第9話 再加速
美しい夕焼けの景色が広がる屋上で、戸成晴香は今まさに四階建ての校舎から落下していこうとしていた。
「キャーッ!」
幸枝の悲鳴が響いた。
その時大志の頭の中でゴトリと何かが動き出す音がした。
そしてまたあの鋭いキーンという回転音がし始める。
まただ……。
その瞬間大志の世界は、別の世界の中に迷いこんだかのように、異質なものに変化していた。
風の音が止んだ。
目の前で落下していくはずの晴香の体がまだそこにある。
大志は狼狽しつつも、恐怖で目を見開き空中にとどまっている晴香に向かって駆け出した。
どうなってるんだ。
晴香の髪や制服は乱れてはいるものの、まるで静止画の様に動きが無かった。
校舎の際まで行ってから手を伸ばす。
そしてあることに気付いた。
あのボールと同じだ。
分かりにくいがゆっくりと落下していっている。
大志は腹ばいになって手を伸ばしたが、もう一歩のところで手が届かない。
駄目だ。
何とか身を乗り出して服を掴もうとするが、そうしている間にもゆっくりと晴香の体は落下を続けていた。
大志は身を起こして屋上の入口へと走った。
大きく目を見開いて叫び声を上げた格好のまま、幸枝は静止画の様に止まっている。
そのわきを走り抜けて大志は下の階へと急いだ。
この前は大志がバットを振り抜いた後に、この鋭い回転音は止み元に戻った。
もしこの状態で元に戻ったらと、今まさに落下している晴香がどうなるのか想像するだけでも恐ろしかった。
校舎の四階の廊下に出て見渡すと、窓の外に落下してくる晴香が見えた。
生徒が数人廊下を歩いている。
しかし全員静止画の様に全く動いていなかった。
大志は大急ぎで一番晴香に近そうな窓に駆け寄り鍵を開けた。
窓を全開にした後、ぎりぎりまで身を乗り出し、スローモーションで落下し続ける晴香に手を伸ばす。
スカートの端に指が届いた。
そのまま裾をたぐって掴み、引き寄せる。
どういう物理法則が働いているのか、晴香の体は意外とスムーズにこちらに寄ってきた。
そして体を両手で下から受け止めるように抱えると、窓枠にぶつけない様に校舎の中にひっぱりこんだ。
そして唐突にあの鋭い回転音は止んだ。
大志の腕にさっきまでなかった重さが加わる。
「げっ!」
変な支え方をしていたので、大志は前のめりにそのまま倒れ込んだ。
ドスン!
「いたたた……」
大志もそうだったが晴香もどこかを打ったのか痛そうだった。
「いててて……え?」
晴香がきょとんした顔で辺りを見渡す。
「えーーーー!」
周りを見回し、大志を見た後、また周りを見渡した。
「なんで? どうして? 落ちたはずじゃ……」
当然ながら状況を理解できない晴香は、どう見ても何か関係がありそうな大志に詰め寄った。
「一体何があったんですか!」
耳が痛くなるほどの大声で言われて、大志は顔をしかめた。
それを聞きたいのはこっちの方だった。
周りの生徒が大騒ぎしている晴香に注目しだした。
「大ちゃん!」
階段を急いで下りてきた幸枝が、大志の姿を目にして駆け寄って来る。
「大丈夫? でもこれってどういうことなの?」
校舎から転落したはずの少女と、さっきまで一緒にいたはずの大志がここにいて、何故か無事だと言う事に幸枝は驚き戸惑っていた。