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Lightning in the blue sky

Lightning in the blue sky{3・4}

作者: はらけつ


なんにせよ、


青い空に、稲妻は、よく似合う。



稲妻が、走る。

稲妻が、落ちる。


青天から、落ちる。

青天に、走る。


空から地へ。

いや、正確には、宙から地へ。


気象衛星は、観測する。

大気の動き等を観測し、地上に、伝える。

地上では、それを元にして、気象予測を、する。


気象衛星は、落とす。

人工的な稲妻を、地上に、落とす。

地上では、気象予測した結果を元に、気象制御の為の稲妻を、落とす。


未だ、人工的には、微々たる稲妻しか、起こせない。

そんな稲妻では、気象制御に、使えない。


稲妻の威力を、増幅する必要が、ある。

気象制御に使える稲妻にする必要が、ある。


それには、増幅装置が、必要。

増幅装置と云うか、そう云うものが、必需。


色々、試した。

無機物から、有機物まで。

鉱石・薬品から、昆虫・動物まで。


結果、一つのものに、落ち着く。

人間に、落ち着く。

それも、濃い記憶を所有している人間、に。


濃い記憶を持っている人間ほど、役に立つ。

気象制御の為の、稲妻増幅に、役に立つ。

記憶が濃い程、稲妻は、増幅される。


が、身体に、電気(稲妻)が走る訳なので、無事には、済まない。

人間の神経や脳には、電気信号が走っている訳なので、無事には、済まない。


代償として、増幅装置になった人間からは、失われる。

増幅装置として、使われる度、記憶は、失われる。

新しい記憶から、最近の記憶から。


法律が、制定される。

その法律の為、気象制御を名目に、人が、強制的に招集される。

体のいい、祭の際の人身御供、戦時の赤紙招集。


招集する人間は、その資格から、高齢者が、多くなる。

が、『濃い記憶を持っている』資格さえあれば、若年者も、招集される。


表立っては、苦情を、言えない。

災害を防ぐことは、多くの人の利便に関わること。


そうやって、善意の犠牲者を出し、日々は、続いてゆく。


{case 3}


「一筆、書いてよ」


ここは、寝室だ。

高級マンションの、一室だ。


二人は、ベッドの上に、居る。

一戦を交えた直後らしく、気怠い雰囲気が、漂っている。


男 ・・ オクボの方は、でっぷり太って、皺ダルダル。

おそらく、かなり、歳が行っているであろう。


女 ・・ ベサダの方は、スリムで出るとこは出ていて、肌ピチピチ。

おそらく、かなり、若い。

オクボとは、かなり、歳の差が、あるだろう。


「ねえったら」


口調は、甘い。

その口調で、これみよがしに、腹を、さする。


「そうやな、そろそろ、書いておくか」


オクボも、ベサダの腹をさすって、言う。



ベサダは、思い出している。


オクボの家族に、唐突に、訪問されている。


来たのは、オクボの末娘が、一人だけ。

が、大画面のタブレットを、持っている。


「お邪魔します」


末娘は、一言の元、部屋の中に、ズカズカと、入る。

こっちが、モノいう暇も、押しとどめる暇も、無い。


末娘は、部屋に上がるや、電気のジャックを、探す。

探し当て、ジャックに、タブレットのコンセントを、挿し入れる。


タブレットの電源を、入れる。

タブレットを、操作する。


タブレットの画面に、人が浮き上がる。

一人、ではない。

数人、いる。

画面の向こう側では、タブレットを取り巻く様に、座っている。


それに伴い、音も、発生する。

通信ノイズ音が、する。

それ以外は、ほとんど、聞こえない。

向こう側は、思いの外、静寂な様だ。


揃っている。

ズラズラと、お歴々が、揃っている。


畏まっている。

畏まった衣装を着て、畏まった態度を取って、鎮座している。


お揃いやん


ベサダは、(溜め息をつく様に)思う。


オクボの娘・息子が、全員、揃っている。

そして、部屋に来たのは、オクボの末娘、だ。


謀られた


ベサダに有無を言わさず、話し合いが、始まろうとしている。

オクボの妻は、既に、死亡している。

よって、これで、利害関係のある者は、全員集合。

オクボの娘、オクボの息子、ベサダを交えた、家族会議が、始まろうとしている。


議題は、一つ、しかない。

オクボの遺産について、だ。

遺産分割を、どのようにするか、だ。

早い話、遺産の取り合い、だ。


まず、娘・息子側は、ベサダに遺産が行かない様に、話を、持って行くだろう。

その上で、自分等間で取り合いをする、だろう。


だから、其々の思惑はさておき、まずは、共同戦線を張るはず、だ。

総出で、ベサダに対抗するはず、だ。

ベサダを、排除しようとするはず、だ。


そのことは、明らか。

唐突に、家族会議を催すことでも、明らか。

タブレットを通して見る、鎮座フォーメーションからも、明らか。


ペコッ


今更ながら、末娘が、頭を、下げる。


「ベサダさん、唐突にお邪魔して、すいません」


ホンマや


「まだまだ、父は、生きるでしょう。

 でも、父の財産について、念の為、関係者みんなで、

 『打ち合わせしとこう』と、思いまして」


白々しい。

何か、自分らに不都合なこと、聞きつけて、『手打とう』としてるんやろ


タブレットの画面の、こちら側と向こう側、関係者全員が揃う。

向こう側の一人が、立ち上がる。


〈私、弁護士のフルハタ、です。

 オクボさんとは、幼馴染になります。

 その経緯で、オクボさんの子供さん達に、依頼されました〉


順当な、人選。

おそらく、オクボ家とは、家族ぐるみの付き合いがある、のだろう。

逆に云えば、『ベサダにとっては、アウェーの人選』と、云えなくもない。


〈ベサダさん、よろしくお願いします〉


フルハタが、ペコッと、頭を下げる。

その短髪、眼鏡顔からは、邪意が、汲み取れない。

『まあ、何らかの企みはある』だろうが、表面上は、窺い知れない。


ベサダも、ペコッと、頭を下げる。

怪訝な顔を、隠さずに。


そこから、フルハタの説明が、始まる。


向こう側の言い分は、早い話、ベサダに遺産は、『びた一文、渡さんぞ』と云うこと。

その為、弁護士も立てた、と。

『外堀、埋めさせてもらいますよ』、と。


そこからの話は、平行線。

どこまでも、平行線。

一ナノメートルも、交じり合わない。


娘・息子側は、ベサダには、手切れ金ぐらいしか、渡したくない。

遺産分割なんて、もっての外。

ベサダ側は、お腹の子、これから産まれて来る子の為にも、遺産の一部は、是非とも、欲しい。


まあ、嘘だが。

お腹の子なんて、嘘だが。

そんなもん、居やしないが。


弁護士のフルハタも、お手上げだ。

双方が、自分の立場を主張して、引きやしない。

妥協の余地も、無い。


「それでは、遺書が無い限り、法律に基づいて、

 財産分与することになりますね」


フルハタは、業を煮やして、告げる。


遺書か


ベサダは、(心の中で、)ほくそ笑む。


オクボと、娘・息子は、今や、ほとんど交流が、無い。

年に一、二回、顔を合わせるのみ、だ。


対して、ベサダはオクボと、週に三回は、会っている。

どちらの方が、優位かは、明らかだ。

それに、(嘘だが)お腹の子のことも、ある。


あと何回か、プッシュすれば、オクボは、遺言書を書くはず。

ベサダのお腹の子の為に、遺言書を、書くはず。

ベサダに優位な遺言書を、書くはず。


ベサダは、再び、(内心、)ほくそ笑む。


娘、息子が、どんなに動こうと、足掻こうと、結果は同じ。

オクボが、その気にならない限り、ベサダの優位は、動かない。

そして、オクボが、娘、息子の望み通りに動くとは、決して思えない。


ベサダは、高笑いをするかの様に、佇む。

静かに、威圧を持って、佇む。

画面の向こう側の、娘、息子を、見つめる。



次の日。


来る。

オクボの元へ、赤紙の召集令状が、来る。

オクボの元へ、気象衛星へいざなう、招集スタッフが、来る。


連れて行かれる。

有無を言わさず、その場で、連れて行かれる。

オクボは、ロクに家族に挨拶もできず、連れて行かれる。


会えるのは、一か月後だ。

それを、ベサダと、娘も息子も、連れて行かれて後、知る。

オクボが連れて行かれた後、気象センターからの説明で、知る。


遺書は、勿論、作成されていない。

一か月後以降にしか、作成されない。

それまで、ベサダと、娘・息子の争いは、waitとなる。



一か月後。


集う。

ベサダと、オクボの娘・息子は、集う。

気象センターの待合室に、集う。

そこで、気象衛星の帰りを、待ち受けている。


発射台には、次に飛び立つ気象衛星が、セッティングされている。

ローザ2号は、アンキ1号が戻って来るやいなや、発進する。

こうして、日本及び地球の気象は、安定して、保たれている。


ベサダと、娘・息子間には、会話は、無い。

お互い、向こう側の出方を、窺っている様だ。


娘・息子間にも、会話は、無い。

こちらは、既に、打ち合わせ済みの様だ。


 ・・・・ ・・・・

 ・・・・ ・・・・


静寂が、走る。

天使が、走る。


出し抜けに、待合室の外で、音が、響く。

音は、大きくなる。

音は、近付いて来る。


アンキ1号が着いた、様だ。

アンキ1号から、オクボが降りて来た、様だ。

そして、待合室に、向かっている。


ベサダは、自分が有利になる為の計略を、心の中で、確認する。

言うこと、行動すること等、手順を、再確認する。


娘・息子も、宙に、眼を、彷徨わせている。

何やら、考え考え、ブツブツ言いながら、彷徨わせている。

こちらも、こちらで、確認しているのだろう。


ガチャ


ドアが、開けられる。


オクボと、数人のスタッフが、待合室に、入って来る。

オクボは、車椅子に、乗っている。

スタッフは、オクボを取り囲む様に、入って来る。


オクボは、スタッフに車椅子を押され、進む。


娘・息子を見つけると、『ウム』とばかり、視線を返す。

娘・息子は、頭を、ちょっと下げる。

家長制が根強い家族の縮図を、見る様だ。


オクボは、ベサダを、見つける。


が、視線が、おかしい。

明らかに、視線に迷いが、見られる。

迷いと云うか、『?』マークが、見られる。


ベサダは、嫌な予感に、包まれる。


気象衛星は、気象制御の為に、稲妻を、落とす。

その稲妻は、小さく発生したものを、増幅して大きくして、落とす。

増幅装置は、人間。

生身の人間。


増幅時、身体に電気が、走る。

自然、身体に影響が、出る。

それは、人間が、記憶を失うと云う形で、出る。

失うのは、最近の記憶から、失われる。


ベサダの悪い予感は、当たる。


オクボが、フルハタに、訊く。


「どちら様、や?」


ベサダの見る風景から、色が、消え去る。

風景が、回転する。


廻る。

廻る。


空も地も、

娘も息子も、

オクボとフルハタも、

何もかも、廻る。



ベサダは、その後のことを、よく覚えていない。

気が付けば、家に、帰っていた。

家の床に、着替えもせずに、へたり込んでいた。


その後の展開は、痛し痒し。

オクボは、ベサダのことを、綺麗に、忘れ去っている。

勿論、遺産の話も、無し。


が、娘・息子も、思った通り行かず。

オクボは、記憶を無くしたおかげで、バリバリやっていた頃の自分を、取り戻す。

記憶消去による錯覚だが、自分を、バリバリやっている状態だと、捉える。


『遺言書なんて、まだまだ早い』とばかり、娘・息子の言に、耳を貸さない。

結果、遺言の件に関して、一向に、進まず。


ベサダと、娘・息子の争いは、引き続き、waitとならざるを得ない。

ベサダと、娘・息子、痛み分け、ドロー。



その後、オクボは、仕事を、バリバリやり出す。


まるで、昔に、戻ったかの様に。

若い時に、戻ったかの様に。

ベサダと出会う前に、戻ったかの様に。


勿論、オクボからの呼び出しは、無い。

オクボも、来ない。


来ないどころか、当然、お手当ストップ。

オクボからの金は、切れる。


高級マンションの家賃は、とっても払えない。

普通のマンションの家賃も、払えない。

ベサダは、庶民向けのアパートに、引っ越す。



気持ちや心は、若くなる。

近々の記憶を失ったことで、若くなる。


身体は、そうは、いかない。

年の経りを、ちゃんと、反映している。

若い時の様な、無理・無茶は、できない。


オクボは、ある時点から、見る見る、衰弱し出す。

水が流れる坂の様に。

鶴瓶落としの様に。


身体は正直、だ。

無理・無茶が、一挙に、噴き出す。

元々が、大概、不健康体だったのだから、当たり前だ。


『悪くなり出した』と思ったら、一ヶ月の内に、日常生活を、送れなくなる。

次の一ヶ月の内に、満足に動けなくなり、ほぼ寝たきり、となる。

次の一ヶ月で、ベッドから起き上がれなくなり、要介護、となる。


そして、次に、一ヶ月が経つ前に、死亡する。

ハイ・スピード、だ。

超ハイ・スピード、だ。

体調を崩し出してから、計四ヶ月の内に、死まで、行っている。


ベサダが気付いた時には、オクボは、もう、この世の人では無かった。

走馬灯の様に、思い出や記憶は、巡る。

が、そこに、感傷や、必要以上の思い入れは、無い。


あくまで、ビジネス・ライク。

金銭の介在する、関係に過ぎない。

惜しむらくは、遺産の取れないこと。


結局、オクボの遺産は、娘・息子のものに、なるだろう。

それが、ちょっと、悔しい。

娘・息子の望み通りなので、ちょっと、悔しい。



「どう云うこと!」


娘の一人が、叫ぶ。


「どう云うことだ!」


息子の一人も、叫ぶ。


「そう云うこと、です」


フルハタは、穏やかに、言い放つ。


フルハタが、粛々と述べた後、早々に、罵声が、飛んで来る。

想定はしていたので、何と云うことも、無い。

淡々と、手順を進めるだけ、だ。



フルハタ同席の元、オクボの娘・息子による家族会議が、改めて、開催される。

今度は、ベサダ抜き、で。

『必要無し』と云う感じで、一顧だにされず。


遺産は、娘・息子間で、山分け。

遺留分とか考えずに、山分け。

どの娘も息子も、ホクホクしている。

思っていた以上に、金等が、手に入ることに、なりそうだ。


「始める前に」


フルハタが、口を、開く。


「お伝えしておくことが、あります」


娘の一人が、言う。


「後や、あかんの?」


フルハタは、答える。


「今でないと、これからの作業が、無駄になります」


キッパリと、答える。

そして、キッパリと、宣言する。


「オクボさんの遺言書が、あります」


娘・息子は、眼を剝く、言葉を失う。

少しばかりさえ、聞いたことが、無い。

寝耳に水も、水。


フルハタは、スーツの胸内ポケットから、遺言書を、取り出す。


遺言書の文字を、娘・息子に、確認してもらう。

間違い無く、オクボの文字だ。


遺言書の封を、娘・息子に、確認してもらう。

間違い無く、封は、されている。

開けた形跡は、無い。


娘・息子全員の確認後、フルハタは、頷く。

娘・息子全員に向けて、頷く。

娘・息子も頷き返し、了解する。


ペリッ ・・


フルハタは、封を開け、遺言書本体を、取り出す。

取り出して、広げる。



その遺言書は、『オクボの二十代後半に、作成されたもの』だった。


オクボは、大学を卒業して、就職する。

そして、二、三年勤めると、辞める。

辞めて、実家の事業を、継ぐ。

その時期に、当たる。


二、三年、外の世界、よその企業で、修行を、収める。

実家に戻り、事業を継ぎ、実家のビジネス、地域のビジネスに、いよいよ臨む。

その時期に、勉強の一環として、作成したものらしい。


その時、身近に、いた。

既に、司法試験に受かり、弁護士業務を始めていたフルハタが、いた。

オクボは、フルハタと相談し、遺言書を、作成してみる。

遺言書は、テスト気味に作成するつもりが、立派に体裁を整え、効力を発揮するものと、なる。


遺言書は、フルハタが、預かる。

オクボの死亡時に、子孫に向けて、開封・伝達することを、請け負う。

請け負ったものの、幼馴染とは云え、オクボよりも、フルハタの方が幾らか歳上。

フルハタは、半ば、『役目、果たせへんかもしれんなー』と、思っていた。


まさか、本当に、その役目を、果たすことになるとは


オクボの娘・息子に、遺言書の内容を読み聞かせながら、フルハタは、思う。



遺言書の内容は、在り来たりのもの。


周りの人々への感謝を述べ、

遺産の明細を記載し、

遺産の分与方法を述べ、

作成日時と署名・印鑑が、ある。


注目すべきは、遺産の分与方法。

それを聞いて、娘・息子は全員、眼を剥く、憤る。


「えっ!」

「なんで!」

「嘘っ!」

「マジか!」 ・・


悲鳴にも近い声が、響き渡る。


まあ、そうなるやろな


フルハタは、予想していた。

予想していたこととは云え、娘・息子のうろたえ振りは、激しい。


オクボの遺言書には、こう、ある。


《 遺産は、全て、ユニセフに、寄付する。 》


作成時、オクボにもフルハタにも、遺産と呼べるものが、何も無かった。

だから、遺産分与の記載をするにしても、まるで、現実感が無かった。

よって、便宜的と云うか、形式的と云うか、そんな感じで、このような記載にする。


残念なことに(世間的には、いいことなのだろう)、オクボの遺産は、全て、ユニセフに、寄付される。

娘・息子には、法律で保障されている遺留分しか、手に入らない。

まさしく、当てが外れた、感じだ。


娘・息子は、ゴネる。

そりゃまあ、見事に、ゴネる。


フルハタに、泣きつく。

「法律的に、抜け穴は無いのか?」「何とかしろ!」「頼むわ」と、泣きつく。


残念ながら、どうにもならない、どうにもできない。

遺言書が、法的に効力を持っている以上、何をすることも、できない。


尤も、『何をする気も、無い』が。

フルハタに、『その気は、無い』が。


これで、ベサダに、遺産は、行かない。

娘にも、息子にも、遺産は、遺留分しか、行かない。

つまり、オクボの遺産を、無駄に使われることは、ない。


どころか、『かなり有意義な使い方を、される』ことに、なる。

案外、『若気の至りが、役に立った』形だ。


フルハタは、オクボとの、若き日の語らいを、思い出す。



「フルハタ」

「ん?」

「『遺書、書いとこう』と、思うねん」

「まだ早いんと、ちゃうか?」

「いや、まあ、練習みたいなもんで」

「まあ、書く経験しとくに、越したことないしな」

「それで」

「うん」

「『遺書、お前に預かってもらおう』と、思って」

「お前より長く生きるとは、限らへんやん」

「まあ、念の為」

「念の為か。

 オッケー」


「で、何書くねん?」

「遺産の処理について、主に」

「どうすんねん?」

「全額、ユニセフに寄付」

「子供には、何も、残さんのか?」

「あくまで、現時点の話。

 これから子供もできるやろうし、それは、その時々で、考える」

「なるほど。

 あくまで、現時点」

「念の為の、現時点。

 尤も ・・ 」

「尤も ・・ ?」

「俺の子供やから、『遺産で揉めたりせえへん』やろけどな」

「それは、分からんで」


オクボ、グッジョブ。


{case 3 終}


{case 4}


今日も、暑い。

今年も、暑い。

ここ数年、ずっと、暑い。


最近では、夏も冬も、平均して、気温が高くなっている。

お陰で、猛暑とか暖冬が、常態化、している。


その為か、花の開きは、早くなる。

虫の飛び始めも、早くなる。


雪の降る日が、少なくなる。

氷の張る日が、少なくなる。


地球温暖化のせい、と云えば、そう。

Co2排出のせい、と云えば、そう。


が、地球的には、『何ら、特別なことをしているわけでは、ない』と、思う。

『状況に合わせて、自分の体勢を変えているだけだ』と、思う。

『今の常態に合う様に、トランスフォームしているだけだ』と、思う。


それを、「地球に優しい」とか云って、『スリ替えているんだ』と、思う。

今の地球の状況に、人間が困っているんなら、変に繕う必要は、無い。

正直に、スリ替えらずに繕わずに、「人間は、このままでは全滅します。みんなで、生活を改めましょう」とか、言えばいいのに。



そして、今年も、雨が、少ない。

日射量も、少ない。

恵みが、期待できない。


作物の出来は、ここ数年、十数年、ずっと悪い。

明らかに、右肩下がり、だ。


日照りが、続く。

続き過ぎて、作物に、ダメージが、つのる。

雨を、切実に、求める。


ようやっと、雨が、降る。

降れば、大量に、降る。

大量過ぎて、作物に、ダメージが、つのる。

今度は、日の光を、切実に、求める。


ようやっと、日が、照る。

日照りが、続く。

続き過ぎて、作物に、ダメージが、つのる ・・


 ・・・・ ・・・・

 ・・・・ ・・・・


堂々巡り、だ。

負のスパイラル、だ。

放っとけば、農家は、立ち行かなくなる。

この国の農業は、壊滅する。


だから、気象制御は、欠かせない。

今や、必要、必須、必需。


気象制御の為の気候衛星に乗ることを、厭うなんて、許されない。

「自分さえ良ければいいのか!」と、言われる。

「非国民!」と、言われる。

農業にたずさわる者なら、猶更。



今日、赤紙が、来た。

招集令状が、来た。

父の元へ。


そして、父は、連れて行かれる。

即、連れて、行かれる。

有無を言わさずに、こちらの都合は、1ナノも、顧みられることなく。


今、衛星軌道上を飛んでいるのは、アンキ1号。

父が乗るのは、次に飛び立つ、ローザ2号。


ローザ2号は、飛び立ってから、一ヶ月後には、戻って来る。

一か月後には、父と、再会できる。


が、『父の記憶は、失われている』ことだろう。

なんでも、『最近の記憶から、失われてゆく』らしい。

孫のことは、忘れるかも、しれない。

自分のことは、『さすがに、覚えている』と思うが、油断は、できない。


困る。

それは、困る。


嫌だ。

それは、嫌だ。


が、農家としては、気象衛星の気象制御は、絶対、必要。

気象制御の稲妻は、絶対、必要。


が、子としては、親が記憶を失うのは、絶対、困る。

記憶喪失の稲妻は、絶対、困る。



一ヶ月後。


今日、ローザ2号が、帰って来る。

父が、帰って来る。


この一ヶ月、順調に、稲妻は、落とされている。

例年より、多くも少なくも、ない。


その意味では、『父へのダメージは、妥当なものなんだろう』と、思う。

『父の記憶の失い方も、セオリー通り』なんだと、思う。


が、幾ら、心で覚悟していても、悟っていても、駄目だろう。

実際の父を眼にすると、すんなりとは、捉えられない、だろう。


気象センターに、向かう。

気象センターに、着く。


気象センターには、既に、ローザ2号は、着いている。

ローザ2号の周りは、整然と、している。

既に、『到着後の処理は、済んだ』ようだ。

『父も、降りた』ようだ。


待合室に、向かう。

待合室に、着く。


ガチャ


扉を開けると、視線に、包まれる。

今し方までの談笑を止めて、視線を、向ける。

待合室に居た、父とその世話係らしき数人が、視線を、向ける。


頭を、下げる。

世話係らしき人々も、頭を、下げる。

父も、恐る恐る、頭を、下げる。


その眼が、物語っている。


誰や、こいつ


「知り合いの、同じ農業に携わる方ですよ」


世話係の一人が、俺を、紹介する。


ああ、そうか

そこまで、失われたか

記憶は、そこまで、失われてしまったか


父は、ようやくそこでニッコリし、手を、伸ばす。

握手の形に、伸ばす。



父は、記憶を失った。

孫はおろか、子の俺のことさえ、覚えていない。


父の立場は、仕事上の先輩に、なる。

同居している、先輩・後輩と、なる。

同じ農業に従事する同志と、なる。


共に作業し、共に助け合う。

より良く、作物を育てる為、衝突し、議論する。


寝起きを、共にする。

同じ釜の飯を、食う。


同じ行事を、行なう。

同じ風習に、添う。

同じものに、祈る。


そうしている内、信頼関係が、出来上がる。

血縁とは違う、血縁を超えた信頼関係が、出来上がる。


この人に、付いて行く


こいつに、伝える


それは、新しい関係だが、以前よりも強固な関係、となる。



じゅわっ ・・


果汁が、溢れる。

口いっぱいに、果汁が、溢れる。


なんて、美味しい。

なんて、甘酸っぱい。

なんて、瑞々しい。


一つの房に、五つの実が、成っている。

赤く実った実を、口に、入れる。

口に入れて、今年の出来を、確認する。


今年も、いい出来だ。

父に、頷く。

父も、頷く。


口元が、赤く、染まっている。

口が、膨らんでいる。

唇が、やけに、瑞々しい。


父も、実食して、確認していた様だ。


その日から数日は、忙しかった。


実を、摘む。

まとめる。

箱に入れ、体裁を整える。

出荷する。


これを、繰り返す。

単純作業だが、活き活きと、繰り返す。

何故だか、楽しい。



ドサッ ・・


その作業の最終日、だった。


「今日で、収穫作業、一段落やな」

「そうやな」

「今日は、美味いもんと酒で、お祝いといくか」

「ええね~。

 みんなで、感謝して、お祝いするか」

「そうしよう」


父と会話を交わして、数瞬後。

お互いの作業に戻って、数瞬後。


父は、倒れた。

作物を潰さない様に、土を乱さない様に、倒れ込んだ。

畦道に沿って、倒れ込んだ。


記憶を失って、気は、若くなった。

とは云え、身体は元のままなので、衰えたまま。

無理は、利かない。


が、無理をしていた、らしい。

【歳若い後輩】が出来て、『身体を顧みず、張り切っていた』、らしい。


そのまま、救急車で運ばれ、入院。

入院後、意識を取り戻すこと無く、死亡。


結果、一年しか、父と、先輩・後輩として、共に作業できなかった。

季節一巡りしか、共に作業できなかった。



父は、火葬場で、荼毘に付される。

父の遺体を焼く煙を見ながら、思う。


結局、記録やなくて記憶でしか、色々伝えてもらえんかったなー


父が倒れる前、倒れた後、仕事を共に、行なった。

期間は、倒れる前の方が、ずっと長い。

倒れた後は、一年しかない。


でも、伝えてもらったものは、倒れた後の方が、ずっと多い。


技術

心構え

トラブル対処法

改善案

周りへの思いやり

等々。


父は、記憶を、失う。

皮肉にも、息子には、様々な記憶を、伝えることになる。

記憶を、植え付けることになる。


そして、仕事に臨む度、作業をする度、思い出すことになる。

技術、心構え、トラブル対処法、改善案、周りへの思いやり、等々。

プラス、父の顔を、動きを、様子を。


父の記憶は、俺が生きている限り、残る。

頻繁に、思い出される。



トライ、する。

新しいことに、トライすることに、なる。

取れた作物を、ジャムにすることに、する。


ただのジャムでは、ない。

合わせ技、だ。


瓶の中に、実を、二、三、放り込む。

その周りを、実で作ったジャムで、満たす。

当に、【まるごとジャム】、にする。


ジャムの作業場が、いる。

新たに、いる。

父が使っていた部屋を整理して、ジャムの作業場に、する。


父の部屋を、整理する。

遺品を、整理する。


気象衛星から帰還後、記憶喪失後に、使っていた部屋なので、殺風景だ。

物が、あまり、無い。


幾らか、家具を動かすだけで、作業場として、使えそうだ。

『動くかどうか、確認』しようと、机に、近付く。


机の上に、三冊のノートが、乗っている。

タイトルが、付いている。


一冊には、【 栽培 】。

一冊には、【 収穫 】。

一冊には、【 作物の活かし方(料理等) 】。


手書きらしく、父の字で、綴られている。

父の名前が、署名されている。


なんてことない大学ノート、だ。

幾度も、開かれたらしく、書き込まれたらしく、薄ら汚れている。

所々、土らしきものも、付いている。


パラッ ・・


一冊を、開く。

記載を、眼にする、読む。


分かり易く、時系列に沿って、記載が、進んでいる。

分かり易く、項目を掲げて、記載されている。


文だけ、ではない。

図、表を駆使して、記載されている。

所々には、絵と云うか、イラストも、挿入されている。


読む人のことを考えた記載、だ。

読むであろう対象は、俺及び、後に続く人達。

引き継いで、農作業に従事するであろう、後輩達。


パラッ ・・ パラッ ・・

パラッ ・・ パラッ ・・


急き立てられる様に、読み進める。

他の二冊も、読み進める。


当に、【ノウハウ】だ。

作物の栽培・育成・収穫、料理の方法等、のみではない。

経営や、農作業技術、後進育成にも言及した【虎の巻】、だ。

同じ農作業に従事するものにとっては、【宝】、と云ってもいい。


パラッ ・・ パラッ ・・

パラッ ・・ パラッ ・・


読み進めて行く内、気付く。

ノートの余白に、記載があることに、気付く。


内輪ネタのものや、心情吐露と云った、云わば、他愛の無い記載が、多い。

所々では、イラストの様な絵の悪戯書きを、走らせている。


その中で、気になる記載を、見つける。


《 この作物には、まだ名前が、無い。

  私は、名前を、付けていない。

  彼も、名前を、付けていない。

  この作物に関して、数字に関連する驚くべき名前を見つけたが、

  この余白は、それを書くには、狭すぎる。           》


フェルマーの定理が如くの記載、だ。

この記載だけ、格調が高く、他の記載から、浮いている。


明らかに、この記載は、読む人を想定している。

読む人に向けて、書いている。

俺に向けて、書いている。


俺に、問うている。

『お前に、解けるか?』、と。

挑戦状を、叩き付けている。


秒で、解く。

数百年も掛からずに、秒で、解く。


答え、一五。


{case 4 終}


{了}

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