その28 フゥジ山岳
─前回のあらすじ─
長い機関車旅の中、ラナの提案で皆と記念撮影を行った。
ラナの記念撮影が終わり、皆がそれぞれ過ごしている中、自分は暫く窓の景色を眺めていると、青々とした草原に赤茶色の土が混じり出し、草原がまばらになっていった。
そして気がつけば、窓から見える大地からは草木が消え失せ、赤茶色の険しい大地へと様変わりしていた。
「そろそろ着くみたいだね」
オタニアが自分に話しかけると、背中には大きなリュックを背負っていた。
「中身は帝都で流行ってる小説とかの書籍だよ……結構重くてさ……」
「でも、これが結構売れるんだ、重いけど」
オタニアの格好は、まるで行商を行う商人そのものだった……実際、この旅は行商という名目で通っている。
世界を救う為には、前提として世界が壊れていないといけない。
つまり「我々は世界を救う旅をしています」などと旅先で口にすれば、事態がややこしくなるのは明白だ。
『アヴァロン浄化作戦』は極秘裏に遂行される。
旅の門出を祝福される英雄の童話とは違い、コソコソと世界を救うというのは、まぁ気楽ではあるが。
そんな事を考えていると、ガタゴトと揺れていた機関車の振動が収まり、窓から見える景色もピタリと止まった。
「ついた!?機関車旅おわった!?」
「うん、フゥジ山岳に到着したよ、ちなみにフゥジ山岳は切り立った峡谷地帯の様に──「私、先に外出てるね!」
オタニアの解説を無視して、ラナはハシゴを滑り降り、すぐさまフゥジ山岳の大地へと飛び出した。
二階から見える窓の景色に、ラナがスマホをあちこちに向け、カメラを発動させている姿が映る。
「準備はできている様だな、サッサと行くぞ」
続いてギブルがハシゴを滑り降りる。
機関車の中には、気まずい無言が流れる自分と、オタニアだけが残された。
「……続けていいぞ」
「……いや、道すがら解説するよ」
自分とオタニアも、機関車から降りることにした。
──赤茶色の乾いた大地に、快晴の青空……ジリジリと照り付ける太陽が、春だというのに照り付ける。
そして、フゥジ山岳の自然が織り成す背景に、自分は息を呑んだ。
ザァザァと波を揺らす海に囲まれた、切り立った赤茶色の山岳が塔の様に立ち並び、厳しい自然の峡谷地帯を作っている。
一言で表すならば、海の中から無数の巨大な角が隆起している……そう言い表せる程に、緑生い茂るノフィンの地とは異なる、異質な光景だった。
「すごーい!!ね!もっかい記念撮影してもいい!?」
ラナがフゥジ山岳を背景に、スマホを構える。
「当然ダメだ、後にしろ」
「え〜?」
二人のやりとりを尻目に、山岳を見つめると、自分はある事に気づいた。
「……海で道が隔てられている、船でもあるのか?」
フゥジ山岳へと続く道は、断崖絶壁の崖の下に海原が広がり隔てられている。
しかし、その崖付近には山岳に続いて伸びるロープがあるばかりで、船の様に海を渡る術が見当たらない。
「あぁ、ここから先はゴンドラを使って行くんだよ」
「ゴンドラ?」
「そう、ノフィン統一戦争以降、白狗商会が作った、物資輸送用の乗り物さ」
「そこにゴンドラを呼ぶ為の操縦桿がある、回せばゴンドラが来るよ」
そう言ってオタニアが指差した場所には、円盤の操縦桿と、ロープを巻き取る大きな装置が視界に入る。
自分はその操縦桿を握り、力を込めて回し始める。
「不快な重さだ」
全力を出さずとも操縦桿は回るが、かと言って力を抜いて回せば上手く回らない、嫌な重さだった。
操縦桿を回して暫くすると、周りに柵が取り付けられた鳥籠の様なものがこちらに到着する。
「みんな、ゴンドラに乗って」
オタニアがそう言って鳥籠……ゴンドラの中に入って行く。
「お疲れ様、ヨミエル」
「ゴンドラにも操縦桿が付いているな……ヨミエル、回せ」
「……いつの間にか、自分が回す係になったのか」
安易な気持ちでゴンドラを呼んだ事に後悔しながら、自分は操縦桿を握り、回した──
──ゴンドラを進めていると、辺りの景色が一変し、自分たちがフゥジ山岳の中へと入った事に気づく。
橙色に見える山が壁となり、ゴンドラの下には綺麗な海が広がっている、その景色は山岳と言うよりは、峡谷の様にも思えた。
「──やっぱりフゥジ山岳には独特の生態系が築かれているよ」
「見てよ、岩壁に『シオカゼトカゲ』が凄い張り付いてる!」
いきなりオタニアが興奮して語りだす……彼は、フゥジ山岳の生態系に興味があるのだろうか。
「ほんとだ!ピンクのトカゲがめっちゃ張り付いてる!あれ何やってんの!?」
「あれはね、塩分を身体に纏ってるんだよ、そうする事で、魔物や鳥から襲われた時の防衛手段を得ているんだ」
「へぇー!襲われるって事は、あのトカゲって美味しいの?」
「うん、下処理さえすれば塩辛い肉がなかなか美味しくてさ、そのまま焼いて食べるのがいいんだ」
二人が話に花を咲かせていると、ゴンドラの前を、巨大な虫の様な何かが横切り、近くの地面に羽を下ろした。
「アレ!アレだよ!シオカゼトカゲを主に捕食する魔物は!」
「何あれ!?トンボみたいな……トカゲ!?」
「アレは『ドラヤンマ』虫みたいな見た目だけど、歴とした竜の魔物さ!」
「継ぎ血の儀と呼ばれる呪法で、ドラゴンを作ろうとして出来た生き物だよ」
ドラヤンマ、魔物大戦では見かけなかった……オタニアの解説通りなら、アレは兵器として生み出された魔物……その失敗作が、この地に住み着いたのだろう。
「ねぇ?何か持ってない?あのドラヤンマ」
ラナがドラヤンマを指差すと、ドラヤンマの六本の脚、その一つに、何かが握られている事に気づく。
「ふぅむ、ドラヤンマはシオカゼトカゲを捕食するからね……どれどれ」
オタニアがメガネを外し、ドラヤンマを凝視する。
「人ほどの体温に、人間の骨格に小さな体躯、それに獣の身体的特徴……うん!間違いないね!」
「──アレはアルマの子供じゃないか!!!」
「えっ!?」
オタニアとラナが驚愕の声をあげると、先ほどまで座っていたギブルが立ち上がり、ラナに指示を出す。
「ラナ!ドローンを数体召喚してドラヤンマへの道を作れ!」
「わ、わかった!」
ラナがドローンを数体召喚してドラヤンマへの道を作ると、ギブルがゴンドラから飛び出し、ドローンを足場に、ドラヤンマの元へと跳んで行く。
「切り裂け!刃よ!」
ドラヤンマへと飛び掛かると同時に憤怒の魔法『戦没者の刃』を発動させ、召喚した氷の刃を手に、子供を掴んだドラヤンマの節を切り落とす!
それと同時にアルマの子供が放り出され、それをギブルが抱き止める。
『──ギチ!ギチギチ!』
ドラヤンマが体液を撒き散らしながらギブルを見下ろし、スズメバチの様な顎を鳴らして威嚇する。
「──ラナ、オタニアを頼んだ」
「え!?あ、うん!ガッテン承知!!」
「ゴンドラは僕が進ませる!それまで頑張って!」
自分はギブルと同じ様にドローンを足場にし、ドラヤンマの元へと跳んで行く。
そしてドラヤンマの前に着地し、対峙する。
「子供を安全な場所に、自分が時間を稼ごう」
「あぁ、お手並み拝見させて貰おうか」
──望む所だ。
自分は、ドラヤンマに向かって血炭の剣と短銃を構えた。




