、魔物を討伐する……そう聞かされていた」
だが、実際は違った。
同じ異形狩りとして、自分もその言葉に踊らされ、戦場へと赴いた……。
「あの時の私は、村に残した弟に誇れる英雄となる為、血炭刃を振るった」
「だが私がなったのは……人を殺める……魔族へと……化け物に成り下がっただけだった」
「それは違うだろう」
自分は、懺悔に近いコーショの言葉を否定した。
「アンタはあの場で、一つの命を救った筈だ」
「……ナグツメのことか」
コーショは、ナグツメの名を出すと、深いため息を吐き、身体を起こし、囲炉裏の側にある小皿を見つめ、口を開いた。
「残念だが、穢れたこの身では、あの子の側に居てやれる資格は無い」
「……この村には、塩が悪きものを祓うという伝統がある」
コーショは、囲炉裏の側にある小皿から、粉末の塩を乱暴に掴み取る……そして──
──彼はそれを、自らの古傷に塗した。
「グッ……アッ!アァッ……ぅううッ!」
叫びきれぬ程に悲痛な声が部屋中に響く。
「んんッ……ふぅううッ……!」
彼が痛みに悶え苦しみ、息を整える様子を、自分は唯々見つめ、彼の次の言葉を待っていた。
「ッ!はぁ!ぁッ……私、は……人殺しの罪に……穢れてしまった……」
「この罪、この過去を……洗い流し、清らかな人でなければ、私は……私は……!」
彼の叫びは、悲痛なまでに痛々しいものだった。
それこそ、彼の言う「罪」は、致命的なまでに彼の奥底まで蝕み、最早、胸の内にある心臓にまで、到達しているのだろう。
だからこそ自分は、心臓を抉り出そうとする彼に向かって言い放った。
「洗い流すな、そんなもの」
「……なら、私はどうすればいい!?」
自分の言葉に、コーショは痛みに耐えながら反論する。
自分は、コーショの瞳を見つめ、もう一度言い放った。
「証明してやる」
「は……?」
「アンタと自分は、同じだ。だから、この村を救って、アンタ自身に証明してみせる」
そう言って自分は立ち上がり、最後に一言、自分と、彼に向かって言い放った。
「アンタに罪はあっても、穢れた人間などではない──」
「──だから、その罪は一生背負って歩け」
──そうして自分は、同じ異形狩りに背を向けて、立ち去った。
─清めの塩─
フマンツ村には、塩が悪きものを清めるという伝統がある。
実際この伝統はノフィン本土にもあり、祭事などに使う清めの塩は、ここフゥジ山岳の特別な塩が扱われている。




