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加速する世界の入り口で  作者: ひなたひより
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第6話 図々しい女生徒

 後藤健輔の転落死は事故として扱われ、学園の早朝を騒がせた事件は校内でふざけていた少年が辿った末路と片付けられた。


 それから一週間が過ぎた。


 時間というものは人の記憶から事実ですら奪っていくかのように、毎日誰かが事件について何かしらの噂をする事もいつの間にか無くなった。

 皆再びそれぞれの関心事を追い求める中、一人の少年の死はそこにある小石の様に気にかけられる事もなく、存在しているだけの様だった。

 そして大志もその中の一人だった。

 自分を馬鹿、のろまと何度も罵った相手に、殊更ことさら思うところは無かった。

 そんな事よりも大志の頭の殆どを埋めてしまうもの。

 少し丸顔の笑顔がまた浮かぶ。

 大志はどうしても幸枝の事を考えてしまうのだが、向き合う事を極力避けていた。



 放課後の柔道場。

 独特の臭いがするなと、いつも道場に一礼して入る時に思う。

 大志は今まで一度も稽古を休んだ事はなかった。試合では一度も勝った事などなかったが、その事だけは自慢できた。

 一年の部員が寝転がって体をほぐしながら、入ってきた大志に挨拶をする。


「先輩こんちはー」

「こんちはー」


 柔道場の半面を使っている少林寺拳法部に比べて、明らかに活気が無い。

 こういう雰囲気も弱小と言われる今の位置から抜け出せない原因なのだろう。そう感じつつも自分が厳しくして立ち直らせれる訳でもなかった。


 バン!


 受け身を取り始めた後輩たちを横目で見ながら、自分も体をほぐし始める。

 この時期はどの部活も三年が抜けて、二年と一年だけで活動していた。三年の先輩がいなくなった事で、今の柔道部はたった六人。

 来年の新入生が集まらなければ廃部という危機的状況だった。

 大志が体をほぐしていると、葛西洋介が遅れて道場に現れた。


「こんちはー」


 生ぬるい挨拶がぽつぽつと聞こえてくる。


「あーかったるい」


 洋介の第一声は大体これだ。


「やめろよ。お前主将だろ」

「二人しかいないんだ。俺もやりたくてやってるわけじゃねーよ」


 大志は後輩がたるんでいる原因の大半は、この男にあると思っていた。


「お前のその態度がそのままあいつらに伝染してるの分からないか」


 大志に何度言われても洋介の態度は改まらない。

 悪びれもせずへへへと笑っている姿を見てため息をついた。


「なんだあれ?」


 洋介が顔を上げてそう言った視線の先には、見慣れない女生徒がいた。

 柔道場の入り口に立って中を覗き込んでいる姿は、何かを物色しているかのように見えた。

 胸の前に首から提げられたごついカメラがある。

 小柄のその女の子には似合わないような武骨な一眼レフを見る限り、学校新聞の取材か何かなのだろう。

 そうであれば女生徒が用のあるのは柔道部ではない。

 半面を使って綺麗に整列して、組み手を黙々と続けている少林寺拳法部に違いなかった。


「また大会で勝ってインタビューか? うらやましいねえ」


 負け犬が言いそうなお手本を洋介は口にした。


「人の事は気にするな。さあ俺たちも始めようぜ」


 大志に尻を叩かれやっと稽古を始めようとした時に、カメラを首から提げた女生徒が入ってきた。


「あの……」


 何を思ったのか柔道部の後輩に話しかけてきた。


「ちょっとお話が……」


 女子と普段話す事の無い後輩は即座にフリーズした。

 目が泳いでいる。そうひと言で彼の状態を表現する事ができた。

 大志は幸枝のお陰で少しは馴れていたので、その辺りはまだましだった。


「こっちは柔道部、少林寺はあっちですよ」


 女子には区別付きにくいかもと、親切に大志は教えてあげた。

 近くで見ると肩までもない少しくせ毛の軟かそうな髪の女生徒は、少し勝気な大きな目をしていてちょっと可愛かった。


「じゃあ、こっちで合ってます」

「え?」


 女生徒は六人しかいない部員を一人一人目を細めて見回した。


「こちらに丸井さんっていらっしゃいませんか?」


 一斉に部員の視線が大志に集まる。

 女生徒はその視線の動きを見て大志に向かって一礼した。


「私、報道部の戸成晴香となりはるかと言います。お話伺いたくって来ました。お時間少し頂けませんか?」



 半ば強引に道場から連れ出され、大志は放課後の薄暗い空いている教室で戸成晴香と机を挟んで向かい合うように座っていた。


「戸成さんって言ったっけ、俺にインタビューって他の人と間違えてない?」


 戸成晴香は大志の質問に応えず、鞄からノートとペンを取り出して準備しだしていた。


「えーと」


 晴香は机の上にカメラとノートとペンを出した後、ちょっと考える仕草をした。


「じゃあ、まずは写真から」


 前置きも何もなくカメラを手に取ると大志に向かって構えた。


「ちょっと待って!」


 大志は慌ててカメラに手をかざす。

 晴香は少し不満げにファインダーから目を離す。


「写真ぐらい、いいじゃないですか」

「いや、その前になんで俺なの? 多分誰かと勘違いしてるよね」

「え? 丸井大志先輩ですよね」

「そうだけど」

「じゃあ間違いないです」


 晴香はまたカメラを構えた。


「ちょっと、ちょっと待って」


 大志はまた慌てて晴香を止めた。


「何なんですか? 写真嫌いとか」


 晴香はなかなか写真を取らせてくれない大志にイライラし始めているように見えた。やや気の短い性格の様だ。


「一体君は俺の何に関心があるの? 説明してくれないか?」

「あ、そうだった」


 晴香はまたやっちゃったと舌を出した。


「そうでした。理由を言わないでインタビュー始めようとしてました。まだ一年生で駆け出しなもんで目をつぶってください」


 悪びれた感じすらなく陽気に返したこの娘は、きっとお調子者なのだろう。


「それはいいから理由を教えて」

「あれですよ、あれ」

「あれって何?」

「特大ホームラン」

「ああ、あれね……」


 晴香の口から出た言葉に、当然思い当る事はあった。

 しかし何か聞かれたとしても、何でああなったのかこっちが教えて欲しいぐらいだった。


「じゃあ写真から」


 また晴香はカメラを構える。


「ちょっと待って!」

「もう、いい加減にしてください!」


 往生際の悪い大志に、晴香は切れ気味に席を立って身を乗り出した。


「私だって結構忙しいんです!」


 自分の都合で連れてきておいて、相手の都合も考えずいい加減にしろとキレる。相当大志には苦手なタイプだった。


「すみません……」


 とはいえ、とりあえず謝っておいた。


「分かればいいです。はい、笑って笑って、あ、ピースは無しでお願いします」


 笑いたくも無いのに笑顔を作らされ、写真を何枚か撮られた後、インタビューは始まった。

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