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その3 神隠し

─前回のあらすじ─

謎の男の陰謀により、崖から突き落とされた冒険者は、魔族の少女と出会う。

そして男から渡された書簡に書かれた依頼を受け、冒険者は魔族の少女を連れて旅立つのだった。

 深い(あい)色の空が、昇る太陽によってゆっくりと、その青に白さを帯びてくる。

 それと同時に、小鳥の(さえず)りが聞こえだし、あたりの風景は朝独特の雰囲気へと変化していった。


「ふぁ……あ、朝かー、おはよー」

「げっ、ローブに土ついちゃってるし」

 少女は寝床代わりにしていたローブから土を払い、身に纏う。


 ……昨晩は、この少女から色々なことを聞いた。

 フローシフ教団とは、この壊れた世界を神の力とやらで救済することを目的とした集団らしい。


 その為には、魔族の中でも選ばれし者『勇者』の名を持つに相応しい者の力が必要不可欠らしい。

 どうにも胡散臭く、それでいて突拍子もない話ではあるが、これまでの出来事を踏まえると、その集団はたとえどんな手を使っても、本気でこの世界を救済しようとしているのだろう…。


「もしもーし、寝ぼけてるのー?」

 そんな事を考えていると、少女がこちらの頬をつつき、声を掛けてきた。

 全く、この勇者様は……。


「……アンタ、フローシフ教団に騙されてるんじゃないだろうな?」

 自分がそう言うと少女は、キョトンとした顔を一瞬見せると、少し不機嫌そうに顔を顰《しか》めた。


「んもー!またその話?あのね、()()()()()()けど、これは私の意思なの!」

 そう言って少女は胸に手を当てると、得意げに言葉を続けた。

「君がお金の為にこの依頼を受けた様に、私も私なりに選んだ事なの!」


「……そうか、なら、これ以上蒸し返す必要もないな」

そう言いつつ、自分は大事な事を伝える。

「だが一つ、訂正して貰おうか……自分が、金の為にアンタの様な子供を利用すると思ったら、大間違いだ」

「おお!なんかカッコいいじゃん!」

「……ったく」

 自分は少女の態度に呆れながら、立ち上がる。


「それじゃあ行くよ!()()()()!」

「ああ、行こうか、()()()


 誰かさんとアンタ……互いに奇妙な呼び方だが、この少女は、名前を呼び合う事を嫌がったのだ。


 まぁ、互いにその方が良いのだろう。


 自分は燃え尽きた焚き火に土をかけ、後始末をすると、懐から赤い花を取り出す。

『赤い花が道導(みちしるべ)となる』書簡にはそう書いてあったが……。


「うわぁ、君ぜんっぜん花似合ってないね」

「黙ってろ」

 そう言うと、赤い花弁の一つが動き出し、その(はね)を動かした。

 赤い花の中には、擬態した赤い蝶が仕込まれており、その蝶はパタパタと翅を動かし、何処かへと飛んでいくと、その場でぐるぐると回り、まるでついてこいと言っているかの様だった。


 成る程、道導というよりは案内人か……。

 自分と少女は蝶の後を追い、歩き出す。


「そういえば君、なんで崖から落ちたの?」

 少し歩くと、少女が口を開く。

「……頭のおかしな男に騙されて、馬車ごと崖から突き落とされた」

 自分は隠す理由も見つからず、あの馬車での出来事を正直に話した。


「え……それ、本当?」

「あー……えっと……」

 少女は驚き、暫し気まずい沈黙が流れる。

「……あ、じゃあさ、なんで君は依頼を受けたの?お金の為でもないんでしょ?」


 そう言って少女はニヤニヤしながら言葉を続けた。

「それにさ、その依頼人って、多分君を崖から突き落とした人のだよね?」

「……だろうな」

「なんでそんな依頼なんか受けちゃうかなー?私の事なんて無視して、さっさと帰っちゃえば良かったのに」

 少女はまたおどけた様子でそう言う。

 自分は、少女の態度に呆れながらも、少女の言葉に反論する。


「書簡に書いてあったのは依頼だけじゃない、この依頼を受けなければ殺す、とも書いてあった」

「えっ」

「……それに自分は、命の恩人を置いて逃げ出すほど、薄情な人間ではない」

「……なんのことかなぁ、わかんないや?」

「アンタのその時間を戻す力、それが人にも使えるのなら、自分が今傷一つない事に説明がつく」


 そう、自分の体は何処にも傷がない、馬車の下敷きになった、あの三人とは違って。

 だがそれも、ズタズタの書簡を直した少女の力が人間にも作用するなら、合点はいく。


「魔族のやったことだよ?」

「新鮮なうちに食べたかったから、治しただけかもしれないよ?」

「昨日、人は襲わないと言っていただろう」


 自分の言葉に少女は「でも……」と続け、これ以上は埒が明かないと思った自分は、無理矢理話を切り上げた。

「……まぁいい、この話は終わりだ」


 自分はそう言うと、少女との話を切り上げて前を向いた。

「あ、ちょっとー、いいのー?襲っちゃうよー?」

 少女の声を聞こえないふりをして歩き続ける。


「ばぁ!」

 突如後ろから抱きつかれ、思わずよろめく。

「…何やってるんだアンタは」

「襲っちゃうって言ったでしょー」

「まぁいい、そのまま暫く抱きついていろ」

「えっ!?あ、いやー、私からやっといてなんだけどー…それはちょっと恥ずかしいなーっと」

「そうじゃない、前を見ろ」


「前?……あっ」

 少女が前を見ると、目の前の森が開け、そこにはある意味で歴史を彩った光景が広がっていた。


 そこには錆きった武具や破れた天幕、そして散乱した骨と、誰の物かもわからぬ髑髏(しゃれこうべ)が転がっていた。


『ノフィン統一戦争』の戦場跡地……およそ百年も続き、十年前に終わりを迎えた出来事の残滓(ざんし)が、自分たちの目の前に存在している。


「ここ、通るの……?」

 少女は不安そうな目で戦場跡地を見つめる。

 迂回しようかとも考えたが、赤い蝶は戦場跡地を飛び回り、こちらを待っている。

 アレは唯一の案内人だ、見失えば目的地に着くことはできないだろう。


「離れるなよ」

 少女にそう警告し、少女をおぶって自分は歩き出す。

「ちょっ!ちょっと待って!恥ずかしいから!!手!手繋いで行こう!?」

 全くコイツは…自分は少女を降ろし、手を繋ぐと、改めて戦場跡地に踏み出した。


 戦場跡地で注意すべきは、魔物や天幕内の食料を漁る獣……そして何より恐ろしいのは『神隠し』だ。

 神隠し……戦場跡地に足を踏み入れた者が姿を消し、その数秒後、死骸となって発見される現象だ。


 戦場跡地を漁っていた冒険者達の間で、度々その現象が確認されている。

 神隠しに遭えば命はない……現象を目撃した冒険者達は皆、口を揃えてそう証言している。


 小鳥の囀りが聞こえていた森の中とは打って変わり、土を踏み締める音が聞こえる程、静寂が辺りを包んでいた。


 骨、錆びた武具……歴史を彩り、役目を終えたそれらを踏み越え、蝶を追っていると、目の前を()()が横切った。


 一瞬見えたそれを探し視線を横にすると、(おぼろ)に見える翅を動かし羽ばたく、半透明な蝶が目に映る。


「──ざけるな……俺はまだ……戦える……」

 自分と少女の声ではない、何者かの声が聞こえ、声の主を探し辺りを見回すと…辺りの情景が一変していた。


 先程まで青々としていた空は、灰色の雲が覆い隠し、落ちていた鎧と武具には何者かの亡骸が現れ、そして地面は所々が赤黒く染まっている。


「……!ねぇ!あれ見て!」

 少女が声を上げ指を指すと、そこには鎧と武器、それぞれが纏わりつき、まるで巨大な蛇の様に形を織りなす化け物と、それに挑む一人の兵士が視界に入った。


「うおおぉァァッ!!」

 兵士は雄叫びを上げながら、握りしめた槍をめちゃくちゃに振り回し、目の前の巨大な蛇に挑み掛かる。


 静寂が辺りを包んでいた戦場跡は、殺意と怒号、倒れ伏した人々のうめきで、混沌と言う名の地獄で塗り潰されていた。


 ──そこはまさに、『ノフィン統一戦争』の真っ只中の様だった。

─ノフィン統一戦争─


ノフィン統一戦争とは、ノフィン統一を目論むノフィンの民とそれに抗う、後にエルフと呼ばれるニムドの民の戦いである。

ニムドの民は、自身の意思を具現化させる事ができた。

憤怒の意思を持てば、敵を屠る刃となり、貪食の意思を持てば、人類の純粋な獣の力を解き放つ事ができた。

現代の価値観で言えば、それはまさに奇跡の範疇(はんちゅう)に含まれるものだ。

ノフィンの民はその力を欲し、ニムドの民に対し侵略行為を開始した。

この戦いは「ノフィン統一戦争」と呼ばれ、後に「魔物大戦」へと続いていく事となる。

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