第8話 オールフィクション
「ねえ大ちゃん」
昼食後、クラスの違う幸枝に、教室の自分の席にいる時に声を掛けられ、大志は何事かと思った。
幸枝は流石に中に入り辛いのか、入り口で手招きしていた。
「どうしたの?」
席を立って幸枝の傍に行くと、付いて来てと袖を掴まれた。
「なに? 何かあったの?」
「まあ、ちょっとね」
幸枝に連れられてやって来たのは一階廊下の掲示板だった。
「これこれ。大ちゃんの事書いてあるんだ」
張り出された壁新聞に白黒だが大志の顔写真が載っていた。
例のインタビューの時に撮られた一枚だった。
何だか証明写真みたいだな……。
真正面から無理やり笑顔を作らされて撮られた写真は、なんだか間抜けで恥ずかしい以外の何物でもなかった。
「すごいじゃない。なんで私に言ってくれなかったの?」
大志の脇腹を小突きながら幸枝は口を尖らせた。
最近幸枝は瀬尾と帰っている事が多くて、話す機会が無かったというのもあった。
だがそれより、あの不躾で感じの悪い一年生の話をしたくなかったのだった。
「いや、そんな大したことじゃないから……」
「そんなことないよ。大ちゃんは私の自慢だよ」
記事に目を通しながら幸枝にそう言われて、大志はちょっといい気持ちになった。
大志の顔に自然と少し笑顔が浮かぶ。
しかしこの見出し……。
でかでかと派手目に載せてあった見出しにはこう書かれてあった。
奇跡の一発。柔道部の大リーガー現る。その名は丸井大志!
大志はあの感じの悪い一年生を思い浮かべ、なるほどあの子ならこのタイトルを付けるだろうと想像してしまった。
「すごいね。報道部のインタビュー受けたんだね」
幸枝はちょっと興奮気味に記事を読んでいる。
「大ちゃんって私が思っているよりも饒舌なんだね。こんなコメントが出来るなんて」
「えっ?」
おかしいな、大したこと言ってなかったのに……。
幸枝が読んでいる所を大志は覗き込んだ。
そこにはこう書かれていた。
「どうやってその選球眼を磨かれたのですか?」
「はい。柔道で常に相手の動きを読む訓練をしていますので自然に相手の投げるコースが分かってしまうんです」
「なるほど。コースが読めていたからあれだけの打球を生み出せたと言う事ですね」
「はい。おっしゃる通りです。あとはチームの勝利を願う僕の気持ちを乗せてバットを振り抜きました」
「なんだこれ!」
大志は質問もコメントもオールフィクションの記事を読んで思わず声を上げた。
ノンフィクションなのは俺の写真だけじゃないか。
内心呆気にとられながらも、喜んでいる幸枝に水を差す事もできずに、その時は話を合わせてしまったのだった。
「戸成さんいますか?」
放課後、報道部の部室に出向いた大志は、抗議しようと戸成晴香を呼び出した。
「えっと、いまー……せん」
出てきた報道部の先輩らしき眼鏡の男子生徒は、戸成晴香が教室にいないことを確認してくれた。
「何処にいるとか分かりませんか?」
「そうですね、多分……」
途中まで言ったものの男子生徒は思いつかない様だ。
すると、奥でパソコンのモニターを見ていた男子生徒が、役立たずの眼鏡を補足してくれた。
「戸成は多分屋上ですよ。やめとけって言ってるのに、まったくあいつは……」
奥の男子部員が毒づいているのを見て、戸成晴香がなんとなく問題児である事を想像できた。
「屋上ですね。分かりました」
お礼を言ってから早速屋上に向かう。
どうしてもひと言文句を言ってやらないと気が済まなかった。
階段を上がっている途中で幸枝に声を掛けられた。
「大ちゃん」
「あれ、ゆきちゃん。今日はあいつと一緒じゃないの?」
周りに瀬尾がいない。てっきり一緒だと思い込んでいた大志は何かあったのかと勘繰ってしまう。
「えっと、今日は大ちゃんと帰ろうかなって探してたんだ。でも何してるの?」
あまり言いたくは無かったが隠すほどの事でもないので、大志は階段を上りながら幸枝に事情を話した。
「へー、それでちょっと文句言ってやろうっていう事なんだね」
「そうなんだ。ああいう風に記事にされたら、またホームラン打ちますみたいな感じに見られちゃうだろ。困るんだそういうの」
階段を上がって、普段は開けた事のない扉を開いて屋上に出る。
そこには見晴らしの良い爽快な景色が広がっていた。
少し冷たい空気が気持ちよく、遠くまで見渡せる夕焼けが美しかった。
「すごい綺麗。びっくりした」
幸枝はちょっと得したかのような雰囲気で笑顔を見せた。
「そうだね。意外だな」
大志は幸枝の笑顔を見て、一瞬ここに何をしに来たのか忘れてしまいそうになった。
しかし何かの気配に二人が視線を右に向けた瞬間、そんな穏やかなひと時は一瞬で消え去った。
大志も幸枝も大きく目を見開いて、そのあり得ない光景を目の当たりにしていた。
屋上にはフェンスが無かった。
そしてまるで冗談か何かの様に、あの感じの悪い一年生、戸成晴香が屋上の外に大きく体をはみ出させて、今まさに落下しようとしていたのだった。




