ジェードの苦悩
アゲットは旧い慣習を変えたいと言った。
クリスは自分を変えたいと言った。
スフェーンは進む道を変えたいと言った。
初等学科で夢を聞かれて、幼ななじみの三人は即答した。俺は......と言うとーー。
特になかった。 お金には困ってなかったし、勉強もそれなりに出来た。喧嘩も強ければ容姿だって上の方だ。 おかげで、こうしたいやあれしたいは無かった。だから、あの時は適当に答えたと思う。それも、答えを忘れる程に。
あれから10年経ち、三人は夢を叶えつつあった。凄いと思わないか? だって10年だぞ? よく昔の夢を追い続けられるな......と感心した。
同時に焦っている自分もいた。
自分は自分。他人は他人とあまり執着しない俺でも、さすがに何もしなくて良いのかと考えるようになった。
アゲットは時代錯誤の法律を見直し少しずつ改革していった。
クリスは俺達の後ろに隠れなくなり自分の意見を言うようになった。
スフェーンは女性で初の騎士団入りを果たし女性の進む道を増やした。
ーーで、俺はと言うと……。
夢はないが目標は出来た。 どうだ、凄いだろ? ......そこのお前。今、呆れただろ? 所詮、目標かよって思っただろ? ーーいいか。はっきり言っておく! 俺様は『夢』という叶いそうで叶わない願いはしない。だから、『夢』ではなく『目標』を設定した。ーーわかったな? なになに……? その目標を聞かせろって? ああ、良いだろう。 俺様の一大決心をお前たちにも聞かせてやろう。俺の目標はーー好きな女を振り向かせることだ! 勿論、最終目的はその女を手に入れることだけどな。あっ! 今、鼻で笑っただろ!? 俺様を馬鹿にするとは良い度嬌だな? 後で覚えてろよ!! いいか。俺様の話をよ〜く聞け。そして、この目標がどんなに高難度かを思い知るが良い!!
......こほん。まず、その一。攻略相手が恋愛オンチというか興味がないのが問題だ。口を開けばカネ、金、お金。たまに「稼ぎが〜」と「借金が……」と発狂。それ以外の単語を知らないのかって言うぐらいに色気の無い話ばかりする。......そのニ。家族の反対。兄上が大反対している。何でも否応無しに付いてくるオマケが相当嫌らしい。そのオマケのせいで円形脱毛症になった兄上を心配して両親もあまり良い顔をしない。ついでに言えば相手側の家族も反対している。あの兄上を病ませたオマケが中でも大反対していて俺や相手の動向を終始、見張っている。おかげで二人っきりになったことが無いし、数分一緒にいれても何故か会話がバレて「あれはどういうことなの?」と突つかれる。あのシスコンめ! ......立派な第三の障害だよな。そうそう。お邪魔虫は神出鬼没のシスコン野郎だけではない。四つ目の難問は、ライバルが多いことだな。街に出れば老若男女関係なく、あいつに色目を使う奴らと遭遇する。野郎なら撃退出来るが女となると苦労する。俺が騎士道に反する事が出来ないと承知の上で喧嘩してくるからタチが悪い。ーーああ、でも一番タチが悪いのは、あいつを養女にしようとしてる貴族たちかな? この前なんてスピネルさんが「家族と縁を切ったら、うちの養女にしてあげますよ」なんて言ってた。あいつの性格をよくわかっているから、衣食住は一生保障しますって爽やかな笑顔つきでさ。 何故、嫁でなくて妹にしたいのかよくわからん。ライバルも多ければ味方もいないのが悲しいところなんだが、 幼馴染も味方はしてくれない。むしろお邪魔虫要員でもありライバルでもある。特にクリス! 誰から吹き込まれたか知らないが、あいつを側室にすれば、毎日会えるし三六五日、一緒に過ごせると考え、アゲットと一緒に水面下で色々動いているようだ。そんな邪な感情でアゲットの正室候補を承諾して良いのか? アゲットもアゲットで後悔しても知らないぞ? 旦那であるお前の事を蔑ろにするぞ、きっと。それで良いのか? 政治的策略が働いて、いよいよ手が届かなくなったら一番の障害になる。何としてでも、この五つ目めの問題をクリアしなければーー。
...... はぁ〜。 こんな感じで俺様の目標は前途多難だってわかったか?
とりあえず、 外堀が埋められないなら内側から頑張ってみようと思う。 まずは意識させる所からだな。
ーーさて、 どこまで勢いで行けるか……。
「おいスフェーン、いるか?」
特例で個室を与えられた騎士団初の女性であるスフェーンの部屋の扉をジェードはノックした。明日の模擬戦の件で話し合いに来たのだが、部屋の主からの返事はない。食事は先程済ませたし寝るにはまだ早い時間だ。そもそも対策をたてようと相談した時間通りに迎えに来たのに居ないのはおかしい。何かあったのでは? と思い再度ドアをノックする。強めに叩いたおかげで今度は返事があった。
「ーー開いているから入って良いよ〜」
「何で開いてるんだよ......」
ジェードはスフェーンの危機感の無さに苛立ちを覚えた。男所帯でしかも未婚の異性に囲まれている状況を全くわかっていないスフェーンに、 まずは説教からだと心を決める。
「お前なぁ~......ん?」
部屋に入ったはいいがスフェーンの姿が見当らない。勝手に部屋の中を彷徨くわけにもいかないので声をかける。
「どこにいるんだよ?」
「お待たせ」と言いながら別の部屋の扉を開けて姿を見せたスフェーンにジェードは目を見開いた。
「おまっ!? ちゃんと服を着ろ!」
「え? 着てるけど?」
「あー。そうじゃない。厚着しろって言ってんの!」
「厚着!? この暑いのに何でよ」
スフェーンは訳がわからないとジェードの要求を突っぱねた。体を動かさなくても、じわりと汗ばむ季節なのに、何故そんな格好をしなければいけないのか理解できない。オフショルダーのトップスにファスナー付きのパーカーを着込み短パンをはいているのだが、そこまで変な格好としているとは思わない。貴族の女性にしてはラフすぎる格好だと思うが平民からしてみれば一般的な寝衣だ。「これ以上どうしろと?」とジェードに問いかける。
「タオルケットで足を隠せ!」
矢継ぎ早にジェードが答える。その口調は強めだ。「はいはい」と腑に落ちない態度のスフェーンに「早くしろ」とジェードは急かす。
「体を密着させてくる女の人達には平気なのに、これは駄目って......ーーあっ! ムッツリなんだねジェードは!!」
スフェーンが閃いたと思ったのも束の間ーー。
ガシッ!
ジェードは右手でスフェーンの頭を鷲掴みにした。
スフェーンの何気ない一言がジェードの逆鱗に触れたのだった。
「ちょっ!? 痛い痛い!! 頭の形が変わる!!」
痛みに耐えられないスフェーンはジェードの脇腹めがけて挙で殴るが、頭にかかる握力は弱まることはなかった。
この時、ジェードの心は荒れに荒れていた。
色事について興味がないと思っていたが、むっつり助兵衛の単語が口から出る程、知識を得たことに対して進歩したと喜ぶべきか......それとも、こんな俗世の言葉を教えた犯人を絞めあげるべきか。ー一いやいや、まずは他の女たちより特別視していることを告げるべきか? だが、恋愛レベルが0から1になったところで恋愛感情が芽生えたわけじゃないから時期早々か?
喜怒哀楽の感情がジェードを追いつめる。勿論、その間でも手は緩めない。
苦痛に耐えられずスフェーンがジェードから逃れようと四苦八苦する。
男女二人による攻防が始まった。
「年頃の男なんだから、別に恥らう必要ないじゃん! 男は獣物って言うんだし」
先攻はスフェーン。一応、女性代表である。
「その獣物の群の中に居ることを自覚してんのか、お前は!?」
「自覚しているから、ちゃんと注意してるじゃん!」
「ほぉ? 具体的に言ってみろ」
「皆んなと同じご飯の量を食べて運動量も同じぐらい熟してるもん! 女だからって舐められないようにしてるもん!」
「根本的に違うわ! 男のように振る舞うんじゃなくて女としての自覚を持てって言ってんだよ!!」
女として扱われたくないスフェーンと女であることを認めて欲しいジェードの思いは平行線だった。
「何なの!? いつもいつも人の事を女らしさが無いとか、こんな女はいないって否定してくるくせに!」
「そ、それは......」
ジェードの目が泳ぐ。 初めて自分の失態に気づいた。幼少期独特の好きな子ほど虐めたい精神がここに来て厄介な存在になるとはーー。
「それとこれとは別だ! 何のために個室を与えられたか考えろ。あと部屋の中にいても鍵をかけ忘れるな。それから薄着で部屋の外に出るな。肌は露出させるな。ーーわかったな?」
「ジェードは私の母親なの? ーーって痛い! 何で力を入れたの!? さっさと手をどけてよ!」
「お前がなんにもわかってないからだ!」
なんでこいつは素直に頷かないんだと苛立ちから思わず手に力が入る。
(アゲットみたく言質を取るやり方が良いか、それとも……)
親の心、子知らずではないがジェードの気持ちを他所にスフェーンは好き勝手に発言する。
「私がどんな格好したってジェードには関係ないでしょ?」
「ーーあぁ、そうだな」
正論にジェードは一拍おいて答える。
「私が何しようと私の勝手でしょ! ジェードには関係ない」
「......へぇ?」
二度の「関係ない」発言でジェードの腸が煮えくり返った。
「自分でも色気が無いことぐらいわかってるもん。そんな私を襲う輩なんていないわよ。襲う方にだって好みは有るだろうしね」
ここまで聞かされてジェードは我を忘れた。
「一ーやっぱりお前には言葉でわからせるのは無理なんだな」
ジェードは空いている左手をスフェーンの胸元に伸ばした。
半分の所で止まっているファスナーの金具に手をかけ一気に首元まで引き上げる。右手を頭頂部から少し下にずらた後、身体を密着させる。スフェーンの耳もとまで顔を近づけ首筋にキスを落とす。
ーーそして囁く。
「確かに色気も女らしさも無いと言ったが、欲情しないとは言っていない」
それだけ言うとジェードはスフェーンと目を合わせること無く部屋から出て行った。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
男勝りで恋愛に無関心な幼馴染が男所帯の紅一点になった事から心配事が尽きない男の子の話を書きたいなと思っていました。男の子が片想いするも、自分の家族から応援されず、ましてや相手の家族から大反対され、友人達も当てに出来ないーーまさに孤立奮闘する構図を書きたく執筆を始めました。そして物語性を出したかったので色んな設定を追加して本編を投稿しました。先に投稿・完結済みの本編を併せて見て頂けたらジェードの苦悩がよりわかるかと思います(笑)