その10 殺意
─前回のあらすじ─
兵士の駐屯地に着いたヨミエルとラナは、兵士の団長であるカメトルに疑いの眼差しを向けられるのだった。
「お待たせしました、一番いいのを見繕いましたよ」
「じゃーん!どう?可愛い?」
なるほど、時間がかかるわけだ……服装は勿論、髪型まで変えている。
長い髪は後ろに束ね、長かった髪は、短く見える様になり、より活発な印象を与える。
服装は黒いフローシフの外套を取り払い、変わりに黄色い旅に適した服装に、胸元には赤いリボンを付けていた。
そして、年相応と言うべきか、下は白いスカートに黒いタイツ、白いブーツと、ラナなりに身なりを整えている様だった。
「……そんな格好で大丈夫か?もう少し動いても問題ない服装の方がいいと思うが」
「大丈夫だよ、問題ないよ。だって──」
「ちゃんとホットパ──きゃあ!?」
ラナがスカートを捲し上げようとした所を、自分は電光石火の勢いで止めに入った。
「……年頃の娘がそんな事するな」
自分でも何が起こったのか理解に苦しんだ後、絞り出す様に一言だけ呟いた。
「まぁ〜……確かに、女の子がそんな事したら止めますよね……」
「ホットパンツ履いてるから大丈夫って言おうとしたの〜」
「うっひゃあ、ヨミエルさんさっきのどうやったんですか?めっちゃ早かったですよ?」
何故だか自分が白い目で見られている様な気分になり、感想を言うどころではなくなってしまった。
「イノ看護長、その者達の処罰は決まったのだろうな」
殺気を感じるほど威圧的な声が背後から聞こえ、振り返ると、そこには数人の兵士を連れたカメトルがこちらを睨んでいた。
なるほど、処罰ときたか……。
「団長……!?えと──「世話になった、自分たちはこれでおいとまさせてもらう」
「えっ、あ、うん……じゃあね!」
自体がこれ以上ややこしくなる前に、自分はラナの手を引き、この場から立ち去ろうとする。
すると、天幕の裏から数人の兵士が現れ、自分とラナを取り囲む。
「立ち去るのなら、まずは俺の質問に答えて貰おうか」
……用意周到な奴だ。
自分は心の中で舌打ちをし、ラナの瞳を見せぬ様にカメトルの前に立ち塞がる。
「その者はフローシフの団員、そうだな?」
「フローシフ?聞いた事がないな、何だそれは」
自分はカメトルの質問に答え、包囲に穴がないかバレぬ様に辺りを見る。
「なら言い方を変えようか、その者は、魔族だな」
「我々オーディエの兵士は、魔族殺しも仕事の内にある」
自分は剣と銃に手を伸ばし、カメトルに斬りかかろうとする。
「わっ!?」
声のした方を見ると、カワズがラナを羽交締めにして押さえつけていた。
「カワズ!?」
「ヨミエルさん!流石にそれはマズイです!牢屋行きどころじゃ済まないですよ!!下手しなくても縛首刑です!」
「そのまま押さえていろカワズ」
カメトルがラナの瞳を覗き込もうと、顔を近づける。
ラナは瞼を閉じて瞳を隠すと、カメトルは手を翳し、周りの兵士が武器を構え出す。
「目を閉じようなどとは考えるな」
「そうすれば、代わりにこの者を魔族と断定し、この場で切り捨てる」
「……っ!!」
その言葉をきいたラナは、恐怖に怯えた顔をしながら、瞼を開いた。
カメトルはその瞳を一瞥すると、今度はこちらに向き直り、威圧する様な声で自分に語りかける。
「貴様、この魔族とどういう関係だ、返答によってはこの場で切り捨てる」
「そんなっ!ちゃんと目を見せたじゃん!!嘘つき!!」
ラナがカメトルに訴えかけると、カメトルは憤怒に塗れた表情を見せ、ラナに叫び返す。
「黙れッ!!貴様ら魔族に手を差し伸べ、裏切られた者が何人いたと思っているッ!!」
カメトルの怒号にラナは涙を溜め、今にも泣きそうな表情だが、それでもカメトルを睨み返す。
……もういい、絞首刑など知ったことか、今この場にいる全員を殺してやろう。
自分は武器を抜き、目の前のカメトルに斬りかかろうとした瞬間──。
『クソッ!退けェ!』『調査員を避難させろ!』『うわあぁ!?』
「!……クソッ!ここは後回しだ、全員ついてこい!カワズ、イノ、お前達はソイツらを抑えておけ!!」
「えぇ!?は、はい!」
駐屯地の何処かから、怒号や悲鳴が響き渡る。
その叫びを聞いたカメトルはすぐさま兵士を連れ、叫び声がした方へと走り出した。
──これは願っても見ない状況だ。
自分はすぐさまカワズに頼み込む。
「ラナを離してくれ、頼む」
「えぇっ!?ちょ!そんなことしたら僕が危ないよ!」
「わ、私が団長を説得します!だからどうか!」
『ぐあッ!!」
二人を説得していると、後ろから叫び声が聞こえ、巨大な何かが天幕を破壊する音が聞こえ出した。
振り返ると、視線の先には地獄が広がっていた。
辺りは阿鼻叫喚の嵐であり、逃げ惑う武器を持たぬ者達とそれを避難させる兵士、そして……その兵士たちを蹂躙する異形の存在……。
獅子の牙が鎧を噛み砕き、山羊の蹄が兵士の身体を踏み潰し、蛇の毒が辺りを穢す。
獅子の頭に山羊の蹄、そして蛇の尻尾……間違いない、あれはノフィン統一戦争により生まれた魔物──キメラだ。
「うっ!うわっ!?何あれ!何!?」
「魔物!?しかもあんな巨大な……!」
「ヨミエル……どうしよう!?」
三人はキメラに怯え、その場に硬直してしまっている。
このままでは、全員キメラの餌食だ……仕方がない。
「ラナを頼む」
自分はカワズにラナを託し、武器を構えキメラに立ち向かった──
─魔物─
魔物とは、ノフィン統一戦争により現れた生き物だという。
失われた技法の儀式、継ぎ血の儀と呼ばれる、生き物の血を混ぜ合わせ、それぞれの生き物の特徴を混ぜ合わせた獣を作り出す、その儀式により作り出された生き物が魔物である。
例えば、獅子と鷹の血を混ぜ合わせ、獰猛な獅子に鷹の羽を生やし、無数のトカゲの血と、蛇の血を混ぜ合わせ、竜の様な巨大な生き物を作ったりもしたという。
その内の何体かがノフィン各地で野性化し、子孫を増やし、戦争が終わったノフィンの、自然の一部として振る舞っている。




