魔法とは
ガタリ、ゴトリと心地の良い振動が伝わる血炭機関車の中、ギブルが伝書梟に餌を与えている。
「執政官殿、旅の道中は良好、特に問題もございません……報告は以上です」
ギブルは何故か、餌を与えながら梟に向かって語りかけている。
その口ぶりは、まさに執政官に向かって喋っている様で、不思議に思ったラナがギブルに話しかける。
「ギブルちゃん、寂しいの?」
「あ?」
ギブルの鋭い目つきを気にする事なく、ラナは言葉を続ける。
「いや、なんかその子に向かって、執政官殿ーって話しかけてたから、寂しいのかなーって」
「別にこれは寂しいから語りかけているのではない、報告をする為、『伝書梟の羽』に言葉を記録しているんだ」
「羽に?」
「コイツの足首をよく見ろ、羽が括り付けられているだろうが」
見ると、梟の足首には一枚の羽が括り付けられている。
「ほんとだ、でも……なんで羽に向かって喋ってるの?」
「以前貴様も見ただろう……この羽を、これはいわば魔法の供物だ」
「……供物、そっか?」
「貴様ほとんど理解できていない様だな、そこに直れ、魔法のなんたるかを説明してやる」
「う、うん?」
そう言うとギブルは、ラナを娯楽室の椅子に座らせ、その向かいにギブルも座る。
「いいか、まず魔法というものは、一言で言えば『意思の具現化』だ」
「私がお前を殺すと思えば、それが刃という形になり、逆にお前を癒すと思えば、それが傷を癒す薬になる」
「しかし、意思という物はこの二つだけではない、今のところ魔法は『七つの意思』に分類されている」
「簡単に説明してやる、耳クソをほじくるなら今が最後だ」
「汚いよ!?」
ラナのツッコミを無視して、ギブルはお構いなしに語りだす。
「まずは『憤怒の意思』だ、これは『殺す』という意思を持てば発動する」
「大抵は武器を召喚したり、対象に意思……つまり魔力をぶつけて攻撃する魔法が殆どだ」
「そして、意思には感情というものが必ずついてくる、冷静に殺すと思えば刃は氷を纏い、怒り狂って殺すと思えば刃は炎を纏う」
「この現象はどの魔法でも同じだが、ごく稀に、なんの感情も抱かず、何も纏わせない魔法使いも存在する」
「理解したか?」
「うん、とにかく敵を攻撃する魔法……って事だよね?」
「それだけ判れば良い、では次だ」
「『貪食の意思』、これは人類の持つ原始的な力……いわば獣の力を解き放つ魔法だ」
「『自分にはできる』そう『信じる』心を持てば発動できる」
「代表的な力は、疾風迅雷の狼、剛腕の猿などが挙げられるな」
「獣の力って……鳥になって空を飛んだりできるの!?」
「鳥にはなれない、人類史上、自分の力で飛んだ人間など居ないからな」
「それと、勘違いしている様なら言っておくが、この魔法は獣の力を解き放つ訳であって獣になる訳ではない、人の身で獣の力を解き放つだけだ」
「なーんだ」
「次に『傲慢の意思』これは自然の法則を自分に都合よく起こす魔法だ」
「『従え』そう『命令』する様に意思を放てば、発動できる」
「花を急速に成長させたり、水の流れを止めるという事ができる、上手く扱えば戦闘でも扱える」
「マジ!?じゃあ雷とか降らせたりもできる!?」
「豪雨の中ならな、その雷に自ら打たれて死んだ阿呆は何人かいる」
「ダメじゃん!!」
「次にせいよくの意思」
「性欲?」
「……生きるに欲と書いて生欲だ」
「そっか」
「『生欲の意思』は傷を治し、身体の毒素を吐き出させる魔法だ」
「患者に『寄り添う』そんな『優しさ』を持てば、発動できる」
「代表的なのは血液凝固の魔法と、寄生蝶の翅の魔法だな」
「この二つは似てはなるものではある、血液凝固は患者の血液を供物に応急処置を、寄生蝶の翅はそれを供物に完全回復をさせる」
「私の力みたい!」
「確かに似ているが、貴様のその力はどの生欲の魔法よりも優れている」
「死の淵から傷を完璧に治すなど、どんな魔法使いでも成し得なかった」
「それほどでも……」
「フッ、せいぜい誇りに思え」
「五つ目だ『怠惰の意思』それはそれは都合が良く便利な魔法だ」
「『ああなれば良い』そんな『願い』を込めれば発動する」
「代表的な魔法は……貴様も知っているな『伝書梟の羽』だ」
「便利な魔法?なんでもできるの!?」
「攻撃的、或いは身を守る魔法は存在しない、飽くまでも便利なだけだ」
「『嫉妬の意思』……これは魔法というよりも、魔法使い同士で起こる、ある種の現象に近い」
「ハッキリとした意思はないが……なんでも、別の魔法使いの魔法に惹かれ、同じ魔法が発動するらしい」
「代表的な魔法も不明……逆に言えば、どんな魔法も発動できる」
「すご!最強じゃん!」
「情報だけだとそうだが、この魔法は別の魔法を認識し、その魔法に惹かれなければ発動できない」
「最後だ『強欲の意思』これは最近発明されたばかりの魔法だ」
「これは魔法使い自身の意思というよりも『対象の意思』を利用して発動させる魔法だ」
「……どうやんの?」
「たとえばお前が金に目が眩んだとしよう」
「その金に魔力を送り込み、文字通り目を絡ませる事ができる」
「……やってみて!」
「チッ」
ギブルが懐から一枚の硬貨を取り出し、ラナに差し出す。
「やる」
「ほんと?ありがとー!」
突如硬貨から眩い光がラナの瞳に差し込み、ラナの目が眩む!
「目が!?目がぁ!?」
「どうだ明るくなっただろう」
「うぅ〜、目の奥がチカチカする」
──「とまぁ、こんな感じだ」
「意思が魔力って事はわかったけど、供物って何?」
ラナが質問をすると、機関車の窓にコツコツと、足首に羽を括り付けた一羽の梟が、窓を突いているのが目に映る。
「論より証拠、か、まぁ見せてやる」
ギブルは窓を開け、梟の足首に括り付けた羽を取り出し、ラナに見せる。
「供物というのは魔力を送る対象だ、魔力だけでは、ただ意思を放っているだけに過ぎんからな」
そう言ってギブルは口を開き、魔力を送る様をラナに見せつける。
「願おう、秘められた声を聴くことを」
そうすると、羽から聞き覚えのある執政官の声が聞こえてくる。
『──あ、貴方?今日の夜だけど、貴婦人の台所で食べないかしら、今日はなんだか……少し甘えたい気分なの、愛してるわ……チュ』
「…………えっと、ラブラブ?」
「……執政官殿!供物の私的乱用はお控え下さい!それと!お幸せに!」
──顔を紅く染めた少女が梟に向かって叫んだ。
ギブルの髪型は自分で切っている。




