表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/48

その2 魔族の少女

─前回のあらすじ─


ノフィン国に住む冒険者、彼はある依頼で馬車に乗っていたが、

謎の男の陰謀により、馬車ごと崖から突き落とされるのだった。

 ──暗く、深い、水底に沈んでいく様な感覚の中、誰かの声が聞こえてくる。

『お願い、目を覚まして……』


 ──その声を聞いた瞬間、意識が覚醒する。


 そして視界には、黒いローブを身に纏い、柑橘(かんきつ)の様に爽やかな(だいだい)色の長い髪を(なび)かせた、10代後半ほどの少女が、自分の顔を心配そうに覗き込んでいた。


「よかった!生きてた!」

 ……なんだ?何が起こった?自分は……助かったのか?

 混濁(こんだく)する意識の中、自分は身体を起こし、辺りを見渡すと、直ぐにあるものを見つけた。


 馬車だ……崖から落ち、殆どが崩壊した馬車が、視界に映った。

 そしてその近くには、ピクリとも動かなくなった御者と、馬車から飛び出したあの男と同じ様な、白いローブを身につけた二人の人物が、馬車の下敷きになっているのを見つける。

 三人とも恐らく生きてはいない……辺りに飛び散った血潮から、そう察した。


 目の前の光景は確かに、自分は馬車から落ちたという事実を物語っていた。

 しかし自分はこうして生きている、同じように落ちたはずの御者や馬とは違い、傷ひとつなく。

 自分が今、生きている現実と目の前の光景が上手く嚙み合わず、頭が混乱してくる。


「ねぇ、大丈夫?」

 そんな自分の様子を見て、少女は心配そうな表情でこちらの顔を覗き込んでくる。

「……分からない」

 現実感のない出来事が続いた為か、自分は呆然としつつ、少女の問いに答えた。


『アンタにはある人物を目的地まで届けて欲しい』

『その人物は橙色の長い髪をした女だ。目的地はこの袋にある』

 ……そうだ、確かあの男はそんな事を言って自分に袋を手渡していた。


 依頼を受ける……という訳ではないが、何か情報が得られるかもしれない。

 しかし袋は、馬車から落ちた時落としてしまったのだろうか、自分の手元には無い。

 あるとしたら……恐らく馬車の中だろう。


 そう思った自分は、心配する少女を尻目に、馬車に向かい歩き出す。

「あっ……多分……もうその人達は……」

 少女は声をかけるが、自分はそれを無視して馬車の幌をめくる。

 するとそこには、あの男に渡された銃と袋が落ちていた。


 ……せめて何か分かればいいが。

 そう思いながら銃を懐にしまい込み、袋を開ける。


 何だこれは…。

 袋の中には、数発の弾丸と、ズタズタに破かれた紙片…そして一輪の赤い花が入っているだけだった。


 あの野郎…人を崖から突き落としたうえに、数発の弾丸と紙片の入った袋で依頼を受けろだと?

 一体どういうつもりなんだ?

 怒りと困惑が入り混じった複雑な感情が、胸の内にこみ上げる。


「その紙、ボロボロだね」

 複数の紙片を見つめる自分に、少女が後ろから声をかける。

「ちょっと貸して、直してあげる」

 そう言うと少女は紙片を集め、手の内に握り込み、祈るように手を組む。


「何をしている?」

 少女にそう問いかけると、少女の手から淡い光が溢れ出す。

 やがて光が収束すると少女の手には一枚の紙が握られており、それを自分に差し出してくる。

「はい!これで綺麗に直ったよ!」


 差し出された紙を受け取ると、先程まで破けていたはずの紙片はまるで、()()()()()()()()綺麗な一枚の書簡(しょかん)となっていた。


「どう?読める?」

 少女は書簡を覗き込みながらそう問いかける。

「何をした…魔法か?」

 そう問いかけると、少女は少し困った様な表情を見せつつも答える。

「んー…みたいなもの、かな?」


 みたいなもの…少女の言葉に、もしやと思い、自分は少女の瞳孔を深く観察してみる。

「わっ!?ちょ…なに!?」


 少女の瞳を覗くと、翡翠(ひすい)のような淡い緑色の、()()()()()()、コチラを見つめていた。

 重瞳(ちょうどう)の瞳に、魔法とは違う、奇怪な力…間違いない…自分の疑惑は確信に変わった……。


 ──この少女は、魔族だ。


「…ありゃりゃ、バレちゃった?」

 少女はイタズラっぽくニヤリと微笑み、(おど)けてみせる。


「でも安心してよ、みんなが言うみたいに人を襲って食べたりしないから」

 魔族…それは『ノフィン統一戦争』末期に起きた事件『魔物大戦』により生まれた存在だ。


 赤い雨…その雨を浴びると、人は魔物となり、自我を失う。

 そして魔族は、自我を保ちながら魔物の姿を隠して人に扮し、人を襲うと言うが…。


「ねぇねぇ、その紙、何が書いてあるの?」

 そんな事を考えていると、少女が書簡を読むよう催促して来た。

 …今はそんな事を考えても仕方ない。

 自分は書簡に書かれた情報を読むことにした。


『御名答、どうやら君はその少女の力を目の当たりにしたようだ。

 見ての通り、その少女は魔族…忌むべき人類の負の遺産の一つ。

 しかしその少女は、我々『フローシフ教団』にとってこの世界を救済する存在なのだ。


 君には依頼として、その少女を我らフローシフの元へと送り届けてほしい。

 赤く咲いた花が道導(みちしるべ)となる。

 それを頼りに我らフローシフの元へと辿り着くのだ。


 依頼が達成されるまでの間、我々フローシフは君の命の保証をする事を約束しよう。

 しかし、この依頼を拒むというのならそれはフローシフに対する明確な敵対行為と見做(みな)し、我々は君に対して刃を向ける事となるだろう。

 賢明な判断を期待する。


 追伸・少女を送り届けるなら、決して(ほだ)されるな。

 それが少女の望みでもある。』


 要約すると、少女をフローシフの元に届けろ、この依頼を断るのなら殺す。

 そういう事だろう…どこまで人をコケにすれば気が済むのだろうか。


 本来ならこんなふざけた依頼など受ける道理は無いが……あの男がフローシフの一員だとすると、この場の惨状から察するに、フローシフ教団は殺しを躊躇しない集団なのだろう…。


 どうにも癪であるが、今はこの依頼を受けるしかない。


「……着いてこい」

 自分は書簡を懐に仕舞うと、少女を先導しこの場から立ち去った。

「え!?あ、うん!」

 今日はもう日が暮れる…獣や族が出ないうちに、この場を離れる事にした──


 ──深い藍色(あいいろ)の空が辺りを暗く染め、自分と少女は淡く燃える小さな焚き火を囲み、それぞれ体を休めていた。


 自分は銃を手にし、その構造を改めて確認する。

 単発式の短銃…塗装も装飾も施されていない無骨な鉄製のそれを、以前戦場で見たことがある。


七十九(ななじゅうきゅう)式単発装填(しきたんぱつそうてん)短銃(たんじゅう)』だろう。

 一発ごとに弾の装填が必要だが、短銃とて威力は折り紙つきだ。


 そしてふと銃の持ち手に目をやると、そこには不思議な刻印(こくいん)が施されていた。

 一つの瞳に複数の瞳孔を持つそれは、魔族の瞳の様にも見える。


「それ、フローシフの刻印だね」

 いきなり背後から声をかけられ、ギョッとするが、少女はそんな事お構いなしに話を続ける。


「君、フローシフの人?私みたいに黒いローブは着てないけど…」

「…ちょっと待て、アンタはフローシフについて何か知っているのか?」

 そう少女に問いかけると、少女はキョトンとした表情を見せた後、ニヤリとしながら口を開く。


「なーんだ、君フローシフの人じゃなかったんだ…勘違いしちゃった」

 そう言うと少女はローブに付いていた頭巾を被る。

 するとその頭巾には、銃の刻印と同じ様にフローシフの刻印が施されていた。


「私はフローシフ教団の勇者、魔族にして世界を救うものなり〜!」

 少女は戯けるようにそう言うと、手を腰に当てながら胸を張ってみせた。


「……はっ、勇者だと?」

 自分は思わず、その少女の言葉に笑いが込み上げる。

「むっ!さては君、私が勇者かどうか疑ってるでしょ!」

 少女は自分の態度が気に入らなかったのか、頬を膨らませ、自分に詰め寄る。


「……当たり前だろう、殺しも厭《いと》わない、イかれた宗教集団の言う事だ」

 そう言って自分は少女を指差し、言葉を続けた。


「アンタが勇者だろうが魔族だろうが、知った事はないが、もう少し所属する場所は選べ、アンタの様な子供は特にな」

「子供じゃないです〜!もう18歳です〜!!」

「充分子供だろう」


「じゃあ今証明してあげる!ほら、服脱いで!エッチな事するから!」

「止めろバカ!!」


そう言って少女は「ビス!ビス!」と訳のわからない掛け声をあげながら、自分の体を突っつき回して来た。


 ──本当に、訳の分からない状況だ。

 そう思いながら、微かな笑いが溢れた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ